
洞爺湖町のはずれ、有珠山のふもとに、小さな本屋「BACKWOOD」があります。店主の菅松剛士さんは、東京でアパレル関連の仕事に携わった後、自然の側で暮らすことを選びこの地へ移住。2022年に自身の店を開きました。店のテーマは、「酒と木と本」。店内には、北海道で生み出されたクラフトビールや木工クラフト、新刊と古本が並びます。自分の言葉を見つけたいとき、静かで豊かな時間を楽しみたいとき、そっと寄り添ってくれる本に出合える場所です。(取材時期 2025年7月)
Shop Data
BACKWOOD
住所 洞爺湖町入江265-55
営業時間 12:00~17:00
営業日 月曜(祝日の場合営業)
URL https://backwood.jp
Instagram @backwood.jp

菅松剛士さん。宮崎県出身。2022年より洞爺湖町でBACKWOODを営む。経営戦略に携わっていた経験を活かして、個人でブランディングにまつわる相談なども受けている。報酬は缶ビール1本から。
テーマは、「酒と木と本」。有珠山のふもとの小さな店へ。
その本屋に初めて向かう道中、少し不安な気持ちになるかもしれない。有珠山のふもと、民家がぽつぽつと立ち並ぶほか、目立った建物は何もない。でも、ナビが教えてくれるとおりに細い道を進めば、小さな木の看板が現れる。
BACKWOOD。〝へき地〟を表す屋号を掲げた、小さな本屋だ。


廃材をパッチワーク状に組み合わせたドアに刻印された「酒」「木」「本」の文字は、BACKWOODのテーマそのもの。そして、店主の菅松剛士さんの好きなものでもある。
北海道へ来る前は、東京で生活し、アパレル関連の会社で経営戦略に携わっていたという菅松さん。現在の土地で暮らし、本屋を営むようになったのは、いくつかの憧れと偶然が重なってのことだ。
〝へき地〟の風景が押してくれた、北海道移住へのスイッチ。
「東京にいた頃から、本屋や酒屋を営むこと、自然に近い場所で暮らすことに憧れを持っていました。でも当時はあくまで憧れであって、家族や仕事のことを考えると、あまり現実的ではないかなと思っていたんです」。
心の中の「移住へのスイッチ」が押されたのは、新冠町で暮らす親戚を訪ねて旅行に訪れたときのこと。「観光地などではない海沿いの、いわゆる〝へき地〟を車で走っていたときに、『北海道にこんな場所があるんだ』と驚いて。そのとき、自分の中でスイッチが入った感じがしたんですよね。ちょうどその頃、北への意識が強まっている感覚もあったので、そういう部分も重なっていたかもしれません」。
当時の仕事にもやりがいはあったが、会社という枠に捉われない働き方にも興味があった。ちょうどその頃、コロナ禍を経て「リモートで働く」といった選択肢が増えていたこと。気がかりだった子どもの進学先にも目途が立ったことが後押しし、移住を決意。こうして2021年、洞爺湖町で暮らし始めた。
たまたまの出合いに導かれて、小さな店を開く。
こうして「自然に近いところでの暮らし」への憧れを形にした菅松さんだが、自分の店を持つことになったのは思いがけない展開だったという。
「次の仕事は移住してから考えようと思っていました。こっちに来るとき、持っていた本をだいぶ手放したんです。本屋を開くってわかっていたら、あの本も、あの本も持っていたかったなぁ」。
それは、本当にたまたまの出合い。「今店がある辺りの土地が好きで、毎朝ジョギングしていたんです。ある日、『土地を売ります』の看板が出ているのを見つけて。電話をしたら、持ち主のおじいちゃんが案内してくれて。中古の家と小屋付きの土地。この小屋を見たときに、『ここをお店にしよう、ここで本とお酒を売ろう』ってピンときたんですよね」。

