自分の手で一から十まで。工房亜麻音のリネン

亜麻を種から栽培し収穫。繊維を取り出して糸を紡ぐ。それから手織りで布にして、さらに縫って製品に。この工程をすべて1人で手がける工房亜麻音の小野田由美さん。100坪の畑から作ることのできる布はせいぜい10~20メートル。気の遠くなるようなその道のりは、すべてを自分の手で「創り出す」ことへの喜びにあふれていました。

Shop Data

工房亜麻音
住所 岩見沢市栗沢町必成329-2
メールアドレス ama@amane.chu.jp
URL http://amane.chu.jp 
店主の出身地 江別市

好きな植物 亜麻

亜麻の栽培からはじまる。小野田さんの北海道リネン

白やアイボリーといった淡い色合いをイメージさせる「麻(リネン)」。しかし工房亜麻音に飾られている4メートルのリネン生地は、薄く茶色がかった色をしていた。

「北海道の野性味が感じられる色合いだなって思ってます。何度作ってもこの色になるんですよね」。栽培から布にするまでの工程で人為的に加えるものいえば水くらい。種を土に植えて、あとはお天道様任せ。大らかな自然そのものの風合いをまとったリネンは、ふんわりと柔らかく、手に吸いつくような肌ざわりの良さ。思わず頬ずりしたくなる。ああ、こんなシーツの上で寝られたら気持ちいいだろうなあ。

薄く茶色のかかった色は亜麻本来の色。

「そうなんですよ!私も寝具を縫いたくて!でも、100坪の畑から作ることができる布は、せいぜい10~20メートルくらい」と、その作り手である小野田由美さんは何とも言えない複雑な表情を浮べていた。亜麻音の畑は100坪と少し。その上製品に仕上げるまでの行程にも、大変な手間と時間がかかる。

亜麻を栽培して収穫。繊維を取り出して糸を紡ぐ。それから手織りで布にして、さらに縫って製品に。文字にしてしまえばたったの数行なのだけれど、この工程をすべて一貫して行っている人は少ない。

留まることのない、亜麻への熱い思い

そもそも小野田さんがこの世界に足を踏み入れたきっかけは、羊毛だった。札幌市にある芸術の森で現在も行われているホームスパン講座(2021年現在は開催されていません)。約半年に渡ってひと通りの羊毛紡ぎの技術を習得できる。小野田さんは、その講座に2008年から2014年まで、実に6年間も通い続けてきたのだ。「糸を紡ぐという工程が好きで」通い始めたのだが、興味はその前工程へと向かった。「羊はすぐには飼えないけれど、植物なら自分でも育てられるかなあって。自分が栽培したもので糸を紡いだら楽しいだろうなと思ったのが始まりです」。

小野田由美さん。岩見沢市栗沢町にあった廃屋を改修し、2017年8月、工房亜麻音をオープンさせた。

講座受講から1年が経つ頃には、当時暮らしていたマンションのベランダにプランターを設置し、綿花と亜麻を育て始めた。綿花は和綿という日本在来の品種。けれど「北海道では寒すぎてだめでした。ビニールハウスの中でならば育てられるかもしれないけれど」。それに比べて亜麻は「放ったらかし」でも良く育った。「北海道の気候に合った植物なんだなと思いました。今も続けていられるのはそのおかげ」。農家ではない小野田さんが栽培を始められたことを思えば、大規模な投資や専門的な知識がなくてもチャレンジはできるということだ。もちろんその後は、毎年熱心な研究と実践を繰り返すことにはなったのだが。

小野田さんの探究心は留まるところを知らず、翌年には江別市の貸し農園から約4.5坪の畑を借り、1軒屋に引っ越し。畑と、住宅の横にあった100坪ほどの荒野に亜麻を植えるまでに至ったのである。

「本当に、自分でも理由が分からないくらい突然夢中になっていったんですよね。糸を紡ぐのが面白くて、さらにその糸から布に、それから物になっていくのが楽しくて。亜麻の雑草抜きも収穫もとにかく楽しくて。それでもやっぱり布になった時が一番うれしいんですけど」。

