フランスの生産者から受け継いだハーブの魂を北海道に〈Lien〉

色も形も美しく、思わず足を止めて見入ってしまったのは、自然栽培のハーブ農家、Lien(リアン)が手掛けた40種のハーブでした。Lienの石田佳奈子さんは、ハーブ栽培の技術や知識を身につけるため、単身フランスへ。北海道・旭川市に帰ってきてからは、ワークショップやイベント出店などでハーブの魅力を伝え続けています。(取材時期/2019年5月)

Shop Data

Lien
URL http://www.lienaroma.com

ハーブに導かれ、単身フランスへ

本場で学ぶこと。
Lien創立者の石田佳奈子さんを突き動かすのは、探究心だ。

12年間に及ぶフランスでの修業を経て、2017年、旭川市にUターン。600坪の敷地を借りて、約20種類のハーブを栽培し始めた。それらを収穫し、精油をメインに、蒸留水やハーブティーに加工、販売している。こだわっているのは、本場仕込みの自然栽培と加工方法。この春は自宅で、ワークショップもスタートさせた。息子、燈(あかり)くんとの2人暮らし。理想的な生産者となるために、数々のハードルを、ときに軽々と、ときにはやっとの思いで飛び越えてきたパワフルウーマンである。

旭川の街中で生まれた石田さんは、ハーブや畑とはそれほど縁がない環境で育った。「大学時代、卒業後に〝したいこと〟がわからなくて、1年間オーストラリアに留学したんです」。初めてのWWOOF体験。ホストファミリーを通じて知った、有機農法や自然療法。「衝撃的でした。人生観が変わって〝したいこと〟が明確になりました」。興味をハーブへと向かわせたのは、留学先から帰国する前に立ち寄ったフランスでの出来事だった。「登山が好きだったのでアルプスに行ったんです。そのとき登山家が山を歩きながら野草を収穫していて、しかも自分で乾かして作ったハーブティーを飲んでいたんです」。その姿に憧れて、日本に戻るとすぐに、アロマテラピーの学校へ。とにかくハーブのことを深く知りたかったのである。

「精油の効能とかは勉強したんですが、実際の植物に一切触れることなく卒業を迎えてしまって、ショックでしたね」。アロマセラピストの資格は取得したものの、「ハーブがどういう風に育って、どういう風に加工されているのか? 実際に見たくて、アロマテラピーの発祥の地であるフランスに行くことにしました」。

最初の2年間は語学を勉強し、農業学校ハーブ学科にも通い、育てる過程や精油を作る工程など、実践と共に、ありとあらゆる知識を得てきた。「オーガニックハーブで有名な生産者はほぼ全部、7ヵ所は回りました」。その多くは南仏、山岳地帯にある。フランスのハーブ生産者は、栽培するだけではなく、野草も使う。「野生ラベンダーの収穫は、標高1300メートルの山に入って、みんなでキャンプをしながら1週間を過ごすんです」。南仏でハーブに囲まれた山を歩くなんて、さぞかし心地良いだろうと想像してしまうが、「めちゃくちゃ大変ですよ。1週間で4キロくらい痩せますから」と笑う。「私が師匠と仰ぐルソーさんは、40種類ものハーブを生産。加工や販売までをこなしているご夫婦。個人経営で果たしてどこまでできるのか、そんなことも勉強することができました」。こうして石田さんは、パワーアップして北海道に帰ってきたのだ。

2019年度第一回目のワークショップに参加して

「バイオダイナミック農法のカレンダーによると、葉を収穫するハーブの種を蒔くのは、今日がいいとされています」と石田さん。この日のテーマは、バジル、セージ、ローズマリーなど、葉を収穫するハーブの種を蒔くこと。旭川市の郊外にあるLienの工房(兼自宅)に集まったのは、美瑛町や東川町、遠くは長沼町からもやって来た10名の生徒たち。みんなの関心事は、北海道の真ん中で、自然栽培にこだわって育てる方法である。翌週は、花を収穫するハーブの種を蒔く。さらにその後は月1回のペースで、植え替え、収穫、加工などを学ぶ予定だ。

