植物の力で心地よく。ソーリー工房のハーブ化粧品

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ハーブを原料に化粧水などを作り、アレルギーや肌荒れに悩む人に手渡したい。それは、2014年に下川町に移り住んだ山田香織さんと小松佐知子さんが描いてきた夢。ハーブの花咲く畑から生まれるフレッシュな製品を、必要とする人に直接手渡すための小屋、「こそっと、ハット(cossoto,hut)」もオープンし、仕事と暮らしをより身近に感じつつ、日々を過ごしています。

Shop Data

cosotto,hut(こそっとハット)
住所 下川町一の橋268
電話番号 01655-6-2822
営業時間 10:00~16:00
定休日 日・月曜のみ営業
URL https://sorrykoubou.jp
耳より情報 小松さんは、大の釣り好きらしい!

こそっとハットで販売する、ソーリー工房のハーブ化粧品。

下川町で営む小さなハーブ化粧品店、こそっとハット

2018年春先、下川町を訪れた時、「今、小屋を建てているの」と聞いていたあの木造の建物。冬から春にかけて、大工さんを手伝って、山田さんと小松さんも身体を動かしながら完成させたという小屋には、「こそっと、ハット」という個性的な名が付けられ、すでに営業を「こそっと」開始していた。ふたりの手から生まれた製品を並べ、必要とする人に訪れてもらうための小屋。山田さんと小松さんがハーブを原材料に、チンキや石けん、リップバームなどを製造している工房の道を挟んで反対側。日よけテントが張り出した木製デッキと小屋まで続く枕木の道がアクセントになっている。小屋の前の四角い草地には、ブルーの矢車草が長い茎を風にユラユラと委ねながら涼しげに咲いている。背後には林が控えていて、時どき、鹿も遊びにやってくるという。西側に設けられた正方形の小さな窓からは剣山が見え、絵のように美しい夕日も楽しめる。緑豊かな夏はもちろん、真っ白な雪に覆われた冬景色も美しいのだと、窓を見ながら、ふたりは声を揃える。

店舗には、太陽光パネルが設置されている。

ふたりにとってこの小屋は、自分たちが手づくりした製品を、必要とている人の元へどんなやり方で届けたいか、どんな製品づくりをしたいか、つまりはどんな風に生きていきたいかを具現化したものに他ならない。2014年に下川町を生きる場として選んだあの時から、いや移住してくるかなり以前、あの東日本大震災以来、仕事をしながらもずっとずっと考え続けてきたこと。それを具体的なイメージとして思い描いたときに浮かんできたひとつの形。考えていること、やりたいことを細部にわたって話し合ってきたことが、通過点ではあるかもしれないけれど、今、ここにこうして小さな実を結んだことになる。

小屋の奥の壁に設えた棚には、ソーリー工房の製品が整然と並べられている。向かって右から順に、カモミールなどのハーブティー、カモミールやカレンデュラなどのチンキ(ハーブの有効成分をアルコールで抽出したもの。ミックスして化粧水を作る材料でもある)、カモミールや蜂蜜の石けん、カレンデュラ・カモミールのリップバーム。どの製品にもふたりの手で育てたハーブが使われている。この場所を訪れてくれる人の話に耳を傾けながら、その人が一番必要としている製品を選んでもらうこと。そして実際に使ってもらうこと。二度、三度と、繰り返し訪れてもらうことで、より必要としているものに出合ってもらえたなら…。
「こんなものがほしいの」「こんなことで悩んでいるの」と、声を届けてもらえたら…。そんな風にしながら、直接訪れてくれる人の役に立てたらと願うから、あえて対面販売の形を選んだふたりがいる。

そう、たとえば『魔女の宅急便』の、主人公キキのお母さんの店みたいなイメージだ。肌荒れ、湿疹、キズ、アレルギーなどに悩む人がいたら、その人に向けて、工房でハーブを材料に製品づくり。出来上がったら、小さな小屋、「こそっと、ハット」で、「ホラ、できたよ。使ってみてね」と、顔を見て話をしながら手渡していく。