植物から布へ。亜麻がリネンになるまで

亜麻の種を播くのはゴールデンウィークの頃。水やりをしなくてもいいように「雨が降る前の日を狙って」種を播く。種は畑に溝を薄く付けてそこにサーっと手播き。播いたら鳥に食べられないように土を薄くかぶせるのがポイントだ。6月からは雑草抜きの作業が続く。

繊維を採るための亜麻の品種は、油を採るための品種とは根本的に違う。背丈が低く実(花)をたくさん付けるものは油用、一方繊維用は、背丈が高ければそれだけ長い繊維が採れるのだが、それは天候や地力にも左右される。「今年は工房のほうの畑は順調に伸びて、江別のほうはあんまり」と、小野田さん。畑の面積が小さければ3年ほどは連作しても問題ないそうだが、前の年に何を植えたか、畑に以前どんな肥料が使われていたかなど、土の状態によっても生育が異なるということが徐々にわかってきた。

7月には花が咲き、8月には徐々に実が付いてくる。「その年の気候にもよりますが、収穫はだいたい8月の中頃。遅くなると繊維が固く、もろくなってしまうんです。完全に枯れる前、茎にまだ緑色が残っているのを見計らって収穫します」。それから一週間くらいは天日干し。そうやって一度乾燥させてから、次は水に浸して発酵させる。「その発酵具合も人によって違うと思います。指導書などはないから自分の加減」。その後の工程がスムーズに進むように。小野田さんは水に漬ける時間を長くし、繊維を軟らかくしている。それをまた乾燥させれば、畑での作業は終了だ。

秋から冬にかけては制作に没頭できる。乾燥させた亜麻を砕いて繊維を取り、ひたすら糸にしていく。10年以上続けている手紡ぎは、羊毛から亜麻に変わってもすっかり小野寺さんの手に馴染み、目にもとまらぬ早さで糸が紡がれていく。1本は単糸、丈夫にしたいものは2本の糸をより合わせて双糸に。後工程のことを考えて糸の太さを変えていく。どんな糸を紡ぐのも自由だ。

こうして糸にするだけでもひと苦労なのだが、工房のひと部屋では織り機がその出番を待っている。「糸が貴重なので、縦糸と横糸、どちらか一方だけを手紡ぎのものに、もう一方は市販の糸を使うというやり方もあります。でも私はせっかく自分で作っているのだから、100%北海道産の手紡ぎ糸で織った布にこだわっているんです」と、小野田さん。織り機に縦糸と横糸をセットし、糸が切れないように時折湿らせながら織っていく。織れるのは1日1メートル程度。そのくらいの長さを織るのにも膨大な量の糸が必要だ。

これまでも、これからも。「ただ、好きだから」

これまで小野田さんが札幌などでワークショップを開いた際には、想像を超える数の人が集まってくれた。「とにかく亜麻の繊維に関する文献がないので、その工程を知りたい人がたくさんいたんですよね。今後はこの工房が亜麻の交流の場所になればと思っています」。

小野田さんは、亜麻の栽培や手織りの技術を広げていくのはもちろんのこと、大前提として亜麻が北海道で栽培できる植物であること、そして手紡ぎ手織りで仕立てるリネンとしても亜麻をもっと多くの人に知ってもらいたいと考えている。かつて北海道のあちこちに、繊維を採るための亜麻畑が広がっていたことを思うと、北海道産リネンを誰もが手にできる日の到来も夢ではない。

「技術も知識もなく、勢いだけでここまできた。ただ、好きだから」。使い込み、何度も洗われることで徐々に柔らかくなっていくリネン。土と太陽と水、そして手間を惜しまない人の手によって作り出される一枚の布。小野田さんの思いがたっぷりと詰まったリネンにもう一度触れてみると、温かな陽だまりに包まれているような気持ちになった。

この記事の掲載号

northern style スロウ vol.53
「亜麻咲く北国の未来」

亜麻の栽培適地が北海道であることを知る人は、どれだけいるのでしょう。生産者、加工業者、一般消費者の観点から紡ぐ北海道の亜麻の「今」をお伝えします。

この記事を書いた人

鎌田暁子

十勝出身で、現在は農家のヨメ。週末はトラクターを運転しています。pH8以上の温泉(ソムリエ資格あり)、挽き肉(究極の餃子とハンバーグを探求中)、ポストカード好き。