道東の珈琲好きの間では、言わずと知れた網走市にある珈琲専門店。道東のカフェでは、よくはぜや珈琲の豆が使われていますし、中には「はぜやさんの珈琲を飲んで、珈琲の魅力に目覚めた」という人も。オーナーの山本竜太さんが自ら焙煎を手がける珈琲は、どうしてこんなも多面的で、奥行き深い味わいなのでしょうか。珈琲を飲み続けて30年以上、自他共に認める珈琲好きのフォトグラファー・高原淳が、その理由に迫ります。(取材時期/2018年11月)
Shop Data
はぜや珈琲
住所 網走市駒場北3丁目9-7
電話番号 0152-67-9800
営業時間 豆販売 10:00~18:30/喫茶 10:00~17:30(L.O.17:00)
定休日 日・月曜 ※営業日でも喫茶休みの場合があります。詳細はwebサイトから確認を。
URL https://hazeya-coffee.com/
喫茶 チーズケーキなどのデザートは珈琲と相性抜群
珈琲は果実。丁寧に奥行きのある味を引き出す
珈琲の取材を重ねるうちに、認識を新たにした。自分の珈琲観はあまりに平坦なものだったのだ。苦味か酸味か、コクがあるかどうか。二元論的な捉え方をしてきたため、珈琲の本当の味わいを知らずに生きてきた気がする。大袈裟に聞こえるかもしれないが、ここ網走の地で珈琲に開眼した。一連の取材でうすうすわかってはいたものの、明確に気づかされたのは、はぜや珈琲での一杯だった。
どうしてこのような味を引き出すことができるのだろう? 酸味を感じたと思ったらフルーティな味に気づいたり、飲んだ後に心地良いコクがあると感じる。立体的、多面的な味わいがあると知ったのだった。深煎り一辺倒だった自分だが、中煎り、浅煎りの珈琲も飲んでみたくなってきた。いずれ、浅煎りの豆に深入りすることになるかもしれない。
「そもそも珈琲というものは果実なんです」と語るオーナーの山本竜太さん。焙煎後の豆しか見ていないと、この事実を忘れてしまいそうになる。珈琲の果肉の部分も、まぎれもなく珈琲なのである。これを精製・乾燥させ、焙煎し、丁寧に抽出した結果、一杯の香り高い珈琲が誕生する。
最初のプロセスは農園での珈琲豆の収穫と精製だ。ここに珈琲の味を左右する精製法の違いがある。代表的なのはウォッシュト(水洗式)とナチュラル(乾燥式)。ウォッシュトとは、脱穀して、皮や果肉を洗い流してから乾燥させる精製方法。すっきりした味わいが特徴だ。ナチュラルのほうは、対照的に収穫したものをそのまま乾燥させる方式。果肉がついたままなので、独特の香りがする。ただし、管理がずさんだと品質に問題が生じる。きちんと扱われているナチュラルの豆は、ウォッシュトよりも高価であることが多い。
取材ではエチオピアのウォッシュトとナチュラルを飲み比べた。驚くほど違いがわかる。豆の良さもあるだろう。だが、これは焙煎と抽出を通じて、豆の持つポテンシャルを極限まで引き出しているからなのではなかろうか?
ハンドピックは、焙煎の後で
味に定評のある珈琲店ではハンドピックを行うところが圧倒的に多い。欠点豆を取り除く作業だ。焙煎前にハンドピックするのが普通だと思っていたが、はぜや珈琲では焙煎後の作業だった。その理由を尋ねると「焙煎前のハンドピックが不要なくらい品質の高い豆を使っている」との答だった。なるほど。その代わりに、山本さんは焙煎後、入念にハンドピックを行っていた。
たとえスペシャルティコーヒーであっても欠点豆は混入している。よく混じっているのはクエーカーと呼ばれる未熟豆。生豆では見分けにくい。だが、クエーカーは焙煎しても色づきしにくい。焙煎後のほうが判別しやすいのだ。
「一粒混じるだけでも味の違いがわかる」と山本さん。
欠点豆を取り除くのは根気の要る作業だ。山本さんは、丁寧だが信じられないほどのスピードでピッキングしていた。センサーの目と精密機械の指先を持っているとしか思えない。
直火式の焙煎機を使って、“ハゼ”を待つ
作業手順としては前後するが、ハンドピックの後に、焙煎を見せてもらった。焙煎機はフジローヤル製。特長は直火式であること。ドラムに小さな穴が空き、ガスの炎が直接豆に当たる。結果、奥行きのある味に仕上げることができる。直火式の弱点は扱いが難しいこと。タイミングがずれるとイメージ通りの味にはならない。わずか1、2秒の誤差で味が変わってしまうというのだ。
焙煎のポイントは「火力」、「時間」、「排気ダンパー」の3つだという。排気ダンパーとは、焙煎の際に発生する煙を排気する装置のこと。適切に操作しないと、煙くさい珈琲になってしまう。