耕運機や農機具を保管するために、廃材を使って建てられた自作の小屋。古いけれど味のあるその小屋を、ひと目で気に入った菅松さん。とんとん拍子で話は進み、この土地を受け継ぎ、ここでBACKWOODを開くことになったのは2022年のことだ。
アパレル業界で培った「モノを届けるセオリー」を活かして。
BACKWOODに並ぶのは、新刊と古本、北海道各地のクラフトビールに木工クラフト。いずれも店主の菅松さんによってセレクトされたものだ。
「北海道は、ものづくりをしている人がたくさんいる土地。でも、それを購入できる場所が少ないんですよね。木工もそうだし、クラフトビールもそう。そのすばらしさを発信したいという思いで、店づくりをしてきました」。

BACKWOODの店づくりには、コンセプトや選書、クラフトのセレクトにいたるまで、菅松さんなりのセオリーがある。
たとえば、店としてのあり方について。「小さくもとがった場所でありたい。10人のうち1人に刺さればという気持ちがあります。大切なのは、どんな人にどんなもの、どんなことを届けたいか。そこが明確でない限り、店のあり方も〝ほんわか〟してしまって、結局、伝えたいことがぼやけてしまうから」。

そうした考え方は、前職のアパレル業界で培ったものだ。「新規事業の立ち上げに携わる中で、ブランドコンセプトを練り上げたり、どういう価値観の人に何をどれくらい売るかというプランを組み立てたり。考え方と数字を結びつけるような仕事をずっとやってきたので、それが自然と今につながっていると思います」。
当時の仕事ぶりについて垣間見える、あるエピソードがある。「BACKWOODを始めるにあたって、自分用にプレゼン資料をまとめました。誰かに見せるためではなくて、自分が納得するために」。
届けたいのは、自然の中で静かに過ごすのが好きな人、美術館巡りが好きな人、小さな酒屋で語らうのが好きな人。そういう人たちが、何か新しいことを始めたくなるような、今の自分自身を肯定できるような、そんな場所でありたい。そうしたコンセプトに基づいてつくられたのが、今のBACKWOODの世界観だ。
自分の言葉を持つための本、折り合いをつけるためのヒント。
選書のテーマにおいても、BACKWOODには一貫した軸がある。
飲む、食べる、自然、北海道、自分との対話、そこから派生したもの。そうしたテーマに加えて、「10~20年経っても色褪せない本」という視点を大切にしているそうだ。

そうして選書された本棚は、実に豊かな佇まい。背表紙をなぞっているだけでもワクワクするし、あれもこれもと抱えて読みたくなってしまう。「選書、並べ方、すべてにメッセージは込められる」という店主の言葉が、体現されたような本棚だ。
菅松さんが本に込めるメッセージ。それは、「自分の言葉を持つ大切さ」だ。「多くの人が抱えているモヤモヤを言語化すると、『自分と世の中の折り合いをどこでつけるか』というところに行きつく気がしていて。その手助けになる言葉が、本にはあるはずだから」。

紙の本を読む。そこに綴られているのは、今を、何十年前を、百年前の時代を生きた人たちが、行動し、考え、見つけてきたそれぞれの答。ふと立ち止まったときに、たまたま開いたページの中に心を照らす言葉を見つける。それはお守りのように心に染み込んで、いつの日か背中を押してくれるかもしれない。
そんな菅松さん自身、本を通して「自分の言葉」を見つけてきた人だ。有珠山のふもと、〝へき地〟にある小さな本屋の扉を開けて。その本棚の豊かさに気づいたら、片隅に佇んでいる店主と話してみてほしい。
深く、確かな言葉を聞いて、自分の言葉を持つことの大切さに気づいたら。もう一度、本棚に手を伸ばして、心に留まった一冊を開いてみてほしい。

敷地内には1日1組限定のキャンプ場も。詳細・予約はこちらのサイトか、Instagramよりお問い合わせください。ビールを飲みながら、本を読みながら静かに過ごせますよ。