自家栽培した植物で生み出すリース 〈Kangaroo Factory〉

自家栽培の花や草、木々を取り入れて作品を作るカンガルーファクトリー。2015年に横浜市から岩見沢市の美流渡地区に移住し、土地を拓き、庭を造りながら作品づくりに向き合っています。アトリエは来訪も可能で、ワークショップでリースづくりなどを体験することもできます(要予約)。(取材時期/2019年5月)

Shop Data

Kangaroo Factory(カンガルーファクトリー)
住所 岩見沢市栗沢町美流渡東町55
電話番号 090-3403-8704
営業時間 10:00~17:00
営業日 金・土・日曜のみ
URL https://www.kangaroo-factory.com
WSを希望する場合、事前に連絡を入れてください。

黙々と作り続ける誠さん。雪深い美流渡では、冬にできることは限られる。「冬はのんびり冬眠しています」。

もくもくと作品づくりに向き合う、誠さんとの出会い

大和田誠さんと初めて会ったのは、2017年初夏のことだった。岩見沢市栗沢町美流渡という、豊かな里山が残る地区に暮らす花屋さんがいると知って訪れた。2015年に神奈川県横浜市から移住してきた大和田さん。当時のアトリエは知人の好意で借りることとなった山荘の半地下にあった。庭に1本の道が通っていて、その先にアトリエの入り口がひっそりと存在した。「本当にここでいいの?」と不安を抱きながらドアをノックすると、誠さんが中から静かに声をかけてくれた。作家、アーティスト、芸術の世界は、自分とはどこか遠いもの…。少しだけ負い目のようなものを感じていた2年前の出来事である。

山荘の内壁は白一色で統一され、5人も入ると狭く感じるようなスペースに作品が並んでいた。一般的な花屋に比べると、色合いなど少々大人しい印象を抱く。それもそのはず、カンガルーファクトリーは自家栽培の花や草、木々を取り入れて作品を作っているのだ。シラカバの小枝をくり抜きポットにして多肉植
物、木の実や枝を飾り付けたものが、そこかしこにちょこんと並んでいる。それらと一体化するように作業台に立つ誠さんは「作業をしながら話してもいいですか?」と言った。作品と向き合いながら、質問に答える姿。今思えばそれが誠さんのスタイルなのだが、初めは少し緊張してしまった。決して口数は多くない誠さん。探り探りの会話が続く。

原野を切り拓き、固い土の上で雑草にも負けない庭ができた

突破口が開けたのは、誠さんが自ら道をつけた庭に案内してもらってから。周囲を森に囲まれた約500坪の庭。1人では到底管理しきれない広さに思える。草をかき分けて進むような場所もあった。庭には多年草を中心に40~50種類の植物が植えられていた。

誠さんは一つひとつ丁寧に説明をしながらも、私たちのことはお構いなしでグングンと庭を進んでいく。誠さんの口数は増えて、徐々にいろいろなことがわかってきた。最初に引っ越してきたときに原っぱのような状態だったこと。自らレンガを置いて道を作り、1人で庭を開いていったこと。好きな花はクリスマスローズ、バラ、ハーブ類。

忙しかった都会での生活。「時間に追われながら花を生けていた」日々に別れを告げて、北海道へやって来た。庭で育てた花を作品に使いたいと思い、北海道という新しい環境でアトリエを開いたそうだ。元々バックパッカーとして旅をするのが趣味で、世界中の森や庭を見てきた誠さん。「針葉樹が立ち並ぶ北海道の風景は、ヨーロッパとそっくりです」と目を輝かせる。「北海道はバラが爽やかに咲いているんです」。誠さんの言葉が印象に残る、最初の出会いだった。
 
2回目は2018年初秋。秋と言いつつも、30度近い猛暑日だった。うれしいことに、前回は療養中で会えなかった妻由紀子さんとも会うことができた。誠さんとは反対に「よく話してくれる人」というのが第一印象。ポジティブでウィットに富んだ、心に響くワードを残してくれる女性である。カンガルーファクトリーはそんな2人の組み合わせによって成立する。

