えづらファームに泊まって体感 北海道農業の近未来

遠軽町,農業,宿泊,コテージ,農業体験

えづらファームの、江面暁人さんと陽子さん。大規模農業に携わる移住者としての話の中に織り込まれていたのは、北海道の農業、農業を取り巻く自然環境、地域文化、食文化などを活かしつつ、近未来において、地域の可能性を最大限に引き出そうと多くの試みを実践している若き「経営者」夫婦。2015年から農家民宿を初め、2017年からは畑の中の民家を1棟貸しのコテージとしてオープンさせました。農家の暮らしを体験できる旅。思い出に残ること、間違いありません。

Shop Data

えづらファーム
住所 遠軽町白滝北支湧別152-3
電話番号 0158-48-2050
URL https://www.ezurafarm.com
ジャガイモの話 ジャガイモにもたくさん品種があって、食べ比べると楽しい

※畑の写真などはすべて、提供/えづらファーム

2010年、北海道白滝に移り住む

「いまだ、新婚旅行の途中なの…」。冗談めかして笑い合う、陽子さんと暁人さん。春から秋にかけては農作業などで手一杯だろうからと、冬になるのを待って訪れたえづらファーム。薪ストーブですっかり暖められた広めの居間に通されると、ふたりは気持ちのいい笑顔を添えて、率直な物言いで質問に答えてくれた。

さっぱり、ゆったりとした服装、佇まい。若いふたりがスッキリと背筋を伸ばして膝を折り、正座姿で目の前に座っている。東京から遠軽町白滝へ。手を取り合って、未知の世界へと一歩を踏み出したあの日のことを、そんな風にいつまでも、お互いの心にしまっておけるだなんて。時折、あの日のことがこんな機会を得て、昔話のひとつとしてふたりの口から飛び出すたびに、きっといつも、今みたいに楽しそうに笑い合うのだろう。共通の思い出を、それぞれの胸に今も大切にしまってあることを確かめ合ってでもいるかのように。

一緒にフェリーに乗り込んだあの日のこと。「赤い車に乗ってね」と、陽子さんの言葉に続けて柔らかく笑う、暁人さん。そう、2009年のあの日、東京で結婚式を挙げたふたりは、必要な荷物を車に積み込んで、茨城県の大洗から苫小牧行きのフェリーに乗り込み、そのまま移住者となって、北海道暮らしをスタートさせたのだった。

すっきりと洗練された佇まい。居ずまい正しく座りながらも、心は緩やかに開かれ、充分に寛いでいることが伝わってくる。ふたりから醸し出される空気感に心地良さを感じるまでに、5分と必要なかった。夫妻の表情や話しぶり、物事に対する視点、そして何より、身に付けている洗いざらしのシャツやブラウス、エプロンなどに、それとなく主張のようなものが感じられるのは、とても気持ちのいいものだった。どんな言葉よりも深く心打たれていたのは、陽子さんも暁人さんも、それぞれに自分自身の足で立ち、考え、自分の言葉を持っているように感じられたこと。きっと、お互いそれぞれに思いを形にしようと行動しつつ、必要なときに手を差し伸べ、支え合える関係なのだろう。

北見市で1年の研修期間を経て、白滝地区で独立

遠軽町白滝。まさに30代を迎えようとしていたふたりが、(昔風に言うなら)「入植」したところ。40町歩(ヘクタール)を超す畑を耕す大規模な農業に従事してから、そろそろ8年になるのだそうだ。(意識下で予想はしていたような気がするけれど)意外だったのは、目の前のふたりから伝わってくる印象が、これまでの経験を通して抱くようになっていた「農業の世界」のイメージと大きくかけ離れていたこと。善し悪しの問題ではないが、農業という世界の持つ雰囲気に染まっている気配がふたりからは微塵も感じられない。顔つきや表情、歩き方や話し方。もちろん、身に付けている洋服にさえ、「農業印」のようなものは皆無。ふたりがここ白滝で目指しているものの中身に改めて興味が湧いてくる。

江面夫妻の最初の農業研修先は北見だったそうだ。地図を広げてみるまでもなく、遠軽からはちょうどいい距離感だ。小麦、じゃがいも、ビートなど、いわゆる畑作3品といわれる農作物を中心に栽培している農家で、規模としては大きめ。土おこし、苗の植え付け、収穫など、主だった農作業の多くを農業機械を駆使しながら進めていく。主として北海道東部地域の大規模農業の現場では、ごく普通に行われていることだが、そんな農家でふたりは1年間、研修生として農業を学んできた。

朝から晩まで。夫婦で農業に従事している人たちにとって、1日中夫婦一緒に仕事をすることは、あまりにあたりまえのことかもしれないけれど、江面夫妻にとって、そんな「職場環境」こそ、心の底から求めていたものだったようだ。