生豆を投入し、6分ほど経過した時点で香りを嗅ぐ。この時点ではまだ青臭い。均一に水分を抜いていきながらハゼを待つ。屋号の由来でもある「ハゼ(爆ぜ)」とは、パチパチ音がして豆がはじけること。1度目のハゼに入ると香りは甘い果実のように変わる。色も少し茶色になってきた。2度目のハゼはバチバチと1度目よりも大きな音だ。山本さんはタイミングを慎重に図りながら、前ブタを開き、豆を冷却箱に落としていった。粗熱を取れば、焙煎は完了。ハンドピックの作業に入る。
抽出には円錐型のドリッパーが使われていた。特に変わった淹れ方をしているわけではないが、一つひとつの動作に自然さ、なめらかさが感じられた。簡単そうに見えるが、自分でやってみるとこのようにはならないだろう。体が覚えている動作。そこには無駄な動きはない。
面白いと思ったのは、必ず試飲をして濃度調整していることだった。珈琲一杯分、18〜20グラムと贅沢に豆を使っている。少し濃いめに淹れて、最後にお湯を注いで濃度を均一にしているのだ。
素人考えだと、薄味にならないか気になるのだが、山本さんによるとそうではないらしい。「蒸らしてしっかり味をつくっていればお湯を足すのはOK」だという。濃度は変わっても、味はしっかり残っている。単純に味が薄まるわけではない。確かに、濃く淹れすぎるとわからなくなってしまう味がある。適正な濃度というものがあるのだろう。この方法、自分でも試してみようと思う。
はぜや珈琲のこれまでと、これから
山本さんは4年間の準備期間を経た後、本州の有名店で学んだ。そして、珈琲について学べば学ぶほど、奥深さを感じるようになっていった。「それは今も変わらない」と山本さんは言う。
はぜや珈琲を開業したのは2006年、32歳のとき。扱う豆は特定の産地で収穫され、一定の基準を満たしているものだけに限定。自ら焙煎を手がける珈琲専門店としてスタートした。
開業当初から考えていたこと。それは自分の扱う珈琲が農園でどのようにして作られているのかということ。
2007年、山本さんはスマトラ島の小農家を訪ねてみた。そこは飛行機に乗っているよりも、陸路で移動している時間のほうが長いという場所にあった。「ジャングル的な感じでした」。そう感じるほどの山奥で珈琲が作られていた。以来、山本さんは「生産者のことがよくわかる豆」を仕入れるようにしていった。信頼できる農園から信頼できる豆を購入する。農園の視察に出向く機会も増えていくようになった。
山本さんの仕入れる豆の質と焙煎技術の確かさ。そして、実際に珈琲を淹れたときに感じる豊かな香りと味わい。ほとんど宣伝らしいことをしないにも関わらず、少しずつ知られるようになっていく。評判を聞いたカフェから、仕入れの引き合いもやってくる。自然と焙煎した豆を卸すようになっていった。
珈琲は豆の質や焙煎技術ばかりでなく、抽出の技術によっても味が左右される。「ただ豆を卸すだけで良いわけではない」。山本さんは卸先のカフェでも味が保たれるよう、サポートに努めている。さらに一般向けの珈琲教室も精力的に開催。店には、ハンドドリップ珈琲の淹れ方を解説したオリジナルのパンフレットが用意されている。
山本さんは珈琲道にのめり込み、探究心を持って日々仕事に邁進している人である。しかし、決して狭い道を突き進んでいるわけではない。「たくさんの人に珈琲に親しんでほしい」。そう願っているのである。珈琲はかくあらねば…。そんな押しつけは一切ない。それよりも、一杯の珈琲と共に過ごす豊かな時間を大切にしている人だと思った。
はぜや珈琲で何度か豆を購入した人であれば、おおよそ味の好みがわかってくるものだ。また、山本さんは珈琲を飲んでくれた人とのコミュニケーションを通じて、反応や感想を確かめることもある。そうした中で、試飲用として、さりげなくアクセントとなるような豆を添えることがあるという。たとえば、深煎りが好きな人にはあえて浅煎りの豆を試してもらう。
「珈琲って、幅広く飲めるほうがより楽しいはず」と山本さんは考えている。「自分の好きな珈琲はこれ」と決め込んでしまう必要はない。実際、深煎り一筋で30年以上珈琲を飲み続けてきた自分としては、どこか物足りない気持ちがある。まだ、珈琲の世界のほんの一部しか知らずにいる。広大な珈琲の世界が広がっているのに、自分の心の窓が半分閉じてしまっている。そんなふうに思うことがあるのだ。
「焙煎しているときのハゼる音が好き」。そんなところから命名されたはぜや珈琲。それは山本さん自身、初心をいつまでも忘れないという思いが込められていると同時に、珈琲の豊かな世界をより多くの人に感じてほしいというメッセージでもあるように感じられた。