創業86年、小樽の第一ゴム。まるで革靴のような長靴が生まれる工場へ

長靴はただの消耗品?水が漏らなければいい?小樽市で創業86年を迎えた第一ゴムの長靴。それが生まれるところを見たなら、今までの固定観念はがらがらと崩れていくでしょう。北海道生まれ北海道育ちの、実用的でデザイン性に優れた長靴。それはまるで、使い込むほどに育っていく革靴のような、ひと味違う長靴なのです。(取材時期 2021年5月)

Shop Data

第一ゴム株式会社
住所 小樽市奥沢3丁目29-32
電話番号 0134-22-5161 
URL http://www.daiichi-gomu.co.jp

北海道が生む長靴、北海道だからこその品質

北海道、しかも小樽が長靴開発の適地だと言うと、多くの人は首を傾げるかもしれない。でも考えてみてほしい。農業や漁業などの一次産業が盛んな北海道。畑や山、海沿いで働く人たちの足元を見れば、多くが長靴を履いている。ちなみに我々編集者も、取材中に急に畑や山へ入ることになる場面が少なくなく、車に長靴を常備している。

さらに冬。雪と氷に覆われ、マイナス20度を下回る日もある北海道。しかも「冬」と呼ばれる期間は1年間のうち半分に近い。加えて小樽は「坂の町」の異名を取るほどに坂が多い。以上のことから考えてみると、小樽で開発・製造された長靴がいかに実用面で優れているかが何となく感じ取れるのではないだろうか。

「新商品を作るたびに社員が実際に毎日使い倒してみて、検討と改良を繰り返しています」と話してくれたのは、第一ゴムの藤本賢人さん。第一ゴムは小樽で創業86年を迎えた長靴メーカーだ。藤本さんはそこで、営業職に就いている。聞けば彼自身も現在、4足ほどの自社製品を使い分けているという。もちろんと言うべきか、妻や子どもたちも同様に第一ゴムの製品を使っているそうだ。

気温30度に迫る真夏の畑や田んぼから、マイナス20度を下回る厳寒の凍った坂道まで。過酷な環境で80年以上もの間改良が繰り返されてきたことに勝る説得力はない。

4月に発売したばかりのウェリーは、全5色。田植長の機能性はそのままに、後ろのベルトやロゴマークはデザイン性の高いものを採用。底面の溝は浅めで、泥や石が詰まりにくい造り。通常の田植長よりも底が厚く、コンクリートの上を長く歩いても足が疲れにくいような工夫も。

カラフルな新作長靴に込める、原点回帰の思い

この春発売された新商品が、5色展開の「ウェリー(扉写真参照)」。元となったのは、第一ゴムのロングセラー商品である「田植長」だ。読んで字のごとく、田植えをする農家さんの作業をサポートするために開発された長靴で、一般的なものに比べてゴムが薄く、細身のつくりになっているのが特徴だ。田んぼのぬかるみに足を取られてしまわないよう、柔らかく、足にフィットするデザインになっている。「泥が詰まってしまわないよう、靴底の凹凸も浅く設計しています」。
ウェリーの名前の由来は、ウェリントン・ブーツ。19世紀頃にイギリスから広まったゴム長靴がこう呼ばれることから、「基本(原点)に立ち返る」という思いを込めて名づけたそうだ。

時代が変わっても、変わらないことが強み

第一ゴムの歴史は、昭和10年(1935年)にさかのぼる。現在と同じ奥沢町で新興化学合資会社の名で創業された第一ゴムの他にも数社、ゴムを扱うメーカーがあったという。小樽でゴム工業が発展した理由について、「当時北海道の経済の要だった小樽港に、天然ゴムが入ってきたことが大きい」と話してくれたのは、営業部長の村上孝之さん。農家や漁師、土木系の仕事に就いている人が多い土地柄も、長靴を生業にするという選択を後押しする要因の一つだったことだろう。

それから86年。石油から作られた合成ゴムが用いられ、海外で大量生産された商品が市場のシェアの多くを占めるようになり、ついにはゴムに代わる別の新素材も台頭してきた。それでも数百種類の商品を開発し、使い手のピンポイントなニーズに応えてきた第一ゴムは、長靴の専門メーカーとしてぶれずにずっと歩みを続けている。

足の形をした金型に裏地となるウレタンやボアを履かせ、その上にシート状のゴムを貼り付けていく。切るのも貼るのも1足1足手作業だ。製品は100種類以上あり、使うシートの枚数やパーツの形はそれぞれ異なる。