やりがいを感じるほどに、矛盾がふくらんでいた都会での日々

仕事に一生懸命打ち込めば打ち込むほど、職場にいる時間が長くなって、家族と過ごす時間が少なくなる。会社勤めをしていた20代の暁人さんと陽子さんにとって、仕事と家庭は二律背反、両立するのが難しいものとしていつも目の前にあったようだ。朝は7時前には家を出、夜中近くまでを会社で過ごす。仕事に夢中になればなるほど、好きであればあるほど、打ち込めば打ち込むほどそんな日が続くことになる。クタクタに疲れ果て、真夜中の電車に揺られて帰宅。疲れを取る間もなく、翌朝は再び、満員電車に揺られて職場へ。仕事が好きで、やりがいを感じていればいるほどはまっていく泥沼のような世界。

当時、ふたりが勤めていた企業は共に大企業だった。暁人さんは人材・教育系の企業で企画営業職として働き、入社後数年で十数名のチームマネジメント業務を任されるまでになっていた。陽子さんは食品・化粧品会社で商品企画を担当し、同じようにやりがいを感じながら働いていた。

それぞれに別の仕事に就きながら、つき合い始めていたふたりにとって、共有する思いは似通っていたようだ。このまま家族となって、子どもを授かり、家庭を持ったとして、思い描ける世界は型にはまった限定的なものでしかないのではないか。「土曜、日曜だけ家に来るおじちゃん」。暁人さんの思い描く家庭における自分の将来像といえば、当時典型的だったサラリーマンの姿に他ならなかった。たとえ、当事者でなかったとしても、そこにはいつだって一抹の寂しさが伴う。転勤族だった両親と共に、多くの地方を転々としながら育ったという暁人さんが、生きていく場所として、地方に目を向けるようになっていくのに、時間はそれほど必要なかったかもしれない。子ども時代に過ごしたことのある北海道へと心が動く。

ファームを訪れた日、娘のののかちゃんは風邪を引いて居間の隣の部屋に寝かされていた。時々、聞こえてくるののかちゃんの小さな声。話をしながら、あるいはキッチンで作業をしながら、暁人さんと陽子さんは娘の声に応えては隣の部屋に顔を出す。幼い子どもにとって、助けがほしいときに、あるいは助けを求めたときに、両親が近くにいてくれることの安心感はいかばかりだろう。夫婦も親子も、お互いの力が必要なときに、いつでも手を差し伸べられる存在として、日々過ごすことができたなら、どんなにか幸せなことだろう。もちろん、古今東西、辿れる限り歴史を遡ってみたとして、そんな風に過ごすことのできた家族はそう多くはないはずだ。でも、江面夫妻は一つの家族としてそうあることを望み、ほしいと願った環境をここ北海道で手にしたいと考え始めたのだ。

近所づきあいまで教えてくれた、先代の夫婦

「苦労話、あったほうがいいですか?」。つい、パターン化された、ありきたりな質問を口にしてしまうと、陽子さんからやんわりと突っ込みが入る。「ほら、春になると、使ってなかった体を使うようになるから、筋肉痛とか…」。「あ、そうそう。みんなそうですよ。冬の間は体を使うことがないから脂肪が付いて。春から秋にかけては農作業が続くからみんなガリガリ…」。あらぬほうへと話が展開していき、笑い話となって会話は終了。

不思議な感覚だ。そして、気分がいい。一方には、継承者がいないからと土地を手放し、農業を辞めていく人たちがごまんといるというのに。夫妻はこうして農業者となることを選び、翼でも生えているかのように、どこまでも軽やかに、新たな地平を切り開こうとしている。苦労を「苦労」という言葉で語ることの無意味さを噛みしめる。ふたりのこの在りよう。

すべてを自分たちの力だけで切り開いてきたと声高に主張するでもなく、苦労してきたと訴えるでもなく、いつも「人を介して」自然に事柄が前に進んできたのだと、事もなげに話す。農業に従事したいと願って海を越えてきたあの日も含めて、たとえば「大規模農業をやりたい」と周囲に伝え続けることで、必要とする情報がふたりの元へと届けられてきた。多くのことが「人」を介して前に進んできたのだという。研修先を見つけたのも、入植先を探せたのも、人からの情報、紹介があってのこと。条件のいい農地を手に入れるのは、特に北海道で新たに大規模農業を目指す身にとっては、至難の業だというのに。

