大きな家にたくさんの夢を詰め込んで〈橘コーヒー店〉

伊達市大滝地区の公園の中に佇む、山小屋風の建物。ここで家づくりと店づくりに励む橘一家。メンバーは父ちゃんに母ちゃん、そして2人の子どもたち。その様子は日々インスタグラムにアップされ、飾らない日常の風景が人気となって、フォロワー数は5万人を超えるほどに。そんな一家のもとを訪ねたのは、2019年冬のことでした。あれから3年後の2022年3月、“橘家の今”を尋ねてみました。一家には新たに1人と2匹が加わり、より一層賑やかになったようです。(取材時期/2019年1月)

Shop Data

橘コーヒー店
住所 伊達市大滝区三階滝185-4
営業日 水~土曜
URL https://www.tachibana-coffee.com/  
instagram @tachibana_coffee   

2019年1月、オープン前の橘コーヒー店を訪ねて

「こんにちは」。しんしんと雪が降る山奥に、インスタグラムで見たあの山小屋風の建物があった。 

「いらっしゃい」。飛び出してきたのは、長女のよもぎちゃん。りんご柄のスカートをぎゅっと引っ張って「これ母ちゃんがくれたんだ」と、うれしそうに見せてくれる。その後ろから、どんぐりのようなニット帽がお似合いの父ちゃん(たけしさん)と、3本の三つ編みがユニークな母ちゃん(かおるさん)。その背中で、おんぶひもに包まれた弟のあさとくんが笑っている。想像していた通りの、なんだか愉快な橘コーヒー店一家。

ここは伊達市大滝区。とある公園の敷地内にある、かつてはレストランや保養所だった築26年の建物。

「去年のうちに引っ越す予定だったんですけど…」とたけしさんがはにかみながら、岩見沢にある現在の家から2時間かけて、ここに通っているのだと教えてくれる。「床にはプラスチックタイルが貼ってあったんです。それを全部剥がして、きれいになるまで研磨して、その作業にたっぷり2週間かかりました」。

床の研磨は粉じんが出るので、子どもがいないときにやりたいからと、その間は1人でここに住み込んだ。やっぱり父ちゃんは大変だ。
 
1階の敷地面積170平方メートル、2階も加えると約250平方メートル。川のおうちは、とにかく広い。窓際には、天井まで届く高い足場が組んである。その高さは、10メートル近くあるだろうか。

「天井のペンキも塗りました。苫小牧にペンキ屋さんの友だちがいるので、難しい部分はお任せして」。たけしさんもかおるさんも、リフォームなんて初めての体験。勉強しながら、試行錯誤しながら、だけどとても楽しく、未来の橘コーヒー店を練っている。「ワクワクしますね、好きな環境に住むことができるなんて」とたけしさん。一家は早くも、川のおうちにぞっこんである。

自然に囲まれた、ここ大滝で

「家の裏には川が流れていて、徒歩1分のところには大滝の名前の由来になった滝がある。家の向かい側はトーテムポールの公園なんです」とたけしさんが話すのを聞きながら、よもぎちゃんは目をキラキラさせる。春になったら、きっと毎日のように公園に通うことだろう。

「春は桜、夏は緑」「紅葉もすごい。名所なんです」「隣が壮瞥町なので、フルーツもたくさん採れる」「千歳も苫小牧も、ニセコや倶知安までも1時間くらい」「支笏湖と洞爺湖はどちらも30分くらい」…。たくさん魅力を挙げた後、たけしさんは「近くの留寿都や真狩は盛り上がってますけど、大滝はそういう感じがない。逆にそれがいいな、と。落ち着いて生活できると思ったんです」と続けた。

そしてかおるさんは「一番近いスーパーまで40分もかかるし、周りには何もないけれど、私たちが求めるものがここには全部ありました」と語る。「田舎ならではの苦労はあっても、自然から得るものは子どもにとっても大事だと思います」。岩見沢出身のたけしさんと札幌出身のかおるさん、よもぎちゃんとあさとくん、4人にとって理想の生活が、自然に囲まれたこの場所にある。

母ちゃんが見つけた念願の物件で、家族揃って〝おうちづくり〟

母ちゃんの写真が、多くの人の心を掴むのはなぜだろう。子育てで大切にしていることをかおるさんに尋ねてみた。

「母親目線というよりは、子ども目線という感じでしょうか。私自身、小さい頃の記憶が鮮明なんです」。お母さんが作ってくれたお菓子の匂い、公園で遊んでいた時の楽しい気分。「当時の自分がうれしかったことや、こうしてほしかったと感じることをしてあげている感じです」と教えてくれた。家族揃っての家造りも、そんな思いの延長なのだろうか。