気が付けば周りのゴム工場はどんどんなくなっていき、純粋に国産といえる長靴を作るメーカーは全国でも数社しか残っていない。「長靴だけにこだわって、『産業のすきまにずっといよう』としたのが逆に良かったのかもしれない(笑)」と、冗談めかして話す村上さん。「すきま」というのは、表立って見えにくいニーズのこと。見えにくくても確かにそこに存在するも
のだ。

時代が変わっても、農家さんは田植えをするし、漁師さんは海で仕事をする。凍った路面がツルツル滑るのも、何年経とうと変わらない事実だ。暮らしの中で長靴が必要とされる場面はなくならない。むしろ使い手が徐々に年を重ねていく分、「より丈夫な」「より滑らない」「より使っていて心地よい」信頼のおける商品だけを求めるようになっていくことも考えられる。「お客様と一緒に年を取ってきたという実感がありますね」。

アウトドア好きの若者が「おしゃれ」と評する長靴

前述したとおり、昔なじみの愛用者が多い第一ゴムの長靴。これまでの顧客層は、中高年が中心だった。製造する商品は現在もそれらの世代に向けたものが多い。しかし近年、一部の商品が新たな展開を見せている。ウェリーもそのひとつ。きっかけは、創業当時から変わらず作り続けてきた田植長が首都圏のセレクトショップで好評を得たこと。「昔ながらの黒い田植長が『おしゃれ』と評価されることには驚きましたが、それがきっかけのひとつとなり、首都圏への展開を意識するようになりました」。

セレクトショップの店主としては、いかにして他にない良いものを掘り起こせるかが腕の見せどころなのだろう。純国産を謳いつつ、ファッション性も備えた長靴を製造しているのは、第一ゴム以外ほぼないに等しい。

それと同時期、悪条件での作業のために作られたフィールドブーツもアウトドア好きの間で少しずつ認知されるようになった。フィールドブーツは、デザイン性もさることながら機能面で評価され、アウトドアで「使い倒す」層からの支持を得ている。なんとニセコの山で活躍するスキーパトロールの隊員たちが日常使いしているという。「重ね貼りしているパーツが一番多いのが、フィールドブーツです」と藤本さん。足首の部分に力のかかる方向を計算した形状のゴムが何枚も重ね貼りされている。曲げ、捻り、引っ張りにとにかく強いらしい。

「北海道では冬場は夏物の長靴がほとんど売れなくなるんです。でも全国に視野を広げれば、必要とされている場所があるはずだと考えています」。確かに、雪の降らない地域ならば長靴を夏用と冬用に分けて履くという概念自体ないはずだ。商品を通年動かすという考え方は、道外へと視野を広げたからこそ得られたものだ。

工場の片隅には、レトロな天秤秤りと、長靴の筒の部分と思しき金型が。手前に置かれたノートには、原料の細かな配合がびっしりと書き込まれている。

新商品開発会議は、とことん消費者目線で

ところで前述のウェリー。発案したのは、生産部の山田章弘さんだ。田植長の人気、中でもアパレル業者からの問い合わせ増加を受けて、同じ金型を使って「町履き用」の商品を作れないかと提案したのだそう。「足に柔らかくフィットする田植長は、フェスやキャンプ等にも適しているので、楽しくなるようなカラフルなものがあればいいなと思って」。ここ数年、第一ゴムでは各部署から社員が参加する新商品開発会議が行われているという。開発担当部門のスタッフだけでなく、営業、製造部門から、事務やパートの女性たちまで。多くの人の「一般消費者」としての声を取り入れた商品開発を目指しているのだそう。販売イベントなどを通して、実際の消費者の反応からアイデアが湧くことも少なくない。「若いお母さんから、子どもを抱っこして歩くのに滑らない長靴がほしいと言われたことで、若年層にもニーズがあることを実感しました」。

最高級の天然ゴムと、人の手業で作り上げる

現在、第一ゴムの製品に使用されているゴム原料のうち、7〜8割が天然ゴムだ。タイなどを原産とした、もっとも等級の高いものを使用しているという。そこに「つなぎ」の合成ゴムや色付けの顔料を加えて練っていく。「天然ゴムには弾力と柔らかさがある。一方合成ゴムは、硬くて丈夫。絶妙に配合することで、しなやかで強い長靴が出来上がるんです」。工場を案内してくれたのは、藤本さん。創業当時から変わらぬ姿を保っている工場。煉瓦や軟石が使われた壁面は、作業で出る粉塵で白く染まっている。トラス構造を取り入れた広々とした空間には、さまざまな機械が鎮座。中にはもう製造されていない貴重なものも少なくない。

