十勝のナルセ養蜂場に教わる、蜜蝋のふしぎ

幕別町の「ナルセ養蜂場」は、ただのハチミツ屋さんではありません。蜜蝋を使ったオリジナルグッズを開発したり、イベントやワークショップを開催したり。その活動の根幹にあるのは、「ミツバチたちのことをもっと知ってほしい」という思いでした。嫁ぎ先でハチミツと出会い、感化され動き出した成瀬ゆにさんのハチミツ愛を尋ねました。(取材時期/2019年2月)

Shop Data

ナルセ養蜂場
住所 幕別町札内新北町40-1
電話番号 0155-56-2302
営業時間 9:00〜18:00
定休日 水曜
URL https://naruse-bee.jp/

キャプション

ハチミツ屋に聞く、蜜蝋のふしぎ

“ミツロウ”という言葉を聞くだけで、あのこっくりと濃厚な黄色と、ハチミツの密度をギュッと高めたような独特の香りが思い浮かぶ。主に手づくりの化粧品やキャンドルとして私たちの身近に流通している蜜蝋だが、この貴重な天然のロウは、働きバチの人生を懸けた“お仕事”の賜物である。

「古代エジプトでも使われていたと言われているんですよ。遺跡から燭台が発見されたとか。当時からすでに養蜂家という職業があったことや、ミイラづくりに蜜蝋が使われていたという記録もあるので、おそらくその頃から蜜蝋でキャンドルのようなものを作っていたのだろうと考えられます」。

教えてくれたのは、ナルセ養蜂場の成瀬ゆにさん。昭和9年(1934年)創業のナルセ養蜂場は、昭和38年に十勝に移住し、以来ずっと国産の純粋なハチミツを多くの人に届けている。ゆにさんは、3代目である成瀬一軌さんの妻。4年ほど前から店の運営に携わっている。

現在店頭に並んでいるオリジナルの蜜蝋キャンドルや、板チョコ状になった蜜蝋フレークは、ゆにさんのアイデアによって商品化されたもの。主力商品はもちろんハチミツだが、養蜂においてハチミツと蜜蝋はワンセット。養蜂家は収入源のひとつとして蜜蝋を大切に集め、主に原料の卸業者へ出荷していた。ナルセ養蜂場でも販売自体は昔から行っていたが、ゆにさんが嫁いできた当時、店舗にたくさん残されていた蜜蝋を見て「買いたいと思っている人はもっといるんじゃないか」と、より使いやすい形での商品化を進めたそうだ。

さまざまな形に商品化される蜜蝋。

意外と身近で多彩、蜜蝋の使い道

一般的に蜜蝋は、化粧品メーカーや画材メーカーなどが原料として仕入れて製品化、販売することが多く、素材のまま直接消費者へ届くことはほとんどない。しかし近年、手づくり化粧品やキャンドルの需要が高まっており、「どこで買えるかわからない」という消費者がナルセ養蜂場の店舗を訪れることも少しずつ増えてきた。また、釣り人が釣り竿のスレッド(糸)の補強用ワックスにするために購入したり、レザークラフトを趣味として楽しむ人が糸の蝋引きをするために購入することもあるという。「最近流行っているところで言えば、布ラップを手づくりするという方もいらっしゃいましたよ」。

道内で活動するキャンドルの作り手たちの中にも、「素材としてどうしても蜜蝋でなくてはならない」というこだわりを持つ人は少なくない。では一体、蜜蝋とはどのようなもので、なぜ人々に求められるのだろうか。ハチミツの専門家であるゆにさんに、一歩踏み込んだ蜜蝋の話を聞いた。

蜜蝋の原料は、ハチミツそのもの?

蜜蝋とは、端的に言えば蜂の巣のこと。ミツバチは主食としてハチミツを食べ、体内でロウを生成、腹部にある分泌腺から分泌し、巣を作る。「人間が糖分を摂って寝たら、グリセリンと脂肪酸が結合して“脂肪”ができますよね。ミツバチの場合は糖分を摂って休んだら、高級アルコールと脂肪酸が結合して“ロウ”ができるんです。ミツバチも本当に、“休んでいる”らしいですよ(笑)」。つまり蜜蝋の原料はハチミツである。ゆにさんによれば、ハチミツ約10グラムから蜜蝋約1グラムが作り出されるのだそう。しかし、ミツバチであれば誰もが蜜蝋を分泌できるわけではない。むしろ蜜蝋を分泌するのは、働きバチの生涯のほんのいっときの間。ミツバチたちは組織的に巣を運営しており、働きバチはライフステージに合わせた分業体制をとっている。大まかに言えば、巣の中で働く内勤バチと外で働く外勤バチだ。

蜜蝋を分泌して巣づくりの仕事を担うのは、羽化後8〜16日程度の内勤のミツバチたち。私たちがイメージする、あの六角形の巣房を整然と並べて作る役割だ。また、巣房に貯めてある蜜の糖度が十分に高まって“完熟状態”になったところに蜜蝋で蓋をする(蜜蓋)のも、同じく内勤バチの仕事。やがてこの内勤バチは、羽化後20日程度経った頃から外勤バチに役割を変えて、蜜を集めに巣の外に出るそうだ。つまり蜜蝋を分泌できるのは、ほんの1週間足らずの間だけなのだ。