遠軽町白滝といえば、畑作農業を営むには標高や気候的に限界ギリギリに位置するところなのだそうだ。だからと言って、農業を営むのが不可能なわけではない。「少し、収量が減るくらい」。そんな土地柄だが、ふたりは長年にわたってこの土地を耕してきた先代の夫婦からタイミング良く農場を買うことができた。先代の夫婦が住んでいた家や機械などをそのまま譲り受け、なんと先人からこの土地ならではの農業の指導はもちろん、近所づきあいに至るまで教えを請うことができたという。今は町中に引っ越して暮らしている先代の夫婦、そしてこうして江面ファミリーを受け入れてくれた近隣の人たち。彼らから受け続けてきた「恩」の数々。それらすべてに感謝しつつ、農業を通してこの土地に「恩返しができたら」と、暁人さんは話す。

見た目、醸し出す雰囲気など。すべてがいわゆる「農業」に携わっていることを感じさせないふたり。どちらかと言えば、勤め人として東京時代に身に付けたであろう多くのことをベースに、白滝地区での農業のずっと向こうにあるものを見据えて生きているような姿が見え隠れする。家族一緒に働き、家族をいつも近くに感じながら暮らせることを含め、彼らにはきっと、白滝地区での農業の持つ大きな可能性が見えているのだろう。

農業の持つ潜在的な可能性。そして、まだ全貌を現してはいない未来への希望を根底で支えているのは、周囲への「感謝」という普遍的な価値観。もうひとつ、白滝地区がくれる山並みや四季折々の風景の美しさ。大地や空、野の花、小さな虫たちがもたらしてくれるもの。あたりまえのようにいつも目の前にある豊かさへの感動に励まされながらの暮らし。夫妻の暮らす家、まわりに広がる畑や山々。短い時間ではあるけれど、そこに招き入れられることで伝わってきたもの。それらはすべて、好ましい未来の在りようを指し示し、予感させるものに他ならなかった。

ボランティアと夫妻の間に生まれ来るものたちに、静かに耳を澄ませて

春を迎えると、えづらファームにはボランティアたちが次々に訪れる。最初のうちは少なかったらしいが、年月が経つにつれ、以前に働いたことのある人たちからの紹介などによって、自然に増えていく。彼らは家の2階にある部屋に宿泊しながら、農作業に従事する。

ボランティアたちがもたらしてくれるもの。それは労働力だけにとどまらない。それぞれの持つ得意分野を活かしつつ、彼らはファームに広がりや奥行きをもたらしていく。料理が得意な女性が教えてくれたというじゃがいも料理などは、えづらファームならではのものとしてアレンジされ、2019年末に新しくオープンした道の駅で販売している。あるボランティアはピザ窯を造りたいと申し出てくれた。納屋に置かれたピザ窯は移動式。その時々、最も景色の美しいところに移動させては、農作業の傍ら、あるいはファームを訪れた旅人を交えて、みんなでピザを焼いては楽しんでいる。

春から秋にかけてのファームの活気あふれる様子。年間80名近い住み込みボランティアがいきいきと農作業に精を出す様子は、このあたりの農村風景を一変させてしまったことだろう。畑の中だけでなく、近隣地域にまで活気をもたらしている若い人たちの様子が目に浮かぶようだ。若者たちの中からは、この地域で生きたいと移住者となって戻ってくる人も出始めているという。

若い農業ボランティアたちの目に、夫妻の仕事ぶり、暮らしぶりは、どこまでも魅力的なものとして映っていることだろう。地域への感謝や感動をベースに、農業という仕事の持つ可能性を具体的に現実世界で描き出そうとしている夫妻の姿。20代だった勤め人時代に経験したことを活かしつつ、想像力を駆使して未来のありようを自らの手で描き出そうとしている姿に、若い人たちは刺激を受け、心動かされていることだろう。ここ白滝に、若い人たちの心を惹き付けてやまない気持ちのいい磁場を発生させながら、その中心にはいつだって夫妻の姿があることを感じていた。

コンビニもレストランもない。でも天の川が見える田舎でのファームステイ

夫妻が白滝で農場を始めて3年目のこと。すでに農業ボランティアを受け入れ、農業体験の受け入れをスタートさせていたが、次なる試みとして「簡易宿泊所」としての認可を取得する。農家民宿として、旅行者を受け入れようと考えたのだ。翌年には農作業を核にした企業研修を事業化。今では海外からの企業研修者を受け入れるまでになり、年間を通してのべ500名ほどの研修者や旅行者を受け入れるまでになっているのだそうだ(ボランティアを入れれば約600名)。

2015年、自宅で簡易宿泊所の許可を取って始めた農家民宿。2017年からは母屋から200メートルほど離れたところにある民家を改築して1棟貸しのコテージをオープンさせた。周囲に広がるのは、えづらファームの畑ばかり。コンビニもレストランもなく、晴れた日の夜は天の川を見られることもある。