「ここで1日300 ~ 400足の長靴を生産します」。驚くのは、そのほとんどの工程が今なお手作業であるという点。原
料の配合や色の調合も、裏地のウレタンをミシンで縫い合わせるのも、ゴムのシートをカットして、金型に沿って貼り合わせるのも。さらには最後に1足1足、水に浸して水漏れチェックを行うところまで。一人ひとりがそれぞれの持ち場で、粛々と作業に当たっている。「多いもので20個以上のパーツを組み合わせて作っています。パーツごとにゴムの配合も変えているんですよ」。

長靴の製造工程で特に印象的だったのが、「加硫缶」という大きな釜で熱と圧力を加え、長靴を「蒸す」作業。加硫とは化学反応の一種で、ゴムの弾性を強化する働きがある。この加硫を施すことで、長靴は強度としなやかさを手に入れる。中でもウェリーは特に丈夫に仕上がる製法を採用しているそうで、「本物のゴムの性能を知ってほしい」と藤本さん。ゴムの中にロウを配合することで紫外線による劣化を防いでいるらしい。引き換えに表面にはやや粉っぽい斑が生じるのだが、それも逆手に取れば味わいのひとつ。本革がエイジングで味わい深くなるように、使い込むほどに風合いが変わり、「味」が出てくるという。「同じ製法の製品を何年も使ってくれているお客様のところを訪問したときに、『良い味出てますね~』と思わず口に出そうになります(笑)」。

加硫缶の中に組み上げた長靴を入れ、これから熱と圧力をかけて「蒸す」工程へ。化学反応の力を借りて、丈夫でしなやかな長靴が完成する。

天然ゴムだから出せる、しなやかさと強さを

天然ゴムは生ものだから、とも藤本さんは言う。長靴が農産物だとは考えてみたこともなかったし、保管庫に積み上げられたゴムの塊を見てもいまいちピンと来ないが、原料をさかのぼってみれば、確かに1本の樹木に辿り着く。当然のこと、時季によって入手できる原料の質は異なるし、気温や湿度などによって状態も変化する。それらを一つひとつチェックしながら、配合や練り具合などを調整し、質の高い長靴を作り上げていく。 ウェリーのような新色を開発
する際には特に気を使う。それは、ゴムの強度が色によって変わってしまうから。もっとも強度が高く安定しているとされるのは、黒。車のタイヤのほとんどが黒なのはこうした理由からだ。混ぜる顔料の配合次第で、仕上がる長靴の強度は強くも弱くもなる。いくら可愛くておしゃれな製品を生み出しても、長靴としての本分(防水・防塵・悪路での耐性・滑りにくさ)が果たされていなければ意味がない。そこに一切の妥協をしないのが、第一ゴムの信念だ。

革靴を選ぶように、長靴を選んでみたくなる

第一ゴムの工場を隅から隅まで見せてもらったことで、長靴に対して抱いていたイメージがガラリと変わった。これまでは、長靴はまったくの「消耗品扱い」。ワンシーズン履いたらいつの間にか穴が開き(特にかかとの部分)、新しいものを購入する。それがあたりまえだと思っていたが、見事に覆された。「公式に謳うことはできませんが、実際には8年以上現役で使っているものもありますよ」と藤本さんが言えば、隣にいた営業部の石倉弘貴さんも、大きく頷き同意する。「第一ゴムの長靴ウェリー、9900円」。靴売り場に並ぶこの1行だけを見て、他の長靴と比較してしまうのはあまりにもったいない。込められた技術の数とそれに裏打ちされた性能、そして何より、坂の町小樽で86年間続く、あのレトロな工場が刻む歴史のことを思えば、もう、それが「消耗品の長靴」だなんて到底思うことはできない。

この記事の掲載号

northernstyle スロウ vol.67
「小さな菜園を持ったなら」

家庭菜園、実はそんなに難しくありません。北海道という土地の特性を利用しながら小さな菜園を楽しむ人たちの、ワクワクな暮らしを紹介する巻頭特集。

この記事を書いた人

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片山静香

雑誌『northern style スロウ』編集長。帯広生まれの釧路育ち。陶磁器が好きで、全国の窯元も訪ねています。趣味は白樺樹皮細工と木彫りの熊を彫ること。3児の母。