設計士の高橋克己さんと、ガーデナーの恵さん。2人と2匹の猫が暮らす家は、旭川市桜岡地区の林の中にあります。何もなかった土地に克己さんが家を建て、白樺の木を植えて、恵さんが花を植えて。家づくりも庭づくりも、今だけではなく「いつか」までを見据えてコツコツと。芯がありながらも軽やかで、いつも林の中で楽しそうに遊ぶ2人の暮らしぶりをお届けします。※(一部写真提供/桜岡設計事務所)(取材時期 2021年7月)
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桜岡設計事務所
住所 旭川市東旭川町東桜岡488-1
電話番号0166-36-0333
URL http://www.sakuraokaarchi.com/
Instagram:@sakuraoka_sekkei
設計士とガーデナー、2人で暮らす「林の中の家」
白樺と野花と、林の中の家。「間違えて花を抜かないようにしてね」、「大丈夫だよ」。ぐんぐん生長する植物の手入れをしているのは、高橋克己さんと恵さん。2人は旭川市桜岡にあるこの家で、2匹の猫と暮らしている。
最初に克己さんがここにやって来たときは、ひとりだった。野花どころか草も生えていない土地を購入し、家を建て、白樺の木を植えた。白樺の背丈が少し伸びた頃、恵さんと結婚。2人での暮らしが始まった。
2人は元々、札幌市で木造建築を手がけるフーム空間計画工房という建築事務所の先輩と後輩だった。といっても、恵さんが入社してすぐに克己さんは設計士として独立したので、そこで一緒に仕事をした期間はごくわずかだったのだが。
「桜岡は、独立前に何度か仕事で来たことがあって、すごくいい場所だなと思っていたんです。実家のある旭川にいつかは戻ろうと考えていたし、『いい土地があったら教えてほしい』と仕事関係の知り合いに相談していました」。
実際に土地が見つかり、思い切って手に入れたのは2007年のことだ。「林の中の家に住みたかったので、当時はかなり迷いました」。大抵の土地は、木を伐り、重機で平らにならした状態で売りに出される。桜岡の土地も例外ではなく、緑に囲まれた環境を求めていた克己さんが思い描いていた理想とはかけ離れていたからだ。
それでも購入を決めた理由を、克己さんに尋ねてみる。「うーん…。早く決めなくちゃいけない状況だったので、あまり迷っていられなかったのもありますが、やっぱり桜岡が好きだったからですかね」。それを聞いた恵さんは、「なかなか大胆な行動ですよね」と笑った。
自宅兼事務所にする家の図面を書いたとき、克己さんが大切にしたのは「できるだけ削ぎ落とすこと」。設計士として働く中でいろんな家を見てきたし、やってみたいことはたくさんあった。けれど最終的には、「できるだけ引き算して考えました。そういう家をお客さんに見てもらえたらいいなと思って」。
恵さんが続ける。「もし私も一緒に考えていたら、もっと膨張した家になっていたと思います。大きいキッチンがほしいとか、アトリエがほしいとか、いろいろ言ったはず。でも本当は、最小限で十分豊かに暮らせるものなんですよね。夫に建ててもらって本当に良かったです」。
土地を購入してから2年後の2009年、無事に自宅兼事務所は完成し、桜岡設計事務所としてスタートした。
元々は建築家を志し、克己さんと同じ建築事務所で働いていた恵さん。そこで働くうちに、「建材よりも、生きている樹木が好きだな」という自分の思いに気がついた。「建材を見て、この樹木はどういう風に育ってきたんだろうって考えたり、山の中でその樹木を見つけるとうれしかったり」。
そこで自分の道を軌道修正し、札幌で公園管理の仕事を始めた。「結婚を決めたのも、ちょうど旭川市にあさひかわ北彩都(きたさいと) ガーデンができる頃で。縁あって、そこで働けることになりました」。北彩都ガーデンでは、ガーデナーとして活躍。その後もずっと旭川市内の公園都市管理の仕事に携わり続けている。
恵さんの仕事がガーデナーだと聞いて、どうりで庭が素敵なわけだと納得した。まさに林の中の花畑という雰囲気で、無理していない華やかさがある。克己さんが植えた樹々と、恵さんが選ぶ植物の相性もまた良いのだろう。
「林の中の家に住みたかった」と克己さんがさっき話してくれたことを思い出す。克己さんがここに来た時にはなくなってしまっていた樹々も緑も、2人が暮らすことで戻りつつあるように思えた。厳密に言えば、「元の状態」という意味での自然とは異なるけれど、環境に合った植物が植えられて、それぞれが健やかに生きている。2人はコツコツ時間をかけて、この場所をつくってきた。
2つ目の土地を、「普段着で外遊びを楽しめる場所」へ
2021年の春、2人は家の隣地の山林を買い取り、笹刈りや倒木の手入れを始めた。今の目標は、「普段着で外遊びを楽しめる場所にすること」。最終的な目標は、「いつかこういう環境で暮らすことに理解のある人たちへ渡すこと」。
