フランス語で「おもちゃ」を意味する言葉、jouet(ジュエ)。管理栄養士から、フードコーディネーター、ジャムの作家へ。自らの思いにまっすぐに進む姿に、勇気づけられます。セレクトショップでも大人気のjouetのジャム。手のひらに収まる小さな瓶を開ければ、ワクワクする物語が溢れ出します。
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ジャムのおいしさを表したような、やわらかな人柄
あまり自覚はなかったのだけれど、私はどうやらジャムが好きらしい。冷蔵庫の中にはいつも、だいたい2〜3種類のジャムが入っているし、取材や旅行で訪れた先で、その地域の食材で作られたジャムを買うのが密かな楽しみになっている。お気に入りのジャムが冷蔵庫の中にあるだけで、何となくうれしくなるのだ。
Jouetのジャムを手に取ったのは、地元の雑貨店でのこと。最初の印象は「とってもおしゃれ」。潔いほどシンプルな白いラベルには「Rhubarb(ルバーブ)」の文字。蓋を開ける前から、その小さな瓶に詰まった思いが伝わってくるような気がした。
作り手の小島しおりさんに会ってみると、その「ジャム愛」は想像していたよりもずっと大きかった。「ここまでジャムを掘り下げられるなんて、思ってもみなかった」。そう言って浮かべた、ふんわり包み込むような笑顔。じっくりゆっくり鍋で材料を煮込む背中からは、温かな雰囲気が溢れている。それが鍋の蓋を通り抜けて、食材に染み込んでいっているような。そんな印象を抱いた。
小島さんは道北の名寄市出身。自らの手を動かして何かを生み出すことに関しては、10代の頃から馴染みがあったという。「たとえば人気のバッグがほしくても、買えない。でもほしい。だったら自分で作っちゃえって」。そうやって作り出すと完成が待ち遠しくて、夜鍋することも。仕上がったものを手にしたときの、「自分にもできるんだ」という純粋な達成感が、小島さんの創作意欲をますますかきたてた。
大学生になると、「食」に関するものに興味が向かっていく。栄養士の資格を取って、保育所の給食管理の仕事に就いた。子どもたちに提供する給食の栄養バランスなどを計算するのだが、小島さんはここで壁にぶつかることになる。栄養士の仕事は、「栄養計算」が前提。ところが共に働くベテラン調理師たちを見ていると、おいしさや食べやすさ、それから効率的であることに重点を置いている。「いくら完璧に計算しても、子どもたちが残してしまうようでは意味がない」。料理の勉強をしたい。そんな思いが、フツフツと湧き上がってきた。
その後、札幌で開かれたフードコーディネーターのワークショップに参加。講師は、タカハシユキさんだった。「気さくで、おおらかで、本当にステキな人だったんです」。その人柄と、タカハシさんが見せてくれた食の世界にすっかり魅せられてしまった小島さんは、「自分もこんなふうになりたい」という強い憧れを抱いた。その気持ちのままに親の反対を押し切って仕事を辞め、札幌に飛び出したという。札幌で調理の仕事をしながら、フードコーディネーターの資格を取ろうと考えたのだ。「思い立ったら止まらない性格なもので(笑)」。はにかむ様子からは想像もつかない熱量が、小島さんの中で息をしている。ほぼ経験がない状態からの挑戦。紆余曲折ありながらも、最終的にはレストランバーの厨房を任されるまでになった。
保存食への関心が高まったのもこの頃だ。保存するという工程によって食物の栄養価が高まり、いっそうおいしくなる。「昔の人の知恵ってすごいですよね」。そのプロセスがとても面白かったし、素直に感心した。
そして小島さん目線でもうひとつ重要なのが、保存容器として使う瓶。「とにかく瓶が好き」ということで、カラフルな保存食が入った瓶が並んでいるのを見るだけで「とってもカワイイ!」。そういうわけで、オリジナルレシピでピクルスやソース、ディップを作り、瓶詰めにして楽しむようになっていった。
27歳。小島さんに転機が訪れる。いずれは自分の店を持ちたいと考える一方で、結婚して家族を持ちたいという思いもあった。考えた末、小島さんは実家に近い中川町に行くことに決めた。そこで出会った人と結婚。2人の娘を授かる。
