はかり売りとものさし トロッコの「ゼロ・ウェイスト」

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衣食住にまつわるさまざまなものを、パッケージフリー(包装容器などに入れない状態)で販売する、トロッコ。一級建築士として活動する、阿部慎平さんと下山千絵さんが開いた店です。「ゴミを減らしてみたら、暮らしのストレスが少なくなった」。自分に正直に、気持ちのいい生き方をする、阿部さんと下山さんが選んだもの。それが、ゼロ・ウェイストという考え方でした。

Shop Data

はかり売りとものさし トロッコ
住所 札幌市中央区南1条西15丁目1-319 シャトールレーブ405号室
電話番号 090-6211-0077
営業時間 13:00~17:00
営業日 土・日曜のみ営業 ※詳細はInstagramより確認してください
URL http://405.studio1065.com
気軽に量り売りチャレンジ おなじみの巾着。食品のお買いもの時マイバッグと共に持ち歩くと、量り売り専門店以外でも、意外と量り売りをできる場所があるかも

食べ物から雑貨まで、いろいろなものを量り売りしている。

ゴミになる包装を使わず、量り売りで、ゼロ・ウェイスト

お店には、両手で抱えるほど大きなビンが幾つかと一斗缶、電子はかり。訪れる人が手にしているのは、ハチミツの空きビン、ジャムビン、手ぬぐい、ホーローの保存容器。量り売りの専門店「トロッコ」は札幌市内の中心部、小さなマンションに20を超える店舗が入居する「スペース1-15」の中にある。切り盛りするのは、阿部慎平さんと下山千絵さん。共に一級建築士の顔を持つ。建築士として事務所を構える2人が量り売りの店を始めたのは、2017年のこと。「トロッコ」は、建築士事務所の屋号であり、量り売りの店名でもある。

商売のテーマは「ゼロ・ウェイスト」。読んで字のごとく、ゴミをゼロに近づける提案だ。ゼロ・ウェイストは、近年欧米を中心に広がっている考え方。「ゴミをどう処理するかではなく、そもそもゴミを出さない」という精神に基づき、日本では徳島県上勝町や熊本県水俣市などが町を挙げて「ゼロ・ウェイスト宣言」を打ち出している。

阿部さんがゴミについて問題意識を持つようになったのは、なんと小学生の頃。理科の授業で「スプーン1杯のしょう油を川に流すと、その浄化にどのくらいの水が必要か」というーマが話されたとき、大きなショックを受けた。以来その記憶は環境問題への意識となって、阿部さんの心の底に澱のように居座り続けることになる。そして時は流れ、阿部さんは美術系の高等専門学校に進学。建築を学ぶ中で出合った現代美術の作品に、再度衝撃を受ける。「一般的にゴミと言われるようなものを素材に使った作品。それを見た時に、『ゴミ』と呼べるものって実はないんじゃないかと思ったんです」。捨てられるから「ゴミ」になる。別の用途に活かされた瞬間、それはもはやゴミではない。ゴミとは何か? さらに深く考えるきっかけを得た経験だった。

一方、下山さんに問題意識が芽生えたのは、社会人になってから。阿部さんと同じ専門学校の建築デザインコースを卒業後、奇しくも同じ施工会社に就職。商業施設の内装などを手がけることで、膨大な量の廃棄物を目の当たりにした。「壊すとき(解体時)にゴミが出るというのは知っていましたが、作るときにもものすごい量が出る。『ゴミを作る仕事』に思えてしまったんです」。このまま一生ゴミを出し続ける仕事をしていくのか…。複雑な思いを抱いた下山さん。生ゴミをたい肥として庭に戻すなど、自身の暮らしにゼロ・ウェイストの考え方を取り入れていく。「海外の量り売りのマーケットを見て、『いいなぁ』と思っていました。日本にはまだ少ないですが」。

阿部さんも同じ考えだった。建築の仕事は続けたい。それも、自分たちの思いに合ったものが作れる環境で。「長く使われて、ゴミになりにくくて、最後は土に還るもの」。2010年、2人は独立し、トロッコ一級建築士事務所を立ち上げた。