ここ最近、山林を活用してキャンプ場や新しい事業を始める人が増えている。山を手放す人も増えている中、山林を管理し、次の世代へつないでいくために必要な良い動きだろう。克己さんも恵さんも基本的にはそういう考えでいる。けれどその動きは、元々の環境と調和のとれたものであってほしい。
隣の山林を買い取ることにしたのは、大規模な開発工事が入ってしまいそうになったからだった。手に入れることも、決めることも簡単ではなく、またここで大胆な決断をする必要があった。前と違うのは、ひとりじゃないことだ。一つ目の土地をつくってきた経験もある。
2つめの土地は、「切り拓かない状態で」と依頼し、元あった状態で買い取ることができた。「北海道にはきっと、こういう土地がたくさんあると思うんです。木の手入れを最小限にして、木に守られているような家を建てられたら。そういう場所を求める人と、いつか出会えたら」と2人は言う。「自分たちで手入れしてみるからこそ、伝えられることもあるだろうし」とも。
林の中を歩きながら、恵さんは言う。「自分たちの土地になって歩いてみたら、これまで山で見ていた花が咲いていたり、ため池が湖みたいに見えたり、毎日宝探しみたいで楽しくって」。
土地を買い取り手入れする。文字にするとちょっと固い印象に見えるかもしれないが、実際の2人の作業はもっともっと、軽やかで楽しげだ。下払いした枝を焚き火や畑の野菜の支柱に使ったり、道具を持ってきてコーヒーを淹れたり。夕日の時間にはカメラを持って散歩しながら、次の笹刈りについて計画する。あくまでも暮らしの延長線上に、「いつか誰かに渡す土地」はある。
家づくりも庭づくりも、「いつか」を見据えて
「この土地も、私たちが暮らす家も、もっと言えばお客様がこれから建てる家に関しても、誰かに引き継ぐということをいつも考えています。数十年前まで、家は親から子へ受け渡していくものでしたが、今は時代も変わってきているし、家のあり方も変わるはずですよね。この家はせっかく夫が苦労して建ててくれたから、ギャラリーとか喫茶店とか、いつか誰かがいい形で使ってくれたらいいなと思っています」。
恵さんの後に、克己さんが続ける。「新しい家を設計するときも、その辺りをよく考えています。基本的な断熱などはもちろん、誰でも親しみを持てる間取りにしたり、いずれ住む人が変わったとしても変わらず使いやすいような家を建てたいですね」。
克己さんが関わる家にできるだけ「特別じゃない」材料を使うのも、長期的な視点があってのことだ。電化製品を例にすると、一つの部品が生産終了しているために修理ができず、買い替えが必要になる場合がある。住宅も同じで、本来は部分的な改修で済む場合も、材料の一部が手に入らずに大規模な改修を余儀なくされることがあるらしい。加えて、経年変化を楽しめるような素材を取り入れるのも工夫の一つだ。
恵さんの庭づくりにも近い視点がある。「手のかからない庭づくりのコツを聞かれることがよくあって。現実的に手がかからないっていうのは難しいですけど、環境に合う植物を植えることをおすすめしています。たとえば山野草(山野草を専門にする業者がある)。クルマバソウは自然とマット状に広がってくれますし、ハーブは時々増えすぎるけど、エゾノキリンソウはちょうど良く育ってくれたりする。強すぎるものは手入れできないと荒れていくので、バランスのとれる植物を植えるのが大事ですね」。
2人は何においても、携わるものの「最後」まで見ている気がする。持続可能という言葉はもう目新しいものではないが、それでも自分自身を振り返ってみると、何かを買うときに、「本当に必要か、使い続けられるか」を考えることはあっても使い終えた後のことまでは想像できていなかったように思う。
これまでしてきた選択と、それに至る背景や思い。「全部、お客様の生き方に教えてもらったこと」だと2人は話す。札幌にいた時から今まで、たくさんの人の家づくりに携わる中で得たものは数え切れない。家には、住む人の生き方が現れるものなのだろう。
「『次』をどう生きていくか。スクラップアンドビルド(古くなったものを壊して新しくする)という考え方を変えていくのが私たちの仕事だと思っています」。
恵さんがすっぱりとした口調で言った言葉を聞いて、心から「かっこいいな」と思った。その言葉の中には、2人が自分たちの暮らしをもって実践しているという力強い根拠がある。常に「いつか」を見据えること。自分たちの暮らしを必要以上に広げ過ぎないこと。2人はその生き方を、これからも無理することなく、軽やかに、林の中の家で続けていく。
2023年、「2つ目の土地」で小屋づくりを始めました。その様子は、Instagramで発信しています。