今日は床材の試し塗りをする日。コンクリートの床に、色をつけるのか。つやは出すのか。何種類かの塗料を試して、みんなで考える。父ちゃんに倣って、よもぎちゃんも塗ってみる。

「まずはクリアです」「よもぎももう一回!」「次はグレーです」「結構違うね」「乾燥してから、また見てみよう」。こんな風に家族で家を造るって、なんて贅沢なこと。

稀少な物件を、一体どうやって見つけたのだろう。「2、3年前からず〜っと探していたんです」と、かおるさん。こだわったのは、場所よりも環境、立地、建物そのもの。古い物件を直しながら暮らすという願望は、ずっと抱いていた。実はかおるさん、自称〝錆マニア〟。

「昔、銀色の自転車に乗っていたんですけど、わざと雨風に晒して怒られるほど(笑)」。時が経たないと見られないもの、使い込んでいる感じが好きだという。「苔マニアに近いかな。育ててる感があるというか」。

かおるさんは、古いものが好きなのだ。実家を出てからはずっと古民家生活。今住んでいる岩見沢の家も、築60年だという。

「ぐっとくる物件がなかなかなくて、北海道内どこでもいいと思って範囲を広げたら、去年の夏にネットでたまたま見つけて。縁もない場所だったけど、その後はトントンと決まったんです」。そして秋には、念願叶って、川のおうちを購入したのだった。

その決め手となった、かおるさんの分析がまた面白い。「私が好きな古いものって繊細な感じで、ちょっとたけしくんには合わないんですよ」と笑いながら、大柄なたけしさんを見上げる。「だけどここを見つけた時に、大きくて力強くて、たけしくんっぽいな、と、ここしかないとひと目惚れしたんです」。

錆マニアの感性は、川のおうち造りにも発揮されている。たとえば壁のペンキ。「上のほうを一度塗ったんですけど、ちょっと濃すぎて。もう一回やり直そうって考えています。一度塗って、濡れている間に研磨するといい感じになるんです」と、削って古材のような雰囲気にした壁をなでながら、「これまでは賃貸だったから手を加えられなかったけど、今は夢のような状態です」と、かおるさんはうれしそうだ。

アイデアが次から次へと湧いてくる。「橘コーヒー店」計画

川のおうちは、住居兼店舗。春になったら、「橘コーヒー店」としてオープンする予定(取材当時)。焙煎人は、かおるさんである。

「18歳のとき、たまたまカフェでバイトして、それからず〜っとコーヒーの世界に」。24歳で勤めた店が自家焙煎で、そこで勉強して手網焙煎を始めた。「橘コーヒー店は、13年くらい前から。ず〜っと手網焙煎でやってます」。

銀杏用の網に300グラムの豆を入れて、20分〜25分間振り続ける。「これが結構重たいんです。多い時は、1日に10回とか15回とか繰り返す」。焙煎の前には豆を選んで、煎り終わったら冷まして、また選ぶ。「多分普通の人はすぐに嫌になっちゃう作業の連続なんだけど、いくらやっても飽きない。これは天職だって思ってます(笑)」。

手網焙煎のコーヒーの魅力を尋ねると、「煙の抜けがいいと香りが出やすいので、豆の個性が引き立つ。それに手加減次第で、いくらでも変わってくるんです」とえてくれた。そこにあるのは、時間をかけることの楽しみと、自分で好きなように手をかける事の面白さ。ところがかおるさん、友だちの焙煎機を譲り受けることになった。

ラッキーコーヒーマシン社の、直火の大きいロースター。その経緯も含めて大切な出来事だったために一念発起。手網から遂に焙煎機へ。川のおうちは、橘コーヒー店の新たなスタートの象徴でもあるのだ。
「歩いて150メートルくらいのところに水が湧いていて」。「これが軟水。味が出やすいから、バランスを考えておいしいコーヒーが作れたらいいよね」。そんな2人の会話も微笑ましい。

いつもの夕ご飯があんなにおいしそうなのは、どんな秘訣があるのかと尋ねると、「そのものを食べているだけ。焼いて塩を振るという料理が一番多い。だから直売所は大好きです」と笑う。

「でも料理がストレス発散になっていて、台所に立っている時は気分がいいみたいだよ」とたけしさんが言うと「昔から料理が好きなんです。あとは食いしん坊なんだよね。ず〜っと食べ物のこと考えています。こうしたらおいしそう、とか、そういうことばっかり」と明かしてくれた。

