大好きな十勝の魅力を届ける。“十勝ごはん”の食堂

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『“関谷牧場” ジャージー牛のハンバーグプレート(サラダ・ドリンク付き)』

2015年10月、山形県の廃校となった小学校で始まった「熱中小学校」プロジェクト。地域の発展を担う人材の育成や交流人口の増加、人材のネットワークや異業種交流を目的とした「大人の社会塾」という位置づけで、その後全国各地に広がっています。「十勝さらべつ熱中小学校」が更別村で開校したのは2017年4月。翌年、十勝の食材をテーマにした食堂「熱中食堂」がオープンしました。

Shop Data

熱中食堂(さらべつ熱中小学校)
住所 更別村南1線93-38
電話番号 0155-67-5959
営業時間 7:00~21:00(L.O.20:00)
定休日 火曜
URL https://sarabetsu.com
ご近所スポット 近くの公園を散歩するのも気持ちいいです。テイクアウトして、ピクニック気分を味わうのもオススメ。

すっきりとしつつ、居心地のいい熱中食堂の店内。

地元十勝に根ざした、まちの食堂。色とりどりの野菜や、牛肉を食材に

「もういちど7歳の目で世界を…」。そんなコンセプトを掲げる大人のための学校、十勝さらべつ熱中小学校。敷地内に食堂がオープンしたのは、2018年初夏のことだ。

スタッフは中村果歩さんと坂井友子さん。栄養士として札幌で働いていた中村さんには、「本格的に料理をやりたい」という夢があった。熱中食堂が始まると知って、「行くしかない」と迷わず更別村へ。2019年秋には坂井さんが加わった。

長年来の相棒のように息ぴったりの2人。「十勝が大好き。特に更別は住みやすいと思う。何より人がいい」。力説する2人は、さらに口を揃える。「野菜がとーってもおいしい!」。カフェで提供するのは、2人が惚れ込む十勝や更別の食材が中心。赤身のうま味たっぷりのジャージー牛を生産する新得町の牧場や、広尾町の漁師、更別村のチーズ工房にパン職人。生産者の元を直接訪ね、「お互いに顔の見える」関係性を築いている。村の農家が「この野菜、使って」と、自分の畑で穫れた野菜を持ってきてくれることも。地域に根差した2人の姿勢が伝わったのか、地元住民のリピーターも増えているという。「食材の魅力や人の温もりに触れられるのが、楽しいしうれしい」2020年、2人で店を回すようになって初めて迎える夏。さてどんな食材を使おうかと、ソワソワしているところだ。

「ここは、年齢性別を問わず自分の家のように寛げるコミュニティの場。笑顔で、温かい気持ちで帰ってもらいたい」と結んだ2人。その人懐っこい笑顔に会いたくて、熱中食堂へ足を運ぶ人もきっと多いのだろう。

事務局長、亀井さんが選んだキャリア

事務局長の亀井さん。

熱中小学校を運営するのは、亀井秀樹さん。2014年4月~2016年9月まで更別村の地域おこし協力隊として活動。その後十勝さらべつ熱中小学校の開校に携わった。

誰もが一度は実際に、あるいはテレビの映像で目にしたことがあるだろう、東京、渋谷駅前のスクランブル交差点。そこを一度に渡る人数は約3000人だそうだ。「それはちょうど更別村の人口と同じ数なんです。東京での個人の存在は100万分の1ですが、ここなら3000分の1。誰かひとりが何かを始めれば全体に影響を与えられる可能性がある規模だと思っています」。熱中小学校開校の立役者である亀井さんの例えには、説得力があった。

2017年2月のオープンスクール、そして4月からの第1期、10月からの第2期と、1年を走り抜けてきた「事務局長」の背景は興味深い。

亀井さんは福岡県で生まれ、物心がつく頃から中学生までの時期をオーストラリアで過ごした。「オーストラリアは移民の国。さまざまな国籍や民族の人たちに囲まれて育ちました。僕が日本人だということで周りからは質問攻め。でも自分は日本人という意識がなく、日本のこともあまり知らない。『どうして日本人なのにわからないの?』と聞かれて日本に興味を持ったのが帰国のきっかけです」。

高校進学のタイミングで帰国し、学生時代は日本を知るために47都道府県を旅して回った。大手レコード会社に就職し、アーティストのPRなどを担当。芸能界の事に数年携わり、その後は国連機関や総務省、外務省などから発注される海外広報の仕事に就く。

「その頃から都会の生活に疲れてきたんでしょうね。休みは山に行くなど、原点回帰するようになっていきました。外交よりも、日本人として日本のために何かがしたいという思いが強く、そこで目に留まったのが地域おこし協力隊の仕事だったんです」。都会での仕事はそれなりに華やかでやりがいもあった。でも日本全体に目を向けると、人口減少や過疎化の問題があり、そのスピードが早いのは地方、とりわけ北海道だと知る。亀井さんは、30代以降のキャリアを積む場所として「地方」を選ぶことにした。

「村」であることが重要な要素のひとつ

その際キーワードとなったのは「村」だという。「僕には『ふるさと』と呼べる場所がないんです。村は昔話でも重要な要素。僕にとっては日本らしくもあり憧れの対象。当時港区民でしたが、区民より村民のほうがかっこいいと思っていました」。

亀井さんから聞いた話だが、江戸時代には生活の単位としての村は全国で6万ほどあったという。それが平成の大合併などの影響で、今では村がない県が47都道府県中13県。村がある県にしても、大半はひとつかふたつの村しかないという現状だ。