グラデーションのようにつながる、仕事と暮らし

無農薬で育てた力強いハーブたち。2人の仕事と暮らしは、グラデーションのようにつながっている。

ハーブ畑を耕しては種を蒔き、苗立てしては育て、収穫し、乾燥させては成分を抽出し、化粧水などとして製品化する仕事。もちろん、畑の周りののり面の草を刈ったり、畑の草むしりなどの雑用的な仕事も自らこなす。何から何まで、自分たちの手と身体を動かし、愉しみながらやること。それこそが、ふたりにとっての下川町での暮らしであり、仕事をすることなのだ。

「仕事と暮らし」。休みは休みとしてしっかり取れるような働き方より、ふたつの世界がキッカリ離れているような仕事の仕方よりも、「両方がグラデーションのように緩やかにつながっている働き方のほうがいい」。「仕事って、生きることそのものだと思うから」。そういう生き方に惹かれるふたりがいる。

美しいハーブ畑で収穫作業。カモミールやマーシュマロウが

7月も終わりに近づいたある日曜日。空を見上げれば、晴れ。あまりのうれしさに、天に向かって大声で叫び出したくなるようなスッキリとした晴天下、山田さんと小松さんに案内されて畑に向かう。ずっとずっと雨続きで、なかなか思うように育ってくれないとは聞いていたけれど、青空の下、こうしてハーブ畑を案内してもらえるのは、想像以上に心躍る体験だった。

秋に蒔いたカモミールの白い花はそろそろ終わりかけ。春に蒔いたものは、今が盛りのようで、小さな蜂が忙しそうに花から花へと飛び回っては蜜を集めている。「こんなにたくさんの蜂が飛んで来てくれるんだから、将来、ハーブのハチミツを作れるようになるかも」。「製品に使うハチミツも、自分たちでまかなえたらいいね」。事業展開の次の姿を思い描くのもハーブ畑の中。

各種ハーブティーも製造している。

ふたりはこれらの小さな花や茎を摘んだり、刈り取ったりしては、乾燥させていく。無数とも表現したくなるたくさんの小さな花を前に、「気の遠くなるような作業ね」と問いかけると、「そうね」と気の抜けそうになるほど淡泊な反応が明るく返ってくる。ふたりにとっての「花を摘む時間」の有りようが無理なく、ゆっくりと伝わってくる。花を摘むのは仕事であり、楽しみであり、暮らしでもある。つまりは生きることそのもの。

ふたりにとっての畑での作業は、きっと「とても愉しい仕事」なのだろう。肉体的にはきついこともあるはずだけれど、青い空に白い雲、時折、畑を吹き抜ける香しい風が、そんなことが何でもないことのように、ふんわり、軽々と山の向こうにまで吹き飛ばしてしまう。「ワッ、ホラあそこの雲、きれいね」。「ホント、気持ちいい」。花を摘みながら、背丈ほどにも育っているハーブの説明をしながら、ふたりの口をついて出るのは、気持ちの良い言葉ばかり。「マロウ(マーシュマロウ)の花が咲き始めてる」と畑の中の細い道を進んでいったかと思えば、時折、低くかがんで、目に付いた雑草をこともなげにササッとむしり取っては、また笑い合う。その様子の、何と、イキイキとして愉しそうなことか。

オレンジ色の花を咲かせているカレンデュラの花を摘むふたり。「この色がキズにいいの」。ドイツではメディカルフラワーに分類され、ダメージを受けた肌に良いとされているというカレンデュラ。ハーブの話に耳を傾けながら畑をめぐるのが、こんなにも楽しく、心癒やされることだなんて。ただ漫然と花を摘むのでなく、目の前に咲いている花の状態を確かめながらの作業。「大量に生産して均一に同じものを作るというのでなく、色、花、香りなどを畑で確かめながら収穫し、ハーブのその時の状態に応じて最良のものを作っていきたい」。愉しみながらも真剣な眼差しに支えられた製品づくり。そんな緊張感さえも、ここでは心地良さと共にある。