長女のときは「子育てどっぷり」だったが、次女が生まれた頃から「仕事欲」のようなものがふくらんできた。食に携わること、「大好きな瓶フードを作りたい」。その思いに応えてくれたのは、当時住んでいた釧路の友人たち。中にはカフェを営んでいる人もいて、「小さなハンドメイドイベントを開くから、そこで販売してみない?」と誘われたのだ。「作りたいっていう気持ちはあって、でも、どうやって販売すればいいんだろうって思ってた。それが一気に、『やれる』ってなった」。
さて何を作ろうかと考えて、選んだのがジャム。5種類各5個ずつ揃えるのが精一杯だった。結果は見事完売。「とてもうれしかったです」。以来、友人のカフェで販売してもらうようになり、SNSでの情報発信も始めた。道内外の取り扱い店舗も、着実に増えてきている。
実は小島さん、もともとは「あまりジャムを使うほうじゃなかった」と言う。それがある時、ホームメイドのジャムを口にする機会があって、そのおいしさに感動。自分で作るようになると、その奥深さにどんどん惹き込まれていった。
果物や野菜を砂糖と一緒に煮込む。ジャム作りはごくごくシンプルだ。しかし、そこで起こる「変化」は、小島さんを夢中にさせた。「熱を加えていくと、色がパーッと抜けていったり、香りがぶわっと広がったり。それから砂糖が入っていくと、今度は色味が濃くなっていく。まるで実験してるみたいで、それがとっても楽しい」。決して短くはない時間、小島さんは片時も鍋から離れることはない。下煮をしてひと晩置いてから仕上げをするのも、「実験」の結果鞣り着いたやり方。「熱いまま味を決めると、濃くなり過ぎてしまうなと思って、実験的に冷ましてみたんです。そしたら…」。ふふふ、と顔を綻ばせる。
寝かせることでゆっくり砂糖が入っていくので素材への負担も少なく、いっそうおいしく仕上がるのだそうだ。多くは2日で作り上げるが、商品によっては3日がかりで作るものもある。甘さは控えめに。最終的には、素材ごとの個性に「お任せ」して。丁寧に作り上げたジャムには1枚ずつラベルを貼っていく。「飽きのこない、傍に置いておきたくなものに」と、ラベルデザインも自身で手がけた。一つひとつナンバリングをしてから、卸先へと旅立たせていく。
取材の日、小島さんが作ってくれたのはプチトマトのジャムだった。テーマは、「サンドイッチに合う、食べるためのジャム」。ツヤツヤと輝くプチトマトは、芽室町の高野農場から仕入れたものだ。夫の転勤で清水町に引っ越してからは、地域の生産者との出会いによって十勝産素材のジャムのレパートリーが広がってきた。それもまた、うれしい変化のひとつ。2018年に手がけたもののほとんどに無農薬・有機栽培の素材を使用している。
世の中に数多くのジャムがある中で、小島さんが目指すのは「ひと工夫」加えた特別感のあるジャム。「for meat」など、あえて使い方を限定した商品の提案も行っている。「Daughter」は、娘をイメージして桃とソルダムで作った。家族に囲まれ、ジャム作りの店を営む。気づけば20代の頃の夢はどちらも叶っていた。いつだって自らの思いに正直に向き合ってきたからこそある、今。
これまでに作ったレシピは、実に50種類近く。アイデアをめぐらせ、「作りながら、味見しながら」、毎月1種類は新レシピが生まれている。最近では、チーズに合う梨のジャムを作ろうと思っているのだとか。「まだまだやれることがたくさんある!」。いずれはピクルスやソースなど、大好きな瓶フードの展開も目指していくつもりだ。
話しているうちに、前日のうちに下煮を終えていたプチトマトのジャムがほど良く仕上がった。味見させてもらうと、さっぱりとしたトマトの酸味と甘みに加え、さまざまなハーブの香りが広がる。ジャム=甘いイメージを覆す、まさに「食べるためのジャム」。小島さんは仕上がりを確かめながら、煮沸した瓶にジャムを詰めていく。ありったけの大好きと、心躍るワクワクを込めて。
この記事の掲載号
northernstyle スロウ vol.57
「自然がくれる薬箱」
自然の力を借りて自分らしく心豊かに暮らす人たちの暮らしの知恵を集めた。漢方や薬草、湯治など、北海道流東洋医学を特集。