木の人形をパカッと開けると、次に出てくるのはひとまわり小さな人形。夢中になって「パカッ」を繰り返すうちに、気がつけば人形は小指の先ほどの大きさになっています。マトリョーシカは主にロシアなどで作られてきた工芸品で、子どもたちのおもちゃとしても愛されています。それが実は私たちの暮らしにもそっと馴染んでくれるものであったこと。野生動物や豊かな森、変化に富んだ四季に恵まれた北海道に意外なまでの親和性を持つことに気づかせてくれたのが、西野朋子さんです。西野さんの作品に込められたストーリーは、月明かりに照らされた森のような、はじまりの予感に満ちています。(取材時期 2018年6月)
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cupiporo(チュピポロ)
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マトリョーシカに託す、月明かりの下で始まる物語。
西野さんのマトリョーシカは一点一点手作業で、1ヵ月ほどかけて作られます。作家としての名前はcupiporo(チュピポロ)。アイヌ語で月明かりを意味します。真っ黒に塗りつぶした素体の上に重ねた色を、銅版画用のニードル(針)で削ります。削った部分に最初に塗った黒が現れるという仕組み。「同じ黒でも、彫って出た黒と、上から塗った黒だと見え方が違う。使い分けることで深みが出せたらなと」。花びら1枚、動物の毛並み1本まで丁寧に表現する西野さん。「針で彫る」という技法によって、筆では叶わない細部の表現が可能になったのです。だから西野さんのマトリョーシカは、手に取って、あらゆる角度からじっと眺めたくなってしまいます。塗り重ねた色の陰影や触り心地の絶妙な凹凸が、なんとも言えず気持ち良いのです。
銅版画の技法をアレンジした、独自の作風
アトリエがあるのは、石狩の郊外、畑と丘の風景の中。夫と子どもたち、羊とヤギと一緒に暮らしています。マトリョーシカを作り始めたのは、東京でデザイナーとして勤めていた頃のこと。画材店で偶然マトリョーシカの素体に出逢ったのがすべての始まりでした。興味が湧いて友人への贈り物として作ってみたところ、その作業が自分の中に意外なほどしっくりきたのだと言います。
立体の中に次々と物語を描いていく方法は、美術系の学校で専攻していた銅版画の技法をアレンジ。平面のイラストも好んで作っていましたが、素体に出逢ってからはマトリョーシカ一筋。物語を込めやすく、何より作るのが楽しいのだそうです。初めはプレゼント用などに趣味として作っていましたが、友人からオーダーされたり、雑貨店から取り扱いのオファーが来たりと、徐々にファンが増えていきました。
男の子を見守る
クマのおなはし
「大きく元気に、
丈夫に育ちますように」。
男の子を優しく見守るクマは、
アイヌでは神様とされています。
頑丈な鎧にも身を包んだら、
さあこれで、きっと大丈夫。
すべての子どもたちと、
かつて子どもだった人たちへ。
こどもの日の、マトリョーシカ。
暮らしの中にある創作のヒント
出身地である北海道へ戻って来たのは8年前。結婚を機に心地良い暮らしを考えて、石狩の離農跡地に越してきました。実は子どもの頃、両親の仕事の関係で滝川の畜産試験場に住んでいたという西野さん。試験場は森の中に位置しており、ブタや羊が飼育されていました。「冬になると運動不足解消ってことで、道路にバーっと羊が走って来るんです。後にはフンが残るから、子どもたちはみんな『逃げろー!』って騒いで走り回ってました(笑)」。
小さな頃から動物たちは身近な存在だったから、大人になって石狩に来て、家族の一員として羊を飼うことも自然に受け入れられました。ヤギが3匹に増えたのは想定外だったそうですが、「夫の趣味でもあって」と話す西野さんの顔に曇りはありません。
野の花や動物たち、そして子どもたちが登場する小さな物語。西野さんの原風景は、彼女が描き出す作品のイメージを彷彿とさせるものでした。cupiporoのマトリョーシカを手に取ったときに、私たちが親近感や安心感を覚えてしまうのは、この物語が身近な自然の中で生み出されているからなのかもしれません。
羊飼いの男の子と、
羊たちのおはなし
いつもの放牧中、
すこし遠くまで
探検に行ってみた羊たち。
そこには男の子の瞳の色と
同じ色をした
お花が咲いていたのでした。
羊たちはそれを食べずに、
一輪ずつ摘んで
持ち帰ってきました。