巨大な石灰華が、本物の証 〈二股らぢうむ温泉〉

湯治の名所、北海道は長万部町の二股らぢうむ温泉をご存知ですか?全国津々浦々から、身体を癒やすことを目的に訪れる人たちがいます。なんといっても、温泉の成分が作り上げた石灰華と呼ばれる岩が、「本物」であることの証明。温泉の底力、それに魅せられた人々の物語を紹介します。

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二股らぢうむ温泉
住所 長万部町字大峯32
電話番号 0137-72-4383
営業時間 7:00~20:55(日帰り入浴 7:00~19:00)
定休日 なし
URL http://www.futamata-onsen.com/

耳より情報 飲用の温泉水と炭酸水もあり、入浴しながら交互に飲むと胃腸に良いそう。

石灰華と一体化するかのような露天風呂。こちらは混浴だが、女湯には女性専用の露天風呂もある。

まず目につくのは、壁を埋め尽くすたくさんの「声」

「椎間板ヘルニアの症状が軽くなり、コルセットなしで歩けるようになりました」、「糖尿病の薬を半分に減らせました」…。掲示板を埋め尽くすように貼られたA4サイズの紙。それらに記されているのは、この温泉を利用した人々の体験談だ。「気持ち良かったです」、「温まりました」などというありがちなものではなく、どんな経緯でここまでやって来て、その後どんな変化があったのか。差出人の人となりまでもが見えてきそうな長々と綴られた文章に、じっと見入ってしまう。

廊下の掲示板に貼られた「二股らぢうむ新聞」にも湯治経験者の声が綴られている。

長万部町の、携帯電話の電波も圏外になるほどの山奥に、二股らぢうむ温泉は佇む。明治時代から湯治場として開かれ、2001年に現在の建物に建て替えられた。入口近くの廊下の壁に冒頭の掲示板があり、つい客室に向かう足が止まってしまった。

部屋に着くと、テーブルの上に冊子が置かれていた。北海道二股らぢうむ温泉研究会の発行物で、『二股らぢうむ温泉紹介』には温泉の歴史や効果的な湯治方法が、『二股らぢうむ温泉体験抄』には掲示板にあったような体験談が60以上も記されている。冊子によると、腰痛、関節痛、皮膚炎、高血圧、事故後遺症、便秘、ストレスによる体調不良など、さまざまな不調を持つ人がここを訪ねては回復を経験しているという。当然個人差のあるものと思いながら読むが、「2、3週間療養して、『二股らぢうむ温泉紹介』に記載した入浴規則通りに湯治されても、お客様ご自身が良化の兆候がないと感じられた場合は湯治費用を全額返金致しますので、ご安心ください」とまで書き記されている。それだけ発行者が温泉の力に自信があるということなのだろう。

各客室に置かれている、北海道二股らぢうむ温泉研究会の発行物。『二股らぢうむ温泉紹介』では適当な入浴方法が紹介されているので、入浴前に読んでおくと良い。

二股らぢうむ温泉に適当な入浴方法

さて、その『二股らぢうむ温泉紹介』に記載された湯治方法というのも紹介しておこう。一日の初め、太陽と共に起き、1度目の入浴。少し身体を動かしながら入浴し、温泉水を二口、三口飲んで胃腸の掃除をする。朝食の30分前には風呂から上がり、休息した後に食事をする。2度目以降の入浴は1度目よりも少し長くする。昼食後は30分〜1時間ほど昼寝。夜は就寝1時間前には風呂から上がる。一日の合計入浴時間は6〜8時間が理想で、これを2〜3週間続ける。ちなみに食事は朝食が8時、昼食は12時、夕食は5時と決まっている。つまりここで言う湯治とは、温泉に浸かるだけでなく、早寝早起きから始まり、規則正しい生活リズムで身体も心も休めましょうということらしい。したがって、禁酒、禁煙は基本。食事も腹七分になるように提供しているそうだ。

二股らぢうむ温泉は2001年のリニューアルを機に、施設の構造も食事のメニューも完全湯治向けに変えた。源泉を最短距離で、しかも機械類を一切使用せずに引いているため、成分が薄まることなく浴槽に届く。水泳や歩行訓練ができるようにと、他の温泉ではあまり見ないプール型の浴槽も設置。客室から浴室までの道のりは長い階段になっているが、これもリハビリ歩行のために意図して造られた。

