「勉強」の2文字がキーワード。山本さんと羊牧場の歩み〈石狩ひつじ牧場〉

石狩市の南側、手稲山を望む場所にある 「石狩ひつじ牧場」。ここで羊を育てながらチーズを造るのは、山本知史さん。30代前半で教職を辞め、 36歳でチーズの世界へ。現在は妻の美奈子さんと2人3脚で、牧場とチーズ造りのノウハウを研究しています。牧場のこれまでを振り返った中で見えてきたのは、「勉強」の2文字。「勉強は『最大の娯楽』」だと話す山本さんが見据えていることとは。 (取材時期/2020年9月)

Shop Data

石狩ひつじ牧場
住所 石狩市樽川485-1
TEL 070-6601-1116
HP http://www.cheesemarket.jp/index2.html

直営店舗 チーズマーケット(札幌市北区新琴似3条6丁目2-2)、チーズマーケット中央店(札幌市中央区南4条西4丁目14-5)
WEBショップ www.cheesemarket.jp  

自分だからこそ、できることがある。羊牧場のはじまり

「日本で、北海道で、自らの手で最高のロックフォールを造りたい」。それが山本知史さんの夢だ。

ロックフォールとは、スティルトンやゴルゴンゾーラと並び世界三大ブルーチーズの一つとも言われる、羊乳を原料としたチーズ。南フランスのロックフォール=シュル=スールゾン村にある岩山の洞窟で熟成されたものだけが「ロックフォール」を名乗ることができる。

羊を育てながらチーズを造る、「石狩ひつじ牧場」代表の山本さん。札幌市内に2店舗を構える輸入チーズ専門店「チーズマーケット」の経営者でもある。結婚を機に北海道へ移り住み、理科の教師として勤めていたが、32歳でワインを輸入販売する事業を始めた。その営業先でヨーロッパのチーズについても尋ねられたことが、山本さんの現在の仕事の始まり。ワイナリーだけでなく各国の牧場やチーズ工房を訪ね歩く中で出合ったのが、羊乳を原料とするロックフォールだった。チーズ専門業者として新たな道を選んだのが36歳のとき。それから20年以上輸入チーズを扱ってきたが、徐々に思いはチーズ製造に向かった。

石狩ひつじ牧場代表、山本知史さん。

「ヨーロッパでは羊乳のチーズやヨーグルトはすごく一般的なもの。おいしくて栄養面でも優れているんだけど、日本でそれを知っている人はほとんどいない」。羊乳は牛乳に比べて乳脂肪分やタンパク質が豊富で、味も生クリームのように濃厚なのだそう。しかし日本では、ヤギや羊の乳は「クセがある」と敬遠されがちで、乳用としてはほとんど生産されていない。「ヨーロッパの片田舎にある小さな牧場を訪ねる中で、やっぱり原料の生産から携わらないと、本当においしいものは造れないと思った」。自分がやらなくては、日本中で誰もやらないかもしれない。世界中のチーズの専門知識を持ち、羊乳の加工品の良さもよく知る自分だからこそ、できることがあるのではないか。そして2016年、石狩市に羊牧場をオープンさせるに至った。

0からスタートした牧場。今もなお挑戦し続けて

「何もないところに新しい価値を生み出したい」。例えるなら、「暑いエジプトで手袋を売るような挑戦」。山本さんによれば、耕作放棄地の多い北海道の中でも、石狩は海にも大都市にも近いため、羊の飼育と販売の適地なのだそう。「牛乳は1リットル80円くらいなのに対して、羊乳は1リットル4000円5000円。約50倍の価格が付く。単面積当たりの所得を考えたときに収益性が高いのが羊。イギリスではあたまえの考え方なんだよ」。とはいえ、羊乳のチーズを食べる習慣のない日本で事業化するのは簡単なことではない。山本さんには羊の飼育経験もチーズの製造経験もなかった。しかし、かつて感動したロックフォールに匹敵する品質のチーズを日本で造りたいという思いに加え、クラウドファンディングを通して、牧場設立を支援してくれる人の多さにも背中を押された。

ヨーロッパからの羊の生体輸入は、検疫上禁輸中。ならばと、オーストラリアとニュージーランドから輸入した。長年チーズの輸入販売をしてきた経験から、知識や人脈を活かすことで実現に漕ぎつけたのだそう。

まず輸入したのは30頭のポール・ドーセット種。搾乳や哺乳用の機械も日本では手に入らないため、すべて輸入か自作した。4年経った今、牧場の羊は220頭にまで増えている。さらに新たな試みとして、ロックフォールの原料となる羊乳を出すラコーヌ種の人工授精にも挑戦している。「品種改良をして乳量を増やし、年間を通してチーズを造りたいし、買いやすい値段に下げていきたい」。

石狩ひつじ牧場で生産される羊乳の加工品は現在6種類。フレッシュなフロマージュブランから、長期間熟成のハードタイプのチーズ、ヨーグルトやジェラートまでと幅広い。牧場を始めるきっかけとなったロックフォールに匹敵するブルーチーズは、まだ試行錯誤中とのことで発売には至っていないが、2年以内に実現させたいとのこと。

「うまいものは国境を越えて分かち合う」。それが山本さんのモットー。「おいしい」という感情は、世界共通。まだ知られていないおいしさが海外にあるのなら、知っている人が発信して広めればいい。まずは製品を通して、羊乳のおいしさを知ってもらうこと。そしてその先に見据えるのは、羊の生産やチーズ造りのノウハウを公開し、この地域に羊牧場を増やしていくこと。「何事も、クローズ(閉鎖的)にしないこと。牧場のノウハウは、5年以内にオープンにしたいと思ってる。石狩で羊を飼う人が増えて、一帯が『ひつじ街道』みたいになったら、風景としても素敵だし、面白いでしょ?」。

まだ道半ば。山本さんは今日も羊を育て、チーズを造る

教師からワインの輸入販売業へ、そしてチーズ専門店の経営を経て、自らの牧場を持ち、チーズの製造を手がけるまで。山本さんの歩みは、そのすべての過程で「勉強」の2文字がキーワードになっている。「たとえば羊を飼ってチーズを造ろうと思ったら、数学や理科の知識が必要になる。今の自分の農業に必要だから、すぐに自ら勉強したくなる。理想の計画に足りないものを、勉強で補えば、やりたい農業が実現できる」。自ら学び続けることで、新たな世界が見えてきて、内面から輝きが出てくるのだと、山本さん。「多くの人が『苦痛』だと誤解しているけれど、勉強は『最大の娯楽』だと思う。自分を高めると、それに比例して段々とすごい人に出会えるようになるから、とても楽しいよ」。

50代の後半を迎えた山本さんの「勉強」は、まだ道半ば。石狩ひつじ牧場の羊乳から造られた最高のブルーチーズを味わえる日が、楽しみでならない。

この記事の掲載号

northernstyle スロウ vol.65
「羊の傍らで」

可愛いだけではなく、いのちの尊さをも身をもって教えてくれる羊たち。幸せを感じたり、感謝したり、悩んだり。羊との、それぞれのつき合い方。

この記事を書いた人

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片山静香

雑誌『northern style スロウ』編集長。帯広生まれの釧路育ち。陶磁器が好きで、全国の窯元も訪ねています。趣味は白樺樹皮細工と木彫りの熊を彫ること。3児の母。