美瑛での暮らしの先に 拓真館で描く夢 【後編】

いくつかのきっかけや出会いが重なり、美瑛移住と拓真館のリニューアルを心に決めた2人。移住当初から波乱に満ちたスタートを切るも、豊かな自然に囲まれながら、楽しく暮らす前田家の移住後のストーリーを聞きました。文末にとっておきの情報もあるので、ぜひ最後までお読みください。前編はコチラ(取材時期 2020年10月)

Shop Data

拓真館
住所 上川郡美瑛町字拓進
電話番号
0166-92-3355
営業時間
夏季 9:00~17:00/冬季 10:00~16:0
休館日 なし
(冬季休業1月末~4月上旬)
URL
http://www.takushinkan.shop(拓真館)
https://maedakei.jp/ (前田景さん
http://s-s-a-w.com/(たかはしよしこさん)

リビングの陽だまり。移住を機に、撮影用として残っていた祖父の一軒家をリノベーションした。

波乱に満ちた、北海道暮らしのスタート

季乃ちゃんが小学校に上がることを考えると、引っ越すのは2020年の春が最良のタイミング。気がかりだったよしこさんの店のスタッフも、新しいスタートを温かく応援してくれていた。さらによしこさんは、拓真館の敷地内でレストランを始める計画をしていた。長年心に思い描いてきた、自然の中で季節の食事を提供する夢が、ついにこの手に。

「さぁ」というタイミングで、思いもよらないことが起きる。新型コロナウイルスの影響で、計画が足止めされてしまったのだ。暮らしもそうだし、東京の店も、拓真館もそう。すべてのことが不安でいっぱいだった。時期を待ち、4月末に静かに移住。「のんびりスタートになったことは、逆によかったのかも」と、2人はこの夏を振り返る。

地に足のついた暮らしから始まること

拓真館のリニューアルをするためやってきた2人。けれど今は、目の前の暮らしを存分に味わい、楽しむことに力を注いでいる。夏にはラベンダー畑の隣のスペースを耕し、野菜づくりを始めた。

よしこさんは自分で畑を耕すようになって、朝採った野菜のおいしさに感動したという。これまで買うしかなかったものを、自分で作れるようになった喜び。山菜やきのこなど、食べ物がそこら中タダで手に入ることが、新鮮でうれしくてたまらない。顔を輝かせて、そのすばらしさを語ってくれた。

「今後、自分で育てた野菜をレストランで提供するんですか?」と聞くと、「それはやらない」と、きっぱり晴れやかに言った。一年やってみて、性に合わないことに気づいたそう。そして、「自分で育てた野菜のおいしさと、プロが作る野菜のおいしさは別物」ということにも。

それでも、自分で育て、収穫し、味わう豊かな体験を通して、新たなアイデアが湧いた。「ゆくゆく、ここでレストランを開くことになったら、この畑で朝採れた野菜を使ったり、収穫体験をしたりできる場所にしたいの」。

拓真館で店をやることが決まった当初、もっと大規模なレストランを始める予定だった。けれど、景さんと何度も本音で話し合い、見えてきた形は違った。よしこさんがやりたいことはシンプルに、目の前の人に季節のおいしい料理を作り、手渡すこと。「手に届く範囲でいい」。そして白羽の矢が立ったのは、白樺回廊の隅に佇む、小屋のような建物だった。2021年、よしこさんのメッセージが詰まった空間が生まれることが、何より楽しみだ。

白樺回廊の真ん中の敷地にて。

祖父の姿に手を伸ばし、思いを巡らせながら

ぐるりと散策できる白樺回廊の中心には、庭が広がっている。この庭をなんとかしなければと思っていた景さんは、東川町の「北の住まい設計社」の渡邊社長に相談を持ち掛けた。プロに直接見てもらったところ、拍子抜けする答えが返ってきた。

「外来の植物もあまり生えていないし、このままでいいんじゃない?むしろ草刈りもしない方がいいよ」。

この言葉には、驚きつつも納得する部分が大きかったという。今夏、拓真館の自然を観察して気づいたこと。雑草が生えるところ、生えないところの違い。どんぐりの実が落ちて、芽が出るところの特徴。土に触れ、見て感じていたのは、手を入れなくとも成り立っている自然のバランスの妙だった。

庭に手を入れるとき、雑草を抜くとき、景さんは考える。「おじいさんが、ここでやりたかったことは何だろう」。いつでも祖父の心に触れながら取り組もうとする、景さんの姿があった。

「この場所を遠慮なく思いきって変えていけるのは、血のつながった自分しかいない」。使命であることを強調するように、景さんは何度もそう言った。けれどもしかしたら、手を加えるのに必要なものは、血のつながりだけではないかもしれない。話を聞いていて、そんな思いが湧いてくる。何より大切なのは、祖父を思う気持ちではないだろうか。