独立して2年後には農産物をネット販売するようになり、農業ボランティアを受け入れ、今では農業を通しての企業研修の受け入れを事業化してきた。2時間近くにわたって、ここまでのふたりの歩みについての話に耳を傾けることで、はじめに抱いたふたりに対する印象の謎が解けていくのを感じていた。言葉の使い方、話し方、考え方、表情、服装、佇まい。

ふたりは確かに農業を営んではいるけれど、その中身、向き合っている地平のずっと向こうに見えているのは、農業を含んだこれまでにない事業形態のように思える。ふたりは共に起業家であり、企業家であり、何よりも経営者として生きようとしているのではないか。前例にこだわることなく、自分の頭で考え、計画を練り、蓄えてきた多くのスキルを活かしながら、新しい世界を創出していく。「枠」にはまらずに生きていける行動派自由人のような存在。

自然災害などなど。自然に任せるしかない側面を持つ農業ではあるけれど、そこに多面性を持たせることで、継続的な安定やわくわく感を創出できる。「諦め」や「前年通り」を農業の顔とすることなく、新たな道を探っていく。

ふと、暁人さんが話してくれた東京からやってきたというIT企業研修者の姿が脳裏に浮かぶ。16 名近い研修者たちはチームに分かれ、みんなでじゃがいもの選別をする。どうやったら最も効率的に正確性を持って選別作業ができるようになるか。協力。助け合い。アイデア出し。いつものパソコンに向かってのデスクワークとは違って、そこにはコミュニケーション力の発揮が求められる。農業の現場をアレンジしては、IT系サラリーマンたちに研修の場として提供してしまう暁人さんの姿。そこには、20代の頃に、チームリーダーとしてマネジメント力を身に付け、リーダーシップを発揮していた姿が垣間見られる。

感動と感謝の心がもたらす世界。自分ならではの新たな足跡を残せるように

感動の継続。野の花の可憐な美しさ。春先の木々の芽吹き。空の青さ、無限の高さ。日々育ちゆく畑の作物の生命力。夏の畑で素朴に咲き誇る野菜の花々。氷や降り積もる雪に覆われる冬の白滝地区。時間や季節によって変化する山並みの美しさ。畑仕事をしながら、あるいは一日の農作業を終えて。それら一瞬一瞬の美しさや変化に目を見張り、「感動」として心に蓄えていく。感動の蓄積があれば、心は低きへと流れ、自然に感謝の心が醸成されていく。

「ずっと、感動しっぱなし」。最初の頃に比べれば、多少は薄れてきているかもしれないけれど、北海道の自然や畑などがくれるものへの感動は、北海道暮らしが始まったあの日のまま。居間に置かれたテレビモニターに流されている暁人さんの手による映像。四季折々、農場周辺を撮影した作品から伝わってくるのは、白滝という場から暁人さんが日々受け取っているだろう感動そのものだった。美しく切り取られた自然、農場の様子、季節の移り変わり。それらはすべて、暁人さんの心に蓄積され続けている感動そのもの。移住してきたあの日以来、暁人さんが心に蓄積してきた歓び。それらはこれからも暮らしを支え、地下水のように日々心を潤し、多様な形を伴いながら、この地域での暮らしを彩ってくれることだろう。

暁人さんと陽子さんの歩いている道を優しく照らし出してくれている「感謝」という灯りの存在を感じながら思うこと。今日まで続いてきたこの世界に、ほんのわずか、一歩だけであっても、自分ならではの新たな足跡を残せるように生きたい。そんな風に、今日の仕事に取り組めたならと願う身にとって、ふたりを照らす灯りの存在は何物にも代えがたく、ありがたく、ふたりを前に、静かに己の心の置き場を確認する。

夕暮れ時、外は北海道の冬らしくすっかり冷え切っている。玄関先にふたり並んで見送ってくれる江面夫妻の姿。この土地に生きるふたりの今日の笑顔をいつまでも心に刻んでおきたいと願う。

(取材時期 2020年5月25日)

暁人さん、陽子さん

「スロウ日和をみた」で、宿泊者の方に、甘~いじゃがいも「えづらファームの丸揚げインカ」サービスします♪

この記事の掲載号

northernstyle スロウ vol.63
「カヌーで辿る、川のはなし」

「カヌーイストの聖地」と呼ばれる川がいくつもある北海道。豊かな自然、歴史や文化。さまざまな角度から北国のカヌーの魅力を伝える。

この記事を書いた人

萬年とみ子

萬年とみ子

紙媒体の「northern style スロウ」編集長。2004年創刊以来、これまでに64冊発行してきたなんて、…気が遠くなりそう。加えて、デジタル媒体を目にできる日がくるだなんて!畑仕事でもして、体力、つけなきゃ!