キャンドルを灯して使うことが大好きで、そこから作る人への道を歩み始めた櫻井さん。代表作の白樺キャンドルは、本州から北海道へ移住を果たしたたことで生まれました。キャンドル作家がキャンドルと出会ってから。そして、出会うまでの話。ゆらゆら揺れる炎を見つめながら、話は幼少期の頃へと遡っていきます。(取材時期/2019年2月)
Shop Data
candle shop & cafe KOKO
住所 由仁町中央46
電話番号 090-2071-0419
営業時間 12:00〜16:00
営業日 土・日曜
URL https://shop.candle-koko.com
「使うのが好き」から、「作る人」へ
櫻井芳枝さんの自宅兼工房には、穏やかな時間の流れがあった。使い込まれて艶を増した棚やテーブル、ちょっと剥がれかけの漆喰の壁、モダンな雰囲気のガラス障子に浮かぶのは、突然の来客に興味津々の犬と猫のシルエット。リビングの隣、薄いカーテンで仕切られた部屋がキャンドルや布小物を制作する工房だ。栗山町の郊外、林道を上った先にポツンと佇む古い一軒家。夫婦2人と、犬4匹、猫8匹の暮らしが、ここで営まれている。
壁に取り付けられた手づくりの陶器の燭台、棚の上、透明なガラス容器の中。探さなくともすぐ目に入る場所に、たくさんのキャンドルが置かれていた。サッとライターを手にした櫻井さんが、どこかリズミカルにカチリカチリと火を点けていく。ひとつ、またひとつ。小さな灯りが揺らめいた。
「使うのが大好きってところから、自分でキャンドルを作るようになったんですよ。もう随分、前のことになるのね」。夢みるような笑顔で、櫻井さんがゆっくりと口を開いた。白樺の枝をあしらったキャンドルをはじめ、櫻井さんの作品はこれまでに幾度か本誌で紹介してきた。過去の記事では必ずと言っていいほど「火を灯してこそ」のキャンドルの魅力に触れられている。キャンドルを灯す。櫻井さんにとって、それはあたりまえの日常の一部になっている。
もともとキャンドルを使うことが好きだった櫻井さん。自分で作るようになるきっかけをくれたのは、ベルギー人の友人だった。会う度にお気に入りのキャンドルを持参する櫻井さんに、ある時彼女が言ったのだ。「そんなに好きなら、自分で作ってみればいいじゃない」。そのひと言に背中を押される形で、キャンドルを使うことに加えて、作るという世界が、思いがけず広がっていくこととなる。それが、30年ほど前のことだ。
東京で会社勤めをしながら始めたキャンドル制作。最初は材料を手に入れるのもひと苦労だった。「今みたいに通販で買うなんてできない時代。仏壇用蝋燭のパッケージの裏を見て、製造している工場に直接連絡しました」。通常、小売りはしていない会社だったそうだが、事情を話すと快く分けてくれたという。それからは数少ない書籍を参考に、自宅キッチンで試行錯誤する毎日。「円錐状の型を、敷き詰めたもみ殻の中に差し込んで固定して、融かしたワックスを流し込んで。固まったら逆さまに…」。身振りを交えつつ楽しそうに、櫻井さんは当時のことを振り返る。
作りたいキャンドルを思い浮かべてデッサン、それから制作。思い描いたものを形にできる楽しさはもちろんあったが、「それを使えるのが最高!」というのがいかにも櫻井さんらしい。そのうちに、都内でキャンドル作家が開いていた教室へ通うようになる。「やっぱり基本を学ばないと」と、考えてのことだ。作家になる気はなかったけれど、独学だけでは満足できなくなってしまった櫻井さんがいた。
キャンドルに一筋の生活が続く
独立後、さらに数年かけて自分らしい作品を追求していった。「使うのが好き」というところを原点に始めたことだから、自然とシンプルなデザインに行き着く。「可愛らしい形だったり、可愛い顔が付いていると、融かしたくなくなっちゃうでしょう?」。最初は個人的に使って楽しんでいたキャンドル。次第に、「売ってほしい」という声が寄せられるようになっていく。