かおるさんは、目の前の些細なことに喜びを見出す達人なのだろう。だから目の前にある川のおうちも、見ているだけでいろんなアイデアが湧いてくる。

「1階は、席数を少なめにして、寛げる感じにしたいんです。厨房が広いので、焼き菓子も作って販売しようと思っています」とかおるさん。確かに奥の厨房に案内してもらうと、ここだけでもカフェができるんじゃないかと思うくらいの広さだ。

「まだ何も手を付けていないので、これからレイアウトを考えるところ」。「入り口にはカウンターを付けて、ショーケースも置いて、テイクアウトの対応もしたいね」。2人の頭の中で、どんどん夢が広がる。奥の小上がりはキッズスペースにする予定。

楽しみながら、好きなようにおうちを造る

2階の廊下から1階を見下ろしながら、新たなリフォーム計画が次から次へ。

住居となる2階に案内してもらった。「ログビルダーの友人と話していたら盛り上がって、吹き抜けの半分を埋めて、いずれ子ども部屋にできるように2部屋増やうかなと思って」とたけしさん。

春になって雪が解けたら、外壁塗装、薪ストーブ…と計画は尽きない。

「小さな部屋がいくつもあって、ちょっと不思議なつくりなんです」。「奥にはお風呂があって、小さいんだけど、眺めがいい。川が見えるんです」。山側には、広いテラス。よもぎちゃんと一緒に出てみると、冷んやりとした澄んだ空気、しんと静まりかった山の雰囲気、自然に囲まれている心地良さを感じた。

約1時間、2人の計画を聞いていたら、完成までには、まだまだ相当な時間がかかるような気がする。

「遅くても2月には引っ越して」。「その後は、いろんな部屋で寝ながら、フローリング貼ったりしてもいいね」。そんな生活も、とても楽しいに違いない。家造りって、それだけの価値が十分にある作業だと思う。

時間をかけて、お互いのことや子どもの成長を考えて、臨機応変に対応しながら、自分たちが好きなように家を造る。それは、家族の好みや健康のことを考えて味つけをして盛りつけた、母ちゃんの料理が何よりもおいしいように、きっと一番の素敵な選択なんだと思う。

少しずつしか前に進まなくても、よもぎちゃんとあさとくんの成長していく様子が愛おしいように、日々の小さな積み重ねはかけがえのない川のおうちとなって育っていく。橘コーヒー店一家は、そんなことを気づかせてくれた。

あれから3年。コーヒー店と家族の“今”

取材から約3年後の2022年3月。久しぶりにかおるさんに連絡を取り、最近の様子を尋ねてみた。お店は、取材から約半年後の2019年8月にオープン。結局店内の工事は完成しなかったものの、「日に日にできあがっていく様子を楽しんでもらえたら」と作りかけの状態でそのままオープンさせたのだそう。この春は、看板づくりをしたり、外壁塗装をする予定。今でも建物は日々更新中で、まだまだ成長していきそうだ。

メンバー構成にも変化が。4人だった橘コーヒー店一家は、2021年2月に生まれた次女・ならちゃんと黒猫のトク、大きな黒い犬のウパが加わり、さらに賑やかに。お店の営業は、半分住み込みバイトの吉田くんやバイトのとみちゃんとも協力してわいわい楽しく切り盛りしている。

現在はテイクアウトのみの営業だが、「ゆくゆくはカフェ営業も再開していきたい」とかおるさん。カフェを営む中で耳にするおしゃべりの声や食器の音、ゆったりとした雰囲気がとても好きなのだと話す。
一方のたけしさんは、狩猟免許を取得。大滝で仕留めたシカ肉をつかったメニューや商品の開発も構想中とのこと。

どうやら、これからもわくわくすることがたくさん始まりそうな橘コーヒー店。川のおうちの成長と共に、一家の今後にも注目していきたい。

スロウ日和編集部

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橘コーヒー店

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この記事の掲載号

northernstyle スロウ vol.58
「キャンドルに灯す思い」

美しく豊かなキャンドルのある暮らし。炎の揺らめきを見つめれば、次第に心が凪いでいくのを感じられる。

この記事を書いた人

スロウ日和編集部

スロウ日和編集部

好みも、趣味もそれぞれの編集部メンバー。共通しているのは、北海道が大好きだという思いです。北海道中を走り回って見つけた、とっておきの寄り道情報をおすそ分けしていきます。