本州から移住を果たし、2012年に始まったファームあるむ。研究熱心な﨑原元貴さんと、お菓子作りが特異な妻の敬子さんが、二人三脚で育ててきた養鶏場です。あるむで育てているのはネラという卵肉兼用の品種。米、麦などをヨーグルト発酵液で発酵させた飼料を中心に、バランスよく餌を与え、平飼いで育てます。抗生剤や真冬の暖房がなくても、鶏たちはいたって健康です。
Shop Data
ファームあるむ
住所 士別市上士別町24線南53
電話番号 0165-24-2262
URL https://farm-armu.com
ネラの雛ってどんなかんじ? 黒々としてとっても可愛い!
日本の食糧事情を知って選んだ、養鶏農家の道
道北士別市にあるファームあるむは、﨑原元貴さんと妻の敬子さんが営む、小さな養鶏農家。あるむでは、オランダ原産のネラという卵と肉の兼用種を雛の段階から育て、産みたての卵を士別近郊に配達。全国発送も行っている。
大阪府出身の元貴さんと愛媛県出身の敬子さん。農業経験は一切なかったが、20代のときにカナダで出会ったある日本人の存在が、2人の人生を大きく変えることになった。「カナダの食料自給率は140%もあるのに、日本はわずか40%(当時)。今は輸入で補えているけれど、この先もその状態が続くとは限らない」。
さらに、せっかく輸入した食料のうち、約3分の1は廃棄されてしまうことなど、その人は日本が抱える食の問題について話してくれたのだという。それは元貴さんに、「自分のためにも、環境や人のためにも、これからの生き方は農業だ」と決意させるには十分な出来事だった。
それから元貴さんは驚くべき行動力を発揮する。敬子さんと共に北海道に移り住んだのが、2008年頃。まずは3年半酪農家の元で働きながら、自分たちのやりたい農業の形を練り上げていった。「やるなら養鶏と決めていました」と元貴さん。専門書を読み、他の養鶏農家に話を聞くなどしながら、着実に知識を蓄えていった。目指したのは、「地元に根ざした、小規模の循環型農業」だ。
養鶏ならば、エサの原料を道産で賄うことが比較的容易なこと。雛を育てるところから卵を消費者に届けるまで、一貫して自分たちの手で行えること。大規模な設備投資がいらないことや、加工せずにそのまま流通させられることも大きな魅力だった。
さらに元貴さんは、「鶏は、人との交流という点でも良いなぁと思ったんです」と続けた。酪農に携わる傍ら、2人は趣味で鶏を数羽飼育していた。すると近所の子どもやお年寄りが珍しがって集まるようになった。採れた卵をお裾分けすると、とても喜んでくれたのだという。楽しそうに思い出をなぞる様子を見ていると、「養鶏」という生き方は、生計を立てるための手段である以上に、2人にとって人や地域と繋がり合うことの歓びを与えてくれるものであるようだ。こうして2012年、念願の養鶏農家としての日々を士別でスタートさせた。
食は、いきものの命をつなぐもの
戦後、昭和20年当時から「物価の優等生」と呼ばれ、10個入り200円前後で気軽に購入できるようになった卵。しかし、「ひと昔前は高級品だったんですよ」と元貴さん。雛は茶の間で大切に育てられ、大きくなったら庭先で放し飼い。近所の農家の話によれば、卵は現在の価格で、1個当たり100円程で取り引きされていたという。品種改良や効率化が進み、消費者が気軽に卵を手にできるようになった現代。その一方で、「見えなくなってしまったものがあるのではないか」と、元貴さんは話す。
日本では、1羽ずつケージに入れて鶏を飼育するのが一般的だ。1羽当たりの面積は、約450平方センチメートル。B5サイズのコピー用紙程度しかない。身体を動かす余地がほとんどない構造は、運動によるエネルギーロスを防ぐことを目的としている。そうして生産された卵が、私たちの食を支えてくれている。その事実を、知らないままに過ごしている消費者も多いのではないだろうか。生産システムのよしあしを単純に論じることはできないけれど、「知らない」というのは余りにも切なく思えてしまう。
「食」は、生き物が命をつないでいく上での基盤となるもの。「食べて健康になれるもの、きちんと身になるものを提供したいって思うんです」。穏やかな笑みを浮かべながら話してくれた元貴さんと敬子さん。それが?原ファミリーなりの「食」との向き合い方なのだ。
昔ながらの平飼い。飼料にもこだわって
サイレージ。 大豆は割ってから煮て与える。
あるむでは、地元の農産物をエサに、昔ながらの平飼い養鶏を行っている。親戚の手を借りながら手づくりしたという自宅裏の鶏舎を覗いてみると、黒い羽毛に包まれた鶏たちが思い思いに小屋の中を歩き回っていた。止まり木の上から興味深そうにこちらを見下ろしてきたり、エサをもらえるのかと近づいてくる鶏もいて、なんとも微笑ましい。
世話をする手間は大変なものがあるけれど、元貴さんも敬子さんも、その手間をかける時間さえ楽しんでいる節がある。長男の実徳くんにしても、「生後2ヵ月くらいから、おんぶして一緒に鶏の世話をしていました」とのこと。
