より良い未来に向かって、“ 自分にできること”を模索する〈旭山ろくふぁーむ〉

旭川郊外の山林にセルフビルドの家を建て、養鶏や菜園をしながら家族と暮らす録澤洋介さん。「山にはすごい可能性がある。できるだけ負荷をかけない方法で、自然と共に暮らしていきたいなと思っています」。移住する前、「自然派」に偏っていた時期は「農作業にガソリンで動く機械を使うのも嫌だった」。でも今では自分たちなりの落としどころを見つけて、新しい技術を取り入れています。旭山ろくふぁーむの名前で、オーガニック野菜や平飼いの卵を販売。大工としても活躍中です。

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旭山ろくふぁーむ
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鶏の好物は?  友人の農家から分けてもらったトマト。食いつきがすごい!

ここからの風景を前にして、暮らしのイメージがふくらんでいった。

賑やかな録澤ファミリー

「ここに家を建てて、そこからの眺めを目にしたときに“見えちゃった”んですよね」。それは、夢の始まりの景色。

購入した山林に自宅をセルフビルドし、自給自足循環型の暮らしを営む録澤家を訪ねて旭川市の旭山へ。録澤家のメンバーは、なんとも賑やか。録澤洋介さん、真実さん、長女穂乃実ちゃん、長男慧醒君。犬とヤギが数頭ずつ。2020年夏から飼い始めた鶏は、ペット用の烏骨鶏やピヨピヨ(雛のこと。夫妻がピヨピヨと呼ぶのがとても可愛らしい)と合わせて約90羽。「庭先を動物が走り回っているところに暮らすのが夢だったんです」。2人は、こちらまでほっとするような人懐っこい笑みを浮かべる。

洋介さんは大阪府出身。「大阪といっても郊外の田舎のほう」で、自然と動物に囲まれて育った。元々は都市部に住んでいたそうだが、父がアレルギー体質だったこともあり、洋介さんの誕生をきっかけに移住。無農薬の野菜や米を育て、木工も始めたそう。「ヤギ、鶏、ウサギ、ニジマスも飼ってました」。そんな環境だったから、「小学生の頃から、動物と共に生きるのが夢」。環境のことを、動物側の視点で考えたいという思いが高まっていったのも、ごく自然な流れ。

大学で環境や生物多様性について学び、海外の動物保護活動にも携わる。卒業後は世界の自然を見て回ろうとバックパックの旅へ。帰国後、次の旅に必要な資金を貯めようと選んだのが、鹿追町の酪農の仕事。原生林が多く残る北海道の環境が魅力だったし、将来的に動物を飼うための勉強も兼ねていた。ここで、真実さんと出会うこととなる。

真実さんは埼玉県出身。こちらも「どろんこで育った」、根っからの動物好き。北海道の大学で酪農について学ぶも、1年で休学する。「産業動物を扱うこと、本当に自分に向いているのかな」。もう一度問い直すために現場に立ってみようと考えて、鹿追町へ。

酪農家の元で働きながら、「自然の美しさに毎日感動していました」。特に冬の早朝、朝日に照らされて辺りがふんわりとピンク色に包まれる風景がお気に入り。一方で、矛盾を感じることもあった。産業動物として、乳を搾るために濃厚飼料を与えられる牛。「そういうもの、と割り切ってはいたけれど」。2人を見ると、今もどこかで納得しきれない気持ちがあるように見受けられた。

洋介さんは2年半、真実さんは3年で酪農家を辞め、洋介さんは次なる旅へ。休学中だった真実さんにとっては復学のラストチャンスだったそうだが、アッサリと退学を決め、共に行くことに。

目指したい生き方に気づいた

タイ、ラオス、チベットからネパールへ。それぞれの地域で、人の暮らしと自然環境との関わりを目にし、その空気感を肌で感じ取りながらの旅。2人が特に気に入ったのは、ネパールの山岳民族グルン族が住まう、自然豊かな地域だった。

地元の農家の家に滞在させてもらいながら畑を手伝ったり、水牛の糞を片づけたり(なんと素手で!)。家屋の2階で飼育されているハチの巣からはちみつを採って食べ、手づくり蒸留酒で夜を明かす。家の目の前にはヒマラヤ山脈。段々畑が連なる傾斜地。集落を自由に歩き回るヤギや水牛。

「あ、これだ!」。

洋介さんは唐突に理解した。探していたものは、これだ。「きれいな空気、きれいな水、安全な食べ物さえあれば幸せに生きていけるって確信したんです」。それは、あらゆるいのちの根源。今では2人にとっての、「立ち返る場所」だ。