全体的に特異な空気感の漂う場所だが、露天風呂から見える風景もまた特殊だ。目に映るのはブナ林を抱える山と、黄土色をした巨大な岩。大き過ぎてほんの一片しか見えない岩は「石灰華」と呼ばれるもので、石灰華のてっぺんから1分間に約100リットルずつ源泉が流れ出ている。近くの小火山から湧き出る温泉が地下の石灰岩層を通過し、石灰分を溶かしながら地上に流れ出ることで、その石灰分が再び沈殿堆積して石灰華となる。想像するまでもなく、今の大きさになるまでに果てしない歳月がかかっている。

世界的にも稀有な物質を含む温泉

調査の結果、二股らぢうむ温泉は微量の放射性(ラジウム)を含む、世界的に見ても希少な温泉であることが判明した。このラジウムが最大の特徴であり、「世界の不思議」とも表現される成分で、人の細胞に働きかけて老廃物を排出し、血流を促すというのだ。そしてもうひとつ注目すべき成分が、炭酸カルシウム。温泉に浮かぶ白っぽい湯の華がそれで、骨や皮膚に栄養を与えてくれる。その他にもマグネシウムや鉄分、リン、カリウムなど、何十種類ものミネラル成分を含んでいるため、浸かるだけでなく飲んで体内に取り入れることで、より治療に貢献してくれる。湯気にもラジウム成分が含まれているので、浴室で深く呼吸をするだけでもひと役買ってくれるようなのだ。知れば知るほどに多能で、スケールの大きな二股らぢうむ温泉。山奥にあって、平日にも関わらずそれなりに賑わっている理由がわかってきた。

筆者も一夜でその魅力に取りつかれてしまう訳だけれど、最も感動したのは夜の露天風呂でのひと時だった。浴室に向かったのは夜9時過ぎだったろうか。湯治客の就寝は早いためか、誰もおらず真っ暗だった。電気は自分で点けて、使い終わったら消す仕組み。パチッと電気を点けて浴室の扉を開け、まずは洗い場で髪や身体を清める。内湯でほどほどに身体を温めたら、すぐに露天風呂へ。街の明かりの届かない山の中。目に映るのは、周囲のブナ林の黒いシルエットと星空。女湯の露天風呂は石灰華の上に造られているため、すぐ下に大きな大きな石灰華が見える。月明かりの下で、低温の湯に身を沈めてぼんやり星空を眺めた。何だかわからないけれど、宇宙に浮かんでいるような感覚を覚え、同時に、下に鎮座している得体の知れない物体の計り知れないエネルギーを感じた。のぼせやすい自分にしてはかなりゆっくり浸かっていた。いつもなら立った途端にめまいがするのに、それがまったくなかった。まだまだ浸かっていられそうだった。

湯の表面に石灰分が浮いている。全部で12ある浴槽は、それぞれ36.5℃〜43℃までの温度に細かく設定されていて、ぬるめの湯なら長時間入ってものぼせない。

本当の「湯治」の意味へ、思いを馳せて

ありがたいことに未だ大病を経験していない筆者でも、小さな「不思議」を経験することができた。この温泉を存続させてきたのは、それぞれに「不思議」や「特別」を体験してきた人たち。広く提供し、病に悩む人たちを少しでも多く救えればというオーナーの想いで、現在も経営が続いている。

きっと昔の人はあたりまえに温泉に通って、病気を治そうとしてきた。思えば、ろくなものも口にせずに薬を飲んで眠るなんて、治療法としては粗末過ぎる。日々口にするものこそ改めて、身体が必要としているものを、しっかり取り入れてあげなければ。病院に行くのもひとつ、湯治もひとつの治療法だが、その前にこそ見つめ直す部分がある。たった一夜の疑似湯治体験だったが、「養生」の心得を学んだ。

この記事の掲載号

northernstyle スロウ vol.57
「自然がくれる薬箱」

自然の力を借りて自分らしく心豊かに暮らす人たちの暮らしの知恵を集めた。漢方や薬草、湯治など、北海道流東洋医学を特集。

この記事を書いた人

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スロウ日和編集部

好みも、趣味もそれぞれの編集部メンバー。共通しているのは、北海道が大好きだという思いです。北海道中を走り回って見つけた、とっておきの寄り道情報をおすそ分けしていきます。