富良野の景色に惹かれ、石窯ピザの店を開くまで〈Cafeてくり〉

カフェてくり。てくり(ゆっくり)、てくり(ゆっくり)、自分たちのペースで歩いて行こう。そんな想いが込められた店名を掲げ、中富良野町ののどかな田園風景の中でカフェを営むのは、竹内裕介さん、紗夏(さやか)さん夫妻。天真爛漫な仲良し3姉妹、それからトイプードルの茶々丸も合わせて5人と1匹で暮らしています。(取材時期/2018年7月)

Shop Data

Cafe てくり
住所 中富良野町東5線北13号
電話番号 0167-44-3210
営業時間 11:00~16:00
定休日 日・月曜
URL https://cafetekuri.official.ec/

生きたい人生を歩み、子どもたちが元気に過ごしてくれたら。

行ったことのある人なら、「てくり」と聞くだけでお腹がすいてしまうことだろう。天然酵母で発酵させた生地を手ごねして、石窯で焼く香ばしいピザ。近隣農家から仕入れる季節の野菜を使ったサラダ。野菜をペースト状にしてうま味を閉じ込めた冷製スープ。彩り良く盛り付けられた料理は食べる前から元気をもらえるけれど、食べたらますます力が湧いてくる。

竹内夫妻が今、この場所でカフェを営むまでには、長い長いストーリーがあった。かいつまんで説明するにはもったいないほどのボリュームなので、さらに詳しく知りたい人はぜひ2人を訪ねてみてほしい。

2人の出会いは2009年。テレビドラマ『北の国から』の物語や役者の演技に感銘を受けた裕介さんは、倉本聰氏が主宰する富良野塾に入塾。「初めて北海道に来たときのことは鮮明に覚えていて、あまりにきれいな景色に、外国に来たみたいだと思いました」。卒業後は富良野塾出身の山下澄人氏が座長を務める劇団FICTIONに入団し、東京を拠点に劇団員として活動していた。同じ時、富良野のクラフトショップで働いていた紗夏さんは、FICTIONのとある作品の富良野公演に足を運び、演劇を観賞していた。「パンツ一丁で浮気するダメ夫みたいな役を演じていたのが、主人でした。その時はひとりの演者として認識した程度でしたが、劇自体にとても衝撃を受けました」と、紗夏さんは当時を思い出す。

その翌年も、富良野塾の閉塾公演に出演するために富良野へやって来た裕介さん。偶然紗夏さんの働く店に顔を出し、すっかりひと目惚れしてしまったそう。共通の友人を介して連絡先を交換したことで距離が縮まり、2010年の夏に交際がスタート。紗夏さんは一度離れていた小学校教員に復帰していたので、札幌と東京の遠距離恋愛に。交際が順調に進み、結婚を前提に東京での生活を考えていた矢先、東日本大震災が発生した。その2ヵ月後、一旦は予定通り東京に引っ越し2ヵ月ほど暮らしてみるも、そのまま生活を続けていくことは想像できなかった。この年、生きる場所や仕事、人との関わり方など、すべてひっくるめて「生き方」を見直したのは、2人だけではなかっただろうが、裕介さんと紗夏さんも暮らしの拠点を北海道に移すことに決めたのだ。札幌に引っ越してから入籍し、翌年は世界をほぼ一周する新婚旅行に旅立った。

旅行中、じっくりと今後の生活を考えた。紗夏さんはカフェを営むことが長年の夢だった。裕介さんも自営業なら劇団の活動も続けられるのではないかと考えた。それなら、2人で開くカフェの姿はどんなものだろう? その土地のきれいな風景と、おいしい料理が楽しめるカフェがいい。風景と言えば、2人の脳裏に共通して焼き付いていたのは、富良野の風景。旅行先でも無意識に「ここは富良野みたいだね」、「ここよりも富良野のほうがきれいだね」と、外国の風景と富良野とを比較していたという。

帰国してからはその構想を実現すべく、イタリアンレストランに見習いとして就職した裕介さん。料理の勉強をしながら約3年半勤める間、並行してカフェをオープンするにふさわしい物件を探した。道内をあちこち見て回ったが、2人の好きな風景はやはり富良野周辺にあった。農村地区に残された築37年の母屋と納屋を見てみると、思っていたよりも状態が良く、購入を決めたのだ。

一時はピザ生地を機械でこねたこともあったが、「やっぱりこっちのほうがおいしいから」と、今は100%手ごね。※現在、ワンプレートは提供していません。メニューはピザ単品とセットがあります。

竹内一家がここへ来てから、丸2年が経つ。冬は家から町道までの道に雪が吹き溜まって身動きがとれなくなる日もあるが、程良く田舎で、町の人も良い人ばかり。カフェで使う食材に困ることもなく、毎年新しい食材との出合いを楽しんでいる。そして何より、いつ見ても心を和ませてくれる風景がある。そんなこの町が、とても気に入っているという。

「結局、自分たちがどう生きたいかなんです」。お互いの夢、震災の記憶、新婚旅行で組み立てた今後の人生…。いろいろ思いを巡らせてきたけれど、辿り着いた答は単純明解だった。まずはそう、自分たちが生きたい人生を歩んでいること。それから、子どもたちが元気に過ごしていてくれること。ここへ来るまでの道のりを、陽だまりのような温かな笑顔と共に話してくれた裕介さん、紗夏さん。取材を終えて店を後にするとき、2人の手には、糸ちゃんからプレゼントされた野花の小さな花束が握られていた。

この記事の掲載号

北海道移住の本 りくらす vol.3 旭川・富良野周辺

自分らしい生き方、より良い子育て環境を求めて、あるいは家族や仕事の都合で。北海道への移住を選択した人を訪ねる「りくらす」は3冊目になります。今回は旭川や富良野周辺の人々の暮らしを紹介します。

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スロウ日和編集部

好みも、趣味もそれぞれの編集部メンバー。共通しているのは、北海道が大好きだという思いです。北海道中を走り回って見つけた、とっておきの寄り道情報をおすそ分けしていきます。