実は学生時代に47都道府県めぐりをした際に十勝にも一度訪れていた亀井さん。空港から市街へと向かうバスの中で何度もカメラのシャッターを切るほど、風景に魅了された思い出があった。「日高山脈の雄大さ、どこまでも広い十勝平野、まっすぐな道…。日本にもこんなところがあるんだ、いつか住んでみたい、と思ったことを覚えています」。それは幼少期を過ごしたオーストラリアにも似た景色だった。そんな思いもあり、地域おこし協力隊を募集していて、かつ村であること。その両方の条件にピタリと合ったのが更別村だったのだ。

「何かを始めたい」。みんなその機会を求めていた

協力隊員時代には、主に特産品の開発やイベント開催などの仕事に携わってきた。「知り合いはゼロ」からのスタート。「自分にできることは、とにかく名刺を配って自分のこと、更別のことを知ってもらうこと」と、週5日のペースでセミナーや勉強会など、人が集まる場に顔を出し続けた。「役場から与えられた仕事をしているだけでは、3年任期後のことを考えるのは難しい。任期を終えた時に、『じゃあここに定住して仕事を』と簡単には進まない。既存の仕事に就くのではなく、新たに雇用の場を生み出さなくてはいけないのではないかと考えていました」と、亀井さん。

その頃に出会った堀田一芙さんから、山形県で開校準備中の熱中小学校の存在を聞く。政府からの地方創生交付金の支援を受け、全国の企業経営者や第一線で活躍する人たちを講師に招き、幅広い学びの場を提供するというもの。地域の力をつけるには大人の人材育成の場が必要だと考えていた亀井さんにとって、この取り組みは更別でも実現できるのではとの可能性が感じられた。一流の講師陣が、全国にある熱中小学校にボランティアとして来てくれることも魅力的だった。

開校1年前の2016年4月に熱中小学校の枠組みを村長に提案。「ここに残ってやる気が本当にあるのか」という言葉に、決意を固めた。そこから開校までの1年間は、通常の役場の仕事ではあり得ないスピード感で進んでいく。熱中小学校の校長、教頭、教育長、PTA会長などの学校組織には、それまで亀井さんが出会ってきた中でも、十勝に限らず全国で活躍する人たちを選び直談判。これまでにない価値観を創出するために、役場の組織としてではなく亀井さん自らが会社を立ち上げることにした。

「自分のドリームチームをつくるとしたら、と考えて、ダメもとでお願いしに行きました」と、亀井さん。他人に無理だと言われても、まずは自分で動いてみる。それでダメならまた考える。どの瞬間も自分自身で納得しながら進む。「そうしないと気が済まないタチ」と、亀井さんは笑う。その熱意は人にも伝わり、多くの協力を得ながら、ついに「十勝さらべつ熱中小学校」が開校することになった。

心配していた生徒集めについては、SNSでの告知やテレビコマーシャルのほか、広報や折り込みチラシなどのアナログな方法も使って、蓋を開けてみればオープンスクールには250人、1期50名の応募枠に、募集2日目で100人越えという盛況ぶり。それも十勝管内だけでなく、道内、道外からの反響も大きかった。

「開催は月2回程度午後からの授業なので、近くで昼食を食べたり、終わったら村内で買い物をしたりして、明らかに今までいなかった人がまちを歩いているという印象です。地元の方も全体の2割程度参加してくれて、外から来た人と融合して新しい取り組みがどんどん生まれています。みんなやりたいことがあったんだな、熱中小学校がひとつのきっかけになれたのかなとうれしく思っています」と、手ごたえも上場だった。

小さな村でも世界に誇れる価値がある

2018年以降はさらに進化し、現在校舎として使用している建物の周辺も含めて複合施設の運営が始まっている。校舎にあるコワーキングスペースやサテライトオフィスは、AI農業やスマート農業の研究拠点に。生徒や長期滞在者が利用できる宿泊施設、飲食施設、地域食材を扱うマルシェなども。

「計画は壮大なんですけれど、人材面が追いついていない状況。でも、攻めの姿勢を続けていかないと。10年も経てば人の価値観も変化します。ここが起点となって、十勝や更別の魅力を世界に発信していきたい」と、これからのビジョンを語る。そして、いつか更別を自分のふるさとと思えるようになれればうれしい、ということも付け加えて。

交通網や物流の発展は便利さと引き換えに、地方から人や物を流出させることにも繋がる。「じゃあ、何もせずにそれでいいのかと聞けば、それでいいという人は少ないんじゃないかと期待も込めて思いたい。昔は都会から田舎に帰ってくることを都落ちと呼んだけれど、今は地方で働くことが新しい選択肢になっている。熱中小学校があることで子どもたちには職業の選択肢がたくさんあることを知ってもらいたいし、この場所だからこそできることを創造していきたい」。

亀井さんは、スクランブル交差点を渡る3000人の中のたったひとりだ。時には肩がぶつかることも、行く手を遮られることだってあるかもしれない。けれど、近くには必ず賛同者や協力者がいる。思いを伝え発信し続ければ、いつか交差点を渡る全員が同じ方向を向くことだって不可能ではない。

そして、誰もがそのたったひとりになることができるのだ。

(取材時期 2020年7月25日)

亀井さん

「スロウ日和をみた」で、施設ご利用の方に、本当は人に教えたくない、このまちのとっておきの場所を教えます。

この記事の掲載号

northernstyle スロウ vol.64
「手紙に添えて」

コロナ禍を受けて。届けたい足元の豊かさ、今、変わらない思い、気づいたこと、考えたこと。変えていこうとしていることを綴った手紙。

この記事を書いた人

家入明日美

家入明日美

火の国・熊本出身。野生動物の勉強がしたくて北海道へ移住し、自然のことを伝えたくてスロウ編集部に入る。馬とナキウサギ、やんちゃな飼い猫と怒髪天が心のオアシス。