「このままではいけない」と語る景さんの言葉の背後には、少しずつ朽ちていく写真館の体裁を守ることだけではなく、祖父の魂でもある拓真館が消えていくのは寂しいという、景さん自身の個人的な感情が含まれているように感じたのだ。

そうして祖父の夢に思いを巡らせながら景さんが作り上げる拓真館は、やはり景さんを通した新しい姿になっていくだろう。よしこさんのレストランとともに、これからが楽しみでたまらない。

2人だからできることを、焦らずゆっくり探す日々

移住すると、住むことで見えてくる「いろいろ」がある。特に北海道では憧れが先行して、イメージと異なる現実にぶつかり帰ってしまう人も多い。けれど、前田家は違う。

「知れば知るほど、ここが好きになる!」と、いつもの輝く笑顔でよしこさんは言う。それは季乃ちゃんも景さんも同じ。景さんのインスタグラムの投稿からも、暮らしを楽しんでいる様子があふれんばかりに伝わってくる。夏が短いこと、天気が変わりやすいこと。ただそこにある現実を前向きに、良い方に捉えられることは、より良い移住―ひいては良い人生を送る一つの力だと思う。どんなことにも「いいね」と言える強さがほしい。

拓真館のことについても、すぐ側に住み実情を知ることで、「前向きに思えることもたくさんあった」と景さん。ずっと守ってくれていた人々がいたこと。いま支えてくれているファンの存在。そのうえで、「自分たちにできることは何だろう」と考える2人。

「拓真館」という名前は、拓進というここの地名と、写真の「真」にちなんで名づけられたという。まずはこの地にしっかり根を下ろし、暮らしを楽しむことが最初の一歩。2人は、焦らずじっくりとこれからの道を探っているところだ。

四季を追うというより、追われている暮らし

「暮らしを楽しむ」といえば、今季の前田家一大ブームとなっているのが「きのこ」。実は、よしこさんが世界で一番好きな食べ物はきのこだ。娘の名前も、最初は「季乃子」にしようとしたくらい(両親から止められ、「子」は取ることにした)。

秋がくると、美瑛町の山地では地面からきのこが大量に顔を出した。食べられると知ってからは、毎日がパラダイス。種類を調べ、食べられるものは食べ、余ったものは乾燥させて保存。生え続けるきのこに追われるという、願ってもない夢の”きのこライフ”を満喫している。

昼食に、4種のきのこを炒めたパスタときのこのポタージュをいただいた。シンプルな調理なのに身体の奥底から元気が湧いてくる、滋味深い味。種類によって異なるきのこの食感が、最高においしい。

よしこさんの店「S/S/A/W」は、四季の頭文字からきている。刻々と変わりゆく季節を追いかけ、旬の料理を提供したいという思いがあってのこと。けれど今となっては「むしろ季節に追われている」と笑う。

自然に囲まれたこの場所では、一日とて同じ日はない。毎日が自然からのメッセージであふれている。それらを肌で感じたよしこさんの料理への向き合い方もまた、日々変わっていくことだろう。

運命と偶然が重なりあって、人生は進む

もともと持って生まれた、家族や血縁関係。思いもよらずに訪れる、出会いやきっかけ。そういうものが重なりあって、人生は進んでいく。逆らえない時間のなか、どうせ進むなら2人のように、楽しく前向きに生きていきたい。

話を聞いたのは、きのこの収穫も終わりかけという秋の暮れだった。これから前田家にとって、初めての長い冬がくる。私は”移住者の先輩”という顔をして、「冬が一番いいですよ」と伝えた。前田家ならきっと、北海道の冬を好きになるだろう。

移住して最初の一年は特別なものだと思う。この一年で出会った感動は、困難に直面した時に支えてくれる大切な思い出になるはずだ。

そして2人がここで見つけた感動を、新しい拓真館のメッセージとしてたくさんの人に伝えていってほしい。

突然ですがとっておき情報です!

拓真館の敷地にある畑で野菜を作りたいファーマーを募集します!

「畑は、本当に野菜づくりが好きな人に任せたい!」とよしこさん。ここで菜園づくりをやってみませんか?きっとおいしい料理になって返ってくることでしょう。

  • 作った野菜は、料理家たかはしよしこの料理に使用させていただきます。
  • レストランで使用する分以外は、自分で販売していただいて構いません。
  • 敷地内で採れたて野菜を販売することも思案中!
    問い合わせは、info@s-s-a-w.com まで。

この記事を書いた人

石田まき

石田まき

スロウ日和編集長。ライター兼カメラマン。初めて訪れた北海道で、空の広さに一目ぼれ。言葉と写真の両方でこの地の豊かさを伝えるため、九州から移住。ホタテが大好物。