ローゼンゴン織り、リップス織り、モンクスベルト…。1本の細い糸を丹念に織り合わせていくことで出来上がる北欧テイストの1枚の布。織りの種類に加え、糸の素材や色、組み合わせによって無数の表情を見せてくれます。アトリエリナムの伊藤千春さんの美しい手仕事の礎には、「好きなものを作る」というシンプルなテーマが貫かれているのです。(取材時期 2020年1月)
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atelier Linum(アトリエリナム)
URL https://linum4.wixsite.com/atelier
Instagram @atelierlinum
複雑で繊細な、北欧織物
「こんな繊細な織り柄も、織機で手作りできるのか…」。初めてアトリエリナムの伊藤さんの作品写真を見たときに抱いた感想だ。少し考えてみれば、どんな織物も「織る」と名前が付く以上は「糸を」「織って」作られているはずだから、織機を使って作ることができるのはあたりまえだ。けれど「手織り」と聞いて思い浮かぶのが、縦糸と横糸がしっかり見える程度に「粗い感じ」の織物ばかりだったから、複雑な織り柄で鳥が描き出されたマットや、織り目が見えないほど細い糸で織られたカシミヤのストールなどを見て驚いた。変な言い方かもしれないが、良い意味で「手作りとは思えない」、とても繊細で美しい織物だった。
アトリエリナムの織物レッスン
旭川市内で織物の教室を主宰している、伊藤千春さん。30年以上前から編み物や織物を続けてきた。アトリエリナムとして現在の場所で開講したのは2015年。ここに来る前には、美瑛でも手芸サークルの代表を務めていた。
アトリエには9台の織機。「一度織り始めたら途中で糸を外すことができないので、生徒さんは1ヵ月間専用で使います。作るものによって日数は違いますが、だいたい1ヵ月に1作品くらいのペースで作っている方が多いです」。織りが初めての場合は卓上リジット織機から、と決まりはあるが、課題など決まったカリキュラムはなくそれぞれの希望に合わせてのレッスン。
アリスファームで学んだ豊かな暮らし
伊藤さんが作り、教室でも教えているのは、スウェーデンなど北欧諸国の技法を主とした織り方。大型の織機を使い、リネンやコットンやウールなど、染め色の綺麗な糸を使って織っていく。伊藤さんが北欧の織物に出合ったのは、仁木町のアリスファームでのこと。それ以前から「糸が好き」で、伝統織物の産地を訪ねるなどしていたが、本格的に織物を習うのはそれが初めてだった。1ヵ月間合宿制のクラフトスクールで、染め、紡ぎ(糸車)、織りを習った伊藤さん。その経験が現在の伊藤さんの礎となっているといっても過言ではない。
「振り返れば、糸は使い放題で朝から夜まで織り三昧という日々。充実した毎日でした」。1ヵ月間で二重織りクッションやヘリンボーン織りの服地など全7点を。それらを作る技術的な部分を学ぶ意義も大きかったが、それ以上に伊藤さんの心に残ったのは、アリスファームの宇土さん、藤門さんの心豊かな暮らしぶり。クラフトスクールが終了した後もアリスファームに残り、「カントリーライフを満喫した」という伊藤さん。「やりたい」を認め、受け入れてもらえる環境。それは何より、次の制作に向かうモチベーションになったことだろう。数年後、スウェーデン製の大きな織機とともに美瑛の里山に移住を果たす。
好きなものを作るのが一番いい
だから伊藤さんは、アトリエリナムでも、生徒やワークショップ参加者に対して「好きなものを作れる場」を提供したいと考えている。本格的に織物を習う場としてはもちろんのこと、ワークショップでは、フラットクロッシェ(平たいヘラのような編み針で行う編み物)やがま口づくり、北欧のサーミ族のブレスレットなど、さまざまなテーマを扱う。伊藤さんが教えることもあれば、外部から講師を招くこともある。また、生徒の中には自前の小型織機を持ち込んで作品を作る人も。手仕事の良さを分かち合える仲間たちと過ごす時間は、身も心も癒やしてくれるひとときなのかもしれない。「好きなものを自由に作れるサロンのような場所が理想。手作りしたい人のための場所です」と、伊藤さん。
確かに、自分が何かの手習いをすることを想像してみると、決まったカリキュラムがあっても、別のものも作りたくなると思う。もしくは決められた作品の中でも、少しアレンジを加えたくなるかもしれない。そうしたときに「いいですね」と技術を授けてもらうことができたなら、きっとそれは、細く長く続けていこうと思える大切な趣味になるだろう。
自然の恵みをいただくものづくり
リナムとは、ラテン語で亜麻の花の意。織物に欠かせないリネンの原料であることに加え、花の色も好きで名づけた。「可憐なブルーの小さな花が大好きで、庭にもたくさん植えています」。伊藤さんは2021年、実家の畑を利用して亜麻の栽培を始めた。亜麻の茎を発酵させ、繊維を取り出したものを紡ぐと、リネンの糸ができる。「種から糸にするには膨大な手間が必要で、驚いています。栽培を始めてから知ったのですが、実は80年くらい前、母の父も羊毛を紡いだり亜麻を栽培していたそうです」。北海道の気候は亜麻の栽培に適しているため、昭和のある時期には北海道各地で大量に栽培されていた歴史もある。
美瑛にいた頃には日常的に草木染めを楽しんでいたという伊藤さんだから、植物の恵みをいただきながらものづくりをすることはライフワークのようなもの。自らの手で栽培した亜麻から採れる糸で織った織物は、どんな表情を見せてくれるのだろう。今年の収穫は9束。「紡げる糸は、きっとほんの少しです」と、伊藤さん。けれど、紡ぎや織りの工程は、今年の冬のとっておきの手仕事になるのだろう。一つひとつの過程を楽しみながら愛情を持って糸に向き合うこと。そうして、「作りたいものを作る」を実践し続けてきた伊藤さんがいる。
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