「うちで蜜蝋として販売しているのは、採蜜用の巣枠の外にはみ出して出来上がってしまった巣や、蜜蓋を削り落としたものです。養蜂家さんは5月から10月くらいまでは採蜜で忙しいので、蜜蝋は溜めておいて、まとめて秋に精製作業をされることが多いです」。

精製といっても、ナルセ養蜂場の蜜蝋は布で不純物を漉しただけの簡易精製。紫外線に晒すと色が抜け白くなるため、濃厚な黄色をした蜜蝋は天日に晒していない“未晒し蜜蝋”の証だ。「調べてみると、化学的な方法で不純物や色や匂いを取り除いた精製蜜蝋を販売している会社もあるので、用途によって使い分けてもらえたらと思います」。

帯広市の実店舗にはさまざまなオリジナル商品が並ぶ。

天然素材をキャンドルとして楽しむ

「蜜蝋キャンドルは、炎がオレンジがかった柔らかい色なんです。燃える温度が高く、煤(すす)が出にくいとも言われています」。キャンドルを灯したときの悩みのひとつは、燃えている最中や火を消した後の、煤のにおいや黒い煙。それが蜜蝋キャンドルなら、ハチミツのような甘い香りが楽しめるのと同時に、空気中のホコリや花粉を吸着し、空気を綺麗にしてくれる作用もあるのだとか。

ナルセ養蜂場で販売されているオリジナルのキャンドルは、まじりっけなしの蜜蝋100%。製造は富良野市のキャンドルシップスが担っている。また、不定期でゆにさん自身が講師となってミニワークショップを開催することもある。ワークショップでキャンドルを作る際に用いるのは、ディッピングという製法だ。たっぷりの蜜蝋を融かしたところに、キャンドルの芯を何度も浸すことで太さを出していく。

特に印象的だったのは、2017年10月に幕別町内の十勝ヒルズで行われた屋外ワークショップ「みつろうキャンドルづくりとミツバチのおはなし」。モチーフはターシャ・テューダーさんの世界観。ゆにさんの発案で開催されたというこのイベントでは、ただ蜜蝋キャンドルを作るだけでなく、木に穴を開けた燭台を作ったり、硬化を待つ間にキャンドルを掛けておく枝を用意したり。ゆにさんがイメージする“秋に楽しむキャンドル文化”が表現されたイベントだった。「寒くなってきた頃に、屋外のガーデンでやりたいなと思っていたんです。クリスマスに使うために作るのにもちょうど良い時期ですし」。

本当に伝えたいのは、ミツバチのおはなし。

さらにこのワークショップの裏テーマとも言えるのが、タイトルの後半部分、「ミツバチのおはなし」だ。これも、ゆにさんがどうしてもやりたかったこと。「私にとってはむしろ、こっちがメイン」。キャンドルづくりでまずは蜜蝋に興味を持ってもらったら、その作業過程で、ミツバチやハチミツについて、いろいろなことを参加者へ伝えていく。蜜蝋はハチミツでできていて、それで蜂の巣が作られていること。ミツバチの世界には役割分担があり、それぞれが一生を懸けて働いた成果をこうして分けていただいていること…。
 
1匹のミツバチが生涯に集めるハチミツの量がティースプーン1杯分だと知ったときは心底驚いたが、蜜蝋が加工なしで自然界に存在できる唯一のロウだということもまた、同じくらい驚きの事実だった。さらにその蜜蝋に、香りによる天然のアロマの効果や空気を綺麗にする力が備わっているなんて。ミツバチの話を聞けば聞くほど、彼女たちの偉大さと神秘を感じずにはいられない(働きバチはすべて雌だそうだ)。

取材後、ゆにさんに教わったミツバチの話を思い浮かべながら、ホーローの鍋で蜜蝋キャンドルを作ってみる。誕生日ケーキに立てるような、小さな小さな黄色いキャンドル。出来上がったキャンドルは、ナルセ養蜂場で作ったものとは色も香りも異なっていた。「ハチミツの味が花の種類や季節によって変わるように、蜜蝋の色や香りも蜜源植物の影響を受けるんです」。そう、蜜蝋は大切な蜜や子どもたちを守るために、ミツバチが作り出す天然のゆりかご。あくまでも私たちは、ミツバチと共存しながらその恵みをいただいている。

この記事の掲載号

northernstyle スロウ vol.58
「キャンドルに灯す思い」

美しく豊かなキャンドルのある暮らし。炎のきらめきを見つめれば、次第に心が凪いでいくのを感じられる。

この記事を書いた人

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片山静香

雑誌『northern style スロウ』編集長。帯広生まれの釧路育ち。陶磁器が好きで、全国の窯元も訪ねています。趣味は白樺樹皮細工と木彫りの熊を彫ること。3児の母。