帰国後、2人は洋介さんの実家へ。父に教わって水田放棄地で米作りをしながら、暮らす場所を探し回った。結論は、気候が肌に合い、動物と暮らす広い土地を安く手にできる北海道。2人は籍を入れ、十勝の清水町へ向かう。働きながら十勝で土地を探したが、米を育てる環境を求めて富良野・旭川エリアに目を向けるように。家族の一員に加わった生後半年の穂乃実ちゃんを伴って、毎週のように旭川でキャンプをしながら土地の情報を集めた。

「キャンプ場の管理人さんと仲良くなって、『あの辺いいんじゃない?』って教えてもらったり、その地域の世話人的な人を紹介してもらったり」。ネットで不動産情報を収集しつつも、地元を知り尽くした人の存在に勝るものはない。2012年、ネットで見つけた旭山の土地を見に来た際、ふもとで畑作業をしていたおじいさんに声をかけ、周辺一帯の持ち主につないでもらうことで、4ヘクタールの山林を購入するに至る。2人の朗らかな人柄と移住に対する本気の思いが引き寄せた、素敵な縁だ。

自らの手でつくり上げる、山での暮らし

山を選んだのにはわけがある。それは、きれいな空気と水を求めてのこと。特に盆地には、排気ガスや塵が溜まりやすい。また、農地で使われる農薬が河川や地下に流れ込むことで生じる水質汚染の問題もある。それらの影響の外、すなわち「できるだけ高いところ」へ。

近くに借りた古民家から現場に通いながら敷地内の整備を開始するわけだが、ここで水にまつわるエピソードを。ある日、冬でもないのに水が止まり、水を引くホースにゴミが詰まったのかと見に行った洋介さん。詰まりを解消できたと思ったら…。「ホースからポーンと、エゾサンショウウオが2~3匹出てきた!」。風呂に水を張って薪で沸かそうと思ったら、「オタマジャクシが泳いでる!」。それを聞いて、一同大笑い。驚いたけれどきれいな水がある証拠、と洋介さん。飲み水には適さないため、「水神さん」と呼ばれる近くの湧き水を3週間ごとに汲んで使っていたそうだ。

実のところ、家を建てた旭山一帯には水がない。と、思われていた。水脈までは山頂から200メートル。掘ってもすぐに岩盤に当たってしまう。しかし2人は、不思議と楽天的に考えていた。「きれいな水が豊富な日本のこと、どこかにはある。家の近くで水が出なくても、水神さんまで汲みに行けばいいし」。

果たして、なんと水が出た。家を建てた後で行ったボウリングの結果(冬季に従事していた仕事の知識と技術が役立った)7メートルほどでぶち当たった岩盤の亀裂に、水が走っていたのだ。少し離れたところにそびえる旭岳の水が、高低差によってこの場所へ上がってきているらしい。「暮らしたい場所に水が出てきた。ものすごくきれいな水です」。奇跡、という言葉が脳裏に浮かぶ。

家づくりは雪のない時期に限られ、6年がかりで。最初の年から山の中で野菜を作りつつ、真実さんは穂乃実ちゃんをおんぶしながらユンボを操り、洋介さんはショベルでの伐根作業。基礎を打ち、柱を立てて、コツコツコツコツ。

「お父さんが家も作っていたし、大工道具に囲まれて育ったから、なんとなくできる気がしてました」。とはいえ、見るのとやるのとでは大違い。手を動かすよりも考えている時間のほうが長かった。本を読むなどして、あるもので何とかするためのアイデアを振り絞りながらの作業。冬はボウリングや基礎工事の仕事を請け負って、「これから必要になるだろう技術」を学びながら現金収入も得ていた。

やってみる。できないことは周囲を頼って感謝する

セルフビルドを実践してみて、「すごくいい!」と、洋介さん。その根拠は大きく二つある。一つは費用。一般的に家の新築費用は、おそらく数千万円。数十年のローンを組むのが一般的だ。一方、録澤家の建築にかかった費用は月に2~3万円。少しずつやる分、まとまった出費はない。もちろん、借金もなし。

夢のマイホームというけれど、洋介さんに言わせれば「家は、夢のスタート地点!」となる。「ローン返済のために働き詰めて、やりたいことができないのは、なんだか違和感」。造り上げた家と遠方に霞む旭岳、その景色を前にして「見えた」もの。夏には野菜を育て、ヤギと鶏が走り回って、果樹が植わっていて…。この先の夢をリアルに思い描けた。苦労することは目に見えていたから、多少の迷いがあったのは確か。でも最後には真実さんが、「ここがいい!」と言い切った。