自分たちの手でハーブを育て、化粧水などを作りたい。そんな思いと共に下川に移り住んだふたりにとって、北海道の気候の厳しさは想像を絶するものだったようだ。「北海道の春は、本州の春とは別もの」。「春先には、植物のエネルギーが音を立てているよう」。「すごいエネルギーが自分の身体に入ってくるような」。下川町で暮らし始めたふたりにとって、マイナス20度の日が続く、長く厳しい冬を耐え忍び、春を迎えようとしている植物たちの発散するエネルギーの高さは、想像を超えるものだったようだ。一気にエネルギーを放出するかのように、「音を立てながら」地面を突き破って芽を出す植物たち。ふたりは遅い春を迎えるたび、この北国で育つ植物たちの秘めたエネルギーの存在を強く感じ取ってきた。北国の植物(ハーブ)に秘められたエネルギーを製品に取り込みたい、活かしたい。それがふたりの仕事の核にあるもの。

東日本大震災をきっかけに、考え直したこと、選んだ生き方

山田さんと小松さんは同世代。というより、同年齢。学生時代に知り合い、大学を卒業してからはそれぞれに自分の道を歩み始めていた。ふたりを再び引き寄せたのは、あの東日本大震災に他ならない。宮城県仙台市で働いていたあの時期、昔の友人たちの安否確認をするなかで、ふたりは再会を果たしていた。
 
「明日、何が起こるかわからない」。あの時期、誰もが、そんな気持ちに囚われていたという。自分と向き合い、これまでの生き方を見つめ直す日々が始まっていた。エネルギーのこと。農業のこと。福島県で生まれ育った山田さんにとって、震災で突きつけられたものは傍らで想像する以上に深刻で、かつ大きかったことだろう。農業を営んでいた親戚の苦境を前に、「(汚染された)土を入れ替えることはできない」事実に向き合わざるを得なかった。絶望的なその時の思いを、山田さんは張り裂けそうになる胸にしっかりと刻みつけたことだろう。

仙台時代の山田さんはひどいアトピー性皮膚炎に悩んでいた。何を使ってみても良くならない。お金をかけても無駄。市販の化粧品などではどうにもならず、ついには自分で石けんや化粧水を作っては自らの肌で試し、結果が良ければ、同じ悩みを持つ友人たちに分けてあげたりしていたという。ハーブを手に入れては成分をアルコール抽出するなどして、余計なものが入っていない化粧水を作る。ひどいあせもに悩んでいたときなどは、これも自分でカモミールの入浴剤を作ることで、あせもの酷い症状を克服したこともある。

自分が悩みを抱えていただけに、山田さんはいつしか、同じようにアトピー性皮膚炎などに悩む友人たちの話に真剣に耳を傾けるようになっていた。その上で、友人たちの症状などが少しでも解消するようにと、手づくり化粧水や石けんなどを作るようになっていく。

「こうなった以上、(化粧品の)原料も自分で作ってみたい」。望むような原材料を手に入れるには、自らの手で必要なハーブ類を栽培するのが何よりの近道だとわかってはいる。でも、当時アパート暮らしをしていた山田さんにとって、ハーブ栽培のための畑を手に入れるのは至難の業。どうすべきか。自問自答を繰り返す山田さんがいた。そんな日々を送るうちに、次第に、仮にハーブを自分で栽培できるようになったとして、その先にある化粧品の製造許可を取得するにはどうすれば良いのだろうかと考えるようになっていく。手づくり化粧品などを作り続ける過程で、ビジネスとしての可能性を探るようになっていたのだった。

やりたいことの方向性が見え始めていた時期だっただけに、震災を機に関係性を取り戻し、何かと連絡を取り合うようになっていた小松さんとアトピーのこと、手づくり化粧品のことなどを話すようになるまでに、それほど時間はかからなかった。小松さんが大学時代、化学関係の科目を履修していたことが、化粧品の製造認可を受ける上で役に立つかもしれないこと。「一緒に何かやらない?」。ふたりの気持ちが一気に近づいていく。それからというもの、化粧品のこと、ビジネスのこと、将来のことなど、ふたりは多くのことについて話し込むようになっていく。もちろん、より深く知り合う上で大切な、ここまで生きてきたお互いのことなどについても、時間をかけて話し合ったことだろう。ふたりが30歳を迎えたばかりの頃のことだった。

対面だからできる、酸化防止剤無添加のフレッシュな化粧品の販売

薬草栽培をしていると知って、山田さんは長野県池田町を訪れる。カモミールを栽培し、入浴剤を作っている会社だった。どうすれば、自分で作れるようになるのだろう。多くのことを学び、調べていくうちに、薬草栽培が盛んなところとして北海道の存在が浮上してくる。さらに詳しく調べていく中で目に止まったのが下川町だった。