栃木県那須町に移り住んだ2000年頃から、本格的な制作活動を開始。借家の庭先に小さな工房を建て、キャンドルづくりに没頭した。初めての個展は、益子のギャラリーで開催した。「緊張で、食事も喉を通らなかった」。今となっては笑いながら話せる思い出。ギャラリーのオーナーとの縁をつないでくれたのも、前述の友人だったという。
当時、櫻井さんのキャンドルを購入する人はどちらかというと男性、それも企業の経営者やアーティストなどが多かったらしい。目まぐるしい一日の終わり、「自宅に帰ってキャンドルを灯すことでホッとする時間を過ごせていたのかも」と、櫻井さん。「みんな毎日忙しい。でも、たとえ5分でもキャンドルを灯すと、時間がゆっくりと感じられるんです」。灯りとして、癒やしとして、あるいは自分を見つめ直すきっかけをもらうために。「揺らめく炎には人と人との心の距離を近づける力もあるように思える」とは、かつて櫻井さんが教えてくれたこと。
キャンドルに求めるものは、人それぞれに異なる。その効果については科学的にも証明されているようだが、その不思議な力は使ってみた人にしかわからないだろう。
函館市で個展を開いたことをきっかけに、櫻井さんは家族と共に栗山町へ移住した。2005年3月のことだ。植物が大好きという櫻井さんにとって、庭仕事ができる場所というのも家探しの大きなポイントとなった。
代表作・白樺キャンドルが生まれて
「特に春先の芽吹きのエネルギーがすごい。植物を見ると、何かできるかもってワクワクしてきます」。代表作の白樺キャンドルは、移住後に北海道をイメージして生まれたものだ。近所の公園で伐採された枝をわけてもらい、制作する。道端で見かけた植物の、咲き終わった後の花がら、種やガクも面白いと思ったらとりあえず使ってみる。新しく作ったものには必ず火を灯して、雰囲気を確かめる。
「白樺キャンドルは一見とっても地味(笑)。でも、火を灯すと全然雰囲気が違うんです。『もったいなくて使えない』って言う人もいるけれど、どんどん使ってほしい」。キャンドルのリペア(修復)を引き受けるのも、普段から毎日使ってもらえるようにという思いから。中には、10回以上リペアを繰り返しながら櫻井さんのキャンドルを愛用している人もいるそうだ。「特別な日に限らなくていい。特別な料理も、特別なスペースもいりません。大事に仕舞い込んでしまわずに、いつでも手の届く場所に置いておいて」。
櫻井さんの価値観の根本には、両親と過ごしたかけがえのない時間がある。父は宮大工、母は紳士服のテーラーを生業とするほど洋裁を得意としていた。幼かった櫻井さんにとって、母からもらった端切れは格好の遊び道具だった。「時間がある限り、作れるものはなるべく作る」。「道具を大切に使う」。櫻井さんの周りにあるものがどれもいきいきとして見えるのは、この価値観に理由がありそうだ。
毎日使うキャンドル。古い洋服を解いて繋ぎ合わせたバッグなどの布小物。古新聞はおしゃれにアレンジされて、作品のラッピングに使われる。
誰かに「いらない」と捨てられてしまった物でさえ、櫻井さんにとってはとびきりの宝物だ。結婚式場で使われていた椅子、引っ越してきたときに庭に捨てられていた鏡、河原で拾った鉄のラック。色を塗り直したり知人に修理してもらったりと、ちょこっと手を加えるだけで再び道具としての役目を果たせるようになる。
たくさんの情報や物に囲まれて過ごしている今、強すぎる光に目が眩んで見失ってしまったものがある。キャンドルの小さな炎は、そこに光を当ててくれるのではないだろうか。眩い光に慣れた目には、最初は心もとなく感じるかもしれない。けれど時間をかければ、少しずつ輪郭がはっきりしてくるはずだ。そばにいる家族や友人の体温、自分の中にある本当の気持ち。あるいは、枝葉を伸ばして懸命に生きようとする植物の力強いエネルギー。心を込めて作られた物を、大切に使うことの尊さ。そして、ゆったりとして穏やかな時間の流れ。
それこそ、櫻井さんの自宅に足を踏み入れたとき、身体を包み込んだあの心地良さの正体。灯してこそのキャンドルの魅力なのだ。