居心地良く整えられたリビング。断熱もばっちり。東北でヒバ材を扱う父の知人から、ハネ品を安くわけてもらえたのも「すごくありがたかった」。

根拠の二つ目は、いろいろな技術を身に付けられること。整地、基礎づくり、土木、設備…。その腕を頼って、リノベーションの相談などが持ち込まれることもある。必要で身に付けた技術が、外から求められるまでになったのだ。

そうは言っても、誰にでも家が造れるわけではないよな…。心の中で弱気になったところにすかさず、「誰にでもできますよ!」と洋介さんがにっこり。「やろうと思えばできないことはないって信じています」。必要なのは、「どうせ無理」という気持ちから抜け出すこと。「まずやってみて、できない部分は誰かを頼ればいい。ほしいからお金が必要の前に、自分でやってみる」。

その言葉に、明るい場所へ連れ出されたような気がした。ないものを嘆くより、あるものやできることを数えて少しずつ増やしていく。あたりまえにお金で解決してきたことの中にも、できること、やってみたら面白いことがあるかもしれない。そしてできないことにはお金をかけて、それらを提供してくれた人やサービスに感謝する。とても建設的で健康的な考え方だ。

喜び勇んでトマトを食べる鶏たち。

録澤家では農業と養鶏も行っている。しかし、「農家」ではない。あくまでも家族で食べたいものを作り、周囲とシェアするというスタンス。お金になって返ってくることで助かることもあるけれど、決して目的ではないのだ。「仕事は何してるの? って聞かれるんだけど、この暮らしそのものが仕事なんです」。仕事によって得た賃金を生活に充てるという従来型の価値観とは真逆の、自然の中で自然に負荷をかけすぎずに生きるために選び、育ててきた価値観。

有機無農薬栽培する作物は、固定種をメインに少量多品種を手がける。品種改良されたものと違い、固定種は野性味が色濃く残っている。「多様性があって強い」と洋介さん。すでに固定客が付いていて、「味が濃くておいしい」という感想が寄せられているとか。栽培においては、「個体差があって一気に生えそろわないから、逆に助かる」とも。余剰分は雪室に収納し、冬の間の食料にしている。

養鶏には、純国産品種の「さくら」と「もみじ」を導入。こちらも手づくりの小屋で平飼い。餌は、沖縄県産のサンゴ化石以外、98%道産。近郊で入手したくず大豆やくず麦を発酵させたものが中心だ。化学的な薬剤やホルモン剤は一切使わない。すべて、鶏の健康を考えてのこと。「食べたものが1週間かけて形になったのが卵」というから、録澤家の鶏が産む卵の安心・安全は疑いようのないこと。「鶏にとって、卵を産むのはとても大変なこと。そういうことも含めて、伝えられたら」。1日数回、夫婦で卵を集め、紙パックに詰めて販売する。

日々の暮らしに、未来へのメッセージを託して

録澤家のいつもの食卓。卵を絡めて炒めた玄米ご飯と野菜スープは、じんわり身体に染み入る味。ごちそうさまでした。

海外で野生動物保護にも携わりながら、洋介さんが感じていたこと。目の前にいる傷ついた動物たちを助けることはとても大切だ。けれど、それだけでは圧倒的に足りないという現実。「地球環境そのものを変えることが必要だと思ったんです。でも自分ひとりで何ができるんだ?って。車にも乗るし、生活していたら少なからず環境に負荷をかける。ずっと答を出せないままでした」。

きっと多くの人が、既に気づいている。このまま地球の悲鳴に耳をふさぎ続けていれば、どんな未来が待っているか。

かといって、電気や石油を使わない暮らしができるかといえば、まったくもって現実味がない。洋介さんもきっと同じ。けれど考え続ける中で、ほんの少し見えてきた可能性がある。

それが、暮らしだ。録澤一家が旭山で営む暮らし。それ自体がメッセージになる。「僕らの暮らしをいいなって思ってくれる人が増えていけば、より良い方向へ進んでいけるかもしれない」。

まっすぐで、優しい願い。小さな可能性の灯をどのように育てていけるだろうか。それは、私たち一人ひとりの手にゆだねられている。

この記事の掲載号

northernstyle スロウ vol.66
「思いを叶える場所へ」

自らの暮らす場所や環境について真剣に考えてみよう、という機運が高まりつつあるようです。それぞれの「大切な思い」を受け止めてくれる場所、北海道。自らの暮らしを現在進行形でつくり続けている人たちの物語をお届けします。

この記事を書いた人

家入明日美

家入明日美

火の国・熊本出身。野生動物の勉強がしたくて北海道へ移住し、自然のことを伝えたくてスロウ編集部に入る。馬とナキウサギ、やんちゃな飼い猫と怒髪天が心のオアシス。