平日は設計の仕事。建築士の叔父の影響で中学生の頃から進路を決めていたという阿部さんと、世界中の名作椅子に魅せられて建築の世界に入った下山さん。

家を設計する際に大切にしているのは、できるだけ長く使える素材を選ぶこと、地域のものを使うこと(輸送コストを減らす)、自然由来で組成がはっきりした、原料に近いものを使うこと。とはいえ価値観の押しつけはしたくないからと、施主にはまず「自分がどういう世界で生きていたいか」を考えてもらうのだという。「今の瞬間の好みとかライフスタイルは、時間の経過で変わることがあります。だから、家づくりをするときは『自分の中の変わらないものって何だろう?』、『大切なものは何だろう?』と、改めて考えてもらえたら」と阿部さん。素材のアドバイスはもちろん、施主と一緒に壁を塗り、家具をDIYすることもあるという。環境への意識や自然由来の素材へのこだわりは、ゼロ・ウェイストの思想ありきで生まれるものではなく、「それぞれにとっての気持ちのいい暮らし」を真剣に考えた先にあるものなのだ。

ここは、それぞれの「ものさし」を見つめ直すきっかけの場所

量り売りの「トロッコ」も、同様のコンセプトに基づく場所。そもそも建築士事務所を立ち上げたときから、建物を造るだけでなく、そこで営まれる生活に強い関心があった。家具や照明、食器や日用品に至るまで。暮らしそのものを設計することは2人にとって自然なことで、その延長線上に建築以外の仕事があったとしても何の違和感もない。「家づくりの過程で、施主の方とは、環境へのインパクトについて度々話す機会がありました。でも、もっと開かれた、広くたくさんの人と話せる場所がほしいと思っていたんです」。

トロッコの店名の正式名称は「はかり売りとものさし トロッコ」。私の物差し、あの人の物差し、と表現することがあるように、「ものさし」とは人それぞれの「見方」を指して使われる言葉だ。この店には、阿部さんの見方、下山さんの見方があふれている。扱っている商品は、2人が実際に使って「気持ち良い」と感じたもの。量り売りのスタイルにすることでゴミになる包装をなくし、地元の素材やフェアトレードの品を選ぶことで商品の背景を伝える。「商品の背景を考えていくと、問題があるなと感じるものがたくさんある。たとえばカカオ産業は、児童労働や搾取の温床になっていると言われています。そういう問題が解決されている商品を扱いたいんです」。

目の前の商品はなぜこの価格なのか? 気に留めない人も多いだろうが、その「ものさし」を少しだけ変えることができたらと、下山さん。「北海道産の油やパスタは、どうしてこの価格なのか? 安い油は、遺伝子組み換え作物が原料かも? スーパーに並ぶパスタはイタリア語っぽい商品名だけれど、小麦の産地は実際どこ? 考えてもみなかったことに、『あ!』と、気づくきっかけの場にしたい」。とはいえ、扱う商品はあくまで「毎日使える価格帯」を目指している。さすがにスーパーの特売品に比べると割高だが、「価格も含め、私たちが日常で使いたいと思えるものが良いので」。

大切なのは、自分がどんな「ものさし」を持って生きていくか

「問題って、全部繋がっているんです」。下山さんがさらに続ける。大企業が牛耳る遺伝子組み換え作物の生産現場では、農家は特定の種や農薬を買い、その仕組みは行き過ぎると搾取構造を生み出す。マイクロプラスチックは海に流れ込み、それを呑み込んだ魚が私たちの口に入る。それでも私たちは、プラスチックの包装に包まれた食品を買い、週に何度も、大きな袋にいっぱいのゴミを出す。こうした問題を語るとき、何が正しくて間違っているか、という議論は不毛であることが多い。だからか、阿部さんも下山さんも「これが正解」という言い方はしない。大切なのは「自分はどんな『ものさし』を持って生きていくのか」。2人はただ、気持ちがいいと思える生き方を選んでいるだけで、そこには悲壮感も気負いもない。

幸か不幸か私たちが生きる日本では、「考えない」という選択をしても、ただちに命が脅かされることは少ない。しかし足元には、環境問題、貧困や搾取、衣食住の安全など、問題の種がたくさん落ちている。私たちが、空っぽだったビンにひとさじひとさじ中身を詰めていくように、気持ちのいい選択を一つずつ重ねられたなら。一人ひとりのビンが満たされた先にはきっと、今よりずっと、生きやすく居心地のいい世界が広がっているはずだ。

(取材時期 2020年5月25日)

この記事の掲載号

northernstyle スロウ vol.63
「カヌーで辿る、川のはなし」

「カヌーイストの聖地」と呼ばれる川がいくつもある北海道。豊かな自然、歴史や文化。さまざまな角度から北国のカヌーの魅力を伝える。

この記事を書いた人

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片山静香

雑誌『northern style スロウ』編集長。帯広生まれの釧路育ち。陶磁器が好きで、全国の窯元も訪ねています。趣味は白樺樹皮細工と木彫りの熊を彫ること。3児の母。