下川町が取り組んできたエネルギー政策に惹かれるふたりがいた。クリーンエネルギーに関しての目標が明確であること。あの大震災を経験しただけに、エネルギー政策に無頓着でいる訳にはいかなかったからだ。多くのことを考えるきっかけとなったあの大震災。これから先、自分たちの生きる場所を選ぶときに、エネルギーのことを抜きには何も考えられない。下川町にはクリーンな燃料がある。木もある。もしかすると、この場所でなら、やりたいことに打ち込めるかもしれない。

山田さんと小松さんは下川町を訪れ、人に会い、話を聞く。惹き付けられたのは、ある会社の代表の生き方だった。同じ女性であるその社長は下川町に移住し、起業を果たした人。社長自ら森に入り、枝打ちをする姿に深い共感を覚える。「近くに目標となる人がいる」。起業するにあたって抱いていた一抹の不安。でも、目の前に目標となる人がいることで、ふたりは大きな勇気をもらう。程なく、地域おこし協力隊として、下川町に移り住むふたりがいた。

2017年の春、ふたりは会社を設立した。「ソーリー工房」。社長は山田さん、製造責任者は小松さん。相変わらず、多くの仕事を分担しながら、ふたりですべてをこなす。ハーブ栽培に徹することで、化粧品などの原材料としてのハーブを大量に栽培し、大きな企業に卸す道も含め、仕事のやり方、将来の姿、下川町での暮らしなどについて、ふたりでとことん考え、話し合ってきた。本気でぶつかり合い、喧嘩もたくさんしてきた。たくさんの雨が降って、乾くたびに関係性が深まり、未来に向けてのまだ見ぬ姿が少しずつ顔を出してきた。

ハーブチンキの独特な販売方法。ソーリー工房を語る時に忘れてはならないことのひとつだ。まるで家族のための料理を作るかのようにして、ふたりの手によって生まれてくる製品は、いわば家庭料理のようにいつも「フレッシュ」なのだ。そんな製品をフレッシュな状態のまま広く流通させようとすると、あたりまえのことだが酸化や腐敗が進む。肌に直接使うものだから、酸化防止剤や防腐剤のような余計なものは使いたくない。そう考えて辿り着いたのが対面販売だった。カモミールチンキ、カレンデュラチンキなど、目の前のハーブチンキから必要としているもの、好きな香りのものなどを選んでもらい、自宅で少量ずつ、自らミックスして使ってもらうという方法。いわば、手づくりのハーブ化粧水だ。自然界のハーブの持つ力をフレッシュな状態で、ストレートに取り込んでもらいたいからと、ふたりが考え出した販売方法。「こそっと、ハット」での売り方をはじめ、ふたりがイベントなどに参加しては対面販売に力を注ぐ理由がここにある。

北海道下川町の厳しい自然、気候風土、荒れた土地でたくましく育つハーブたち。花や葉の香り、花の色素、根っこなどに含まれる神秘的な力をそのまま日々の暮らしに取り入れること。あくまで手づくりによって生まれてくるソーリー工房の製品。自然そのままの力を癒やしと共に受け取ることで手にできる世界の豊かさ。春から秋にかけて、ソーリー工房のふたりが長い時間を過ごすハーブ畑で、ほんの僅かな時間だったけれど、共に過ごせたことで体感できたこと。それらを多くの人たちと分かち合えたらと願う。

(取材時期 2018年10月25日)

山田さん、小松さん

「スロウ日和をみた」で、商品ご購入の方へオリジナル缶バッジをプレゼント。

この記事の掲載号

northernstyle スロウ vol.57
「自然がくれる薬箱」

自然の力を借りて自分らしく心豊かに暮らす人たちの暮らしの知恵を集めた。漢方や薬草、湯治など、北海道流東洋医学を特集。

この記事を書いた人

萬年とみ子

紙媒体の「northern style スロウ」編集長。2004年創刊以来、これまでに64冊発行してきたなんて、…気が遠くなりそう。加えて、デジタル媒体を目にできる日がくるだなんて!畑仕事でもして、体力、つけなきゃ!