しっかりと話しながらも、絶えず手を動かす由紀子さん。あっという間にアレンジがひとつできた。

前回の訪問から1年が経過して、大きな変化があった。山荘から数十メートルほどの場所にある自宅にアトリエを移していたのだ。相当古いことが察せられる民家。玄関から入ってすぐの居間が2人の新しいアトリエだ。自らの手で改装し、念願叶って完成したばかりのタイミングだった。「お客さんはこのソファに座ってもらうんですよ」。居間の端っこにあるソファに腰かけると、正面では誠さんと由紀子さんが向かい合って作品を作っている。2人は「ヨーイドン」で同じ材料で作り始めても、まったく異なる作品ができるという。壁には、出番を今か今かと待ち構える花たち。庭で育てたハーブを使ったハーブティーをいただきながら、制作の様子を見つめる。

ここはとにかく居心地がいい。誠さんは変わらず、手を動かしながら話してくれる。由紀子さんもそうだ。このソファに座っていると、初めて来たような気がしない。

誠さんに再度、庭を案内してもらった。庭に出ると相変わらず誠さんはよく話す。訪れたのはベストシーズンより少し後だったが、以前に比べて庭の全貌が見えてきていた。近所の人が苗を分けてくれたりもして、さまざまな種類の花々が育っている。「丈夫なものばかり。雑草にも負けません。ここで育つ植物はどこでもやっていけますね」。アレンジメントでよく使うのはハーブ。特に「たくさん出てくる」ミントの葉はきれいだという。本州では園芸用のグランドカバーでしか見たことのないアジュガは、切り花として活躍している。美しい庭というよりは、北海道の短い夏を生き抜こうとする、生命の力強さを感じさせる庭だ。

後から気づいたことだが、カンガルーファクトリーの庭には背後にある森の存在も欠かせない。トドマツやカラマツ、カバの木といった北海道らしい木々が、すぐ後ろにあるから面白い。この時代において原野を拓いているような、美流渡の地だからこそできる庭づくりなのだ。

美流渡に住んで、広がった”世界”

3回目に訪れたのは2019年初春。美流渡ではしんしんと雪が降っていた。まだ春は訪れていない。あのソファに座って、2人と話しながら作品が出来上がっていく様子を見たい。そんな思いで、また美流渡へ引き寄せられた。半年ぶりのアトリエには、小さな作品棚が出来上がっていた。

移住して丸4年。自然と4年間を振り返る話になった。話題は毎年続いた由紀子さんのチャレンジについて。1年目は岩見沢市内のバラ園に勤務。2年目は「梯子に登ってリンゴを収穫してみたい」と、リンゴ農家でアルバイト。3年目は美流渡の小学校で音楽講師になった。途中体調を崩したこともあったが、それでも世界がどんどん広がったという。由紀子さんは今もバラ園で市民向けのワークショップを開講しているし、リンゴ農家から分けてもらった姫リンゴを使ってクリスマスリースを作るワークショップも開いた。他にも近隣のワイナリーでブドウの蔓を分けてもらったり、林業を営む人からヤドリギを手に入れたり。チャレンジを経て築いた美流渡や岩見沢での人間関係が、ストレートに作品につながっていることがわかる。

今年(2019年)は由紀子さんもアトリエで作品づくりに専念するという。2人が揃うのは、5年目を迎えて初めてのこと。「庭に力を入れたい」と意気込む誠さんは今年、一年草を植えてみるのだとか。誠さんの本気の庭がどうなるのか、夏が楽しみだ。そんな話をしている間も2人の手は動いている。車が走る音や、近隣の生活音すら聞こえない自宅でのものづくり。聞こえてくるのは2人のお気に入りのミュージック。由紀子さんが手元の作品に悩みはじめた。「いくらやってもキリはないです。手元でいいなと思っても、壁にかけてみると『違うな』と思ったり。朝起きて見てみるとまた直したくなる…」。2人はそんなとき「庭でさっぱりする」のだという。雑草にも負けない、強い植物たちの生き様を見て「さっぱりする」…。わかるような、わからないような。少し引っかかるから、また引き寄せられるのかもしれない。

最初は遠い存在だと思っていた花のアトリエ。今では近くに感じられる。またあのソファに座って、ものづくりをする2人と時間を共有したい。

この記事の掲載号

northernstyle スロウ vol.59
「生きて、活きる、花」

ドライフラワーやスワッグ、ハーブティー。花期が短い北海道で、1年中花を楽しむ達人たちの暮らしのアイデアがいっぱい。

この記事を書いた人

アバター画像

猿渡亜美

剣山がきれいに見える十勝の山奥で、牛と猫とキツネと一緒に育ちました。やると決めたらグングン進んでいくタイプ。明治以降の歴史や伝統に心を揺さぶられ続けています。