鶏に与える飼料の原料は、ほぼ全て道産。青草、小麦、米、カボチャ、じゃがいもなどの野菜は、自分たちの畑で育てたものや士別近郊のものを。魚粉は酸化防止剤無添加のものを羽幌町から、ホタテの貝殻は北見市から仕入れる。唯一の道外産は塩だが、それも国産だ。
あるむでは、これらの原料を発酵させてエサを作る。ビニールハウスの中に積まれていた飼料に触らせてもらうと、その熱さに驚いた。スコップで返すとぶわりと湯気が立ち上り、酸味を含んだ独特の良い香りが漂う。「発酵させた飼料に含まれる乳酸菌などが、鶏の健康を守ってくれる」ため、鶏の病気を防ぐための抗生剤などは一切与える必要がないという。マイナス20度を下回るような真冬日でも、発酵飼料が鶏の身体を内側から温め、免疫力を高めてくれるのだ。
また、あるむの卵の黄身は、市販のものと比べると赤みが少なくほんのりレモン色。エサに着色料などを一切加えず、代わりにカボチャで作った自家製サイレージや牧草を与えることで、自然な色合いの黄身になるのだそうだ。「初めて卵を買ってくれたお客様に、『黄身(の色)が薄い!』ってびっくりされたこともありますね」と、2人は笑みを交わす。
鶏たちが望んでいることは何かを考えて、環境を整えてあげるのが仕事
もちろん相手は生き物だから、大切に育てていてもうまくいかないことはある。2014年の夏、北海道の各地で記録的な猛暑が観測された年。鶏の産卵数が激減してしまったのだ。体力的にも辛い日が続き、前年の冬に生まれたばかりの長男の子育てにも、てんてこ舞い。「正直しんどかったですし、不安でした」。その危機を脱するきっかけをくれたのは、意外なことに実徳くんの存在だった。
「子どもに接するのと同じくらい、鶏のことを考えてあげられていたのかな」。ふいに訪れたピンチは、これまでの養鶏農家としての日々を振り返るチャンスになった。「突き詰めて考えれば、起きている問題の責任は鶏ではなく、自分にある」。元貴さんはさまざまな資料や文献を読み漁り、解決策を模索した。
そして辿り着いたキーワードが、植物性たんぱく質。「鶏は毎日のように卵を産んでくれているので、その分のエネルギーをしっかり補ってあげることが大切なんです」と、敬子さんが言葉を添える。
さっそく飼料に混ぜて与えていた大豆の量を大幅に増やしてみたところ、産卵数は無事に回復。さらにいくつかのうれしい変化が起きた。
ひとつ目は、鶏の気性が以前よりも大人しくなり、作業がずいぶんやりやすくなったこと。
ふたつ目は、平飼い養鶏家の多くが悩む、鶏どうしのつつき合いの減少。特に冬は、仲間に羽根を毟られて体温調節ができなくなり、死んでしまう鶏も少なくなかった。その要因のひとつにも、たんぱく質不足があったと元貴さんは分析する。大豆を多めに与えるようになったことで、仲間の羽根を毟る問題も、死んでしまう個体も劇的に減った。
そして3つ目。「卵がいっそうおいしくなった」という消費者の声が寄せられるようになったこと。2人のこぼれるような笑顔を見るまでもなく、生産者としてこんなにうれしい言葉はないだろう。
さらに、数年かけて研究と観察を重ねた結果、大豆を半分に割ることで消化吸収率が上がること、特に雛の餌には圧ペン麦(熱と蒸気を加えて栄養効率を高めた麦)を加えると、産卵できる年齢までに身体がしっかり出来上がることもわかってきた。
今では突き合いもほとんどなくなり、鶏たちはツヤツヤとして健康的だ。
卵本来の味が広がる庭先卵と、うま味凝縮のスモークチキン
「どうぞ、召し上がってください」。その言葉に導かれるまま、「今朝産んだばかり」という卵に手を伸ばす。あるむの卵は、適度に殻が固く、割ると黄身と白身がしっかり盛り上がっている。このたんぱく質(白身)には、黄身を細菌などから守る役割も。卵を割ると、横に広がることなくしっかりと留まる白身。黄身を箸でつまんで持ち上げることができるくらい、鮮度抜群だ。
ご飯の上に落として塩をひと摘み。箸で崩すと、とろりと蕩けるレモン色の黄身とぷるっとした白身。ひと口いただけば、卵本来の濃厚な味わいが、口いっぱいに広がった。「卵って、こんなに味わいのある、おいしい食べ物だったんだ!」という感動と驚きが、じんわりと胸に広がる。
「お菓子作りにも向いてるかも」とは、敬子さん。泡立ちがよく、ケーキのスポンジの香りが違うのだとか。加工所でシフォンケーキなどを作りながら、その日の卵の状態を元貴さんに報告することで、品質管理の面でもサポートしている。
鶏たちは産卵開始から約1年半で、剣淵町の後藤燻製店に持ち込んでスモークチキンに加工。防腐剤や化学調味料を添加せず、塩分も控えめにしたオリジナルレシピで、鶏肉のうま味を凝縮させる。
雛から大切に育て、卵を産んでもらうために飼育し、その後は肉としていただく。循環型の小さな暮らしから生まれる卵とチキンは、食べることの素直な歓びを感じさせてくれる。
(取材時期 2015年5月25日)
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