「フランスの生産者は、ハーブを作りたいから育てている。だから自分たちの暮らしも、植物が好む場所を選ぶ。ライフスタイルを植物に合わせていくんです」と、本場で感じたことを盛り込みながら、石田さん自身が現在に辿り着くまでの経緯を話したり、生徒全員が自己紹介をしたり、と和やかな雰囲気。続いてハーブティーを飲みながら、今日の主役となるハーブ12種類についての講義が始まった。石田さんがフランスの教科書をひもといて作ったスライドを見つつ、北海道ならではの植え方や育て方を教わっていく。「それぞれのハーブの原産地を知れば、水をたくさんあげたほうがいいのか、越冬はできるのかなどがわかってきます」。

その後、いよいよ実践編へ。まずは実際の種をじっくり観察することから。「今日用意したのは、ほとんどがフランス産のオーガニックの種。これを探すのが、なかなか大変なんです」と言いながら石田さんが紙の上に乗せたのは、ひと粒1ミリにも満たない種。袋から出す度に、その小ささに驚きの声が上がる。次に種を蒔く方法を学ぶ。

まずは石田さんがお手本を示す。土を用意し、セルトレイを使って土台を作る方法から。生徒もそれぞれ体験したら、今度は種を蒔く作業に移る。まずは竹串で土に穴をあけ、そこに小さな種をひと粒ひと粒入れていく。かなりの集中力と根気が必要だ。「これが大変で、ついつい苗を買ってしまう…」と生徒の1人がつぶやくと、「買ってきた苗を畑に植え替えると、急に元気がなくなってしまうでしょ。それは、それまで栄養を与えられて育てられていたから。自分で育つ力がなくなってしまったんです。厳しい環境のほうが、強いハーブになりますよ」と石田さん。

するとワークショップの発起人である助産婦の方が、「出産も同じです。妊娠初期、つわりで食べられない時は、本当は無理しなくてもいい。そのほうが、胎盤が丈夫になるんです」と教えてくれる。「人間と同じなのかぁ〜」と一同から感心の声。そんな会話も楽しみながら、「元気に育ちますように」との思いを込めて第1回目は終了した。こうしてみんなで蒔いた種を、今後一緒に育てて、精油やハーブティーに加工していく。

ワークショップに参加した人の半数は石田さんの知り合い。半数はSNSからの応募だった。自宅でもハーブ栽培をしている人がほとんどなので、教わりながらもお互いに情報交換をするなど、まるで同好会のようなムードにあふれていた。「種蒔きも収穫も、みんなでやると、ホントあっという間」と石田さんはうれしそう。今後もワークショップの度に、雑草を抜いたり、収穫したり、乾燥や加工の作業をしたり。かつて石田さんが、海外の農業体験でしてきたように、参加者たちはLienの手助けをすることにもなる。素敵な関係が始まったのだ。

石田さんのハーブティーをいただいた。「ラベンダー、カモミール、ホーリーバジル…いつも10種類くらいをブレンドします。これは、リラックスできるお茶ですね」。お湯を注いでから少し時間が経つと、花が開いて見た目にも楽しい。「市販されているものの多くは粉砕されているけれど、フランスやうちのハーブティーは、花や葉が丸ごとごろごろ入っている。茎を一本一本取ったり、花をひとつずつ摘んだり、手間暇はかかりますが、味はいいし、何よりハーブが蘇ってくるんです」とうれしそうに教えてくれる。これが、石田さんを夢中にさせるハーブの魅力。できるだけ多くの人に伝えたいこと。

精油を作るために実践しているのは、水蒸気蒸留法。「サンルームに置いた蒸留器を使って、ハーブに蒸気を通して冷却する。とてもシンプルな工程だけど、これによって花や葉が形を変えて液体に生まれ変わる。私がしていることは、ハーブの魂を抜き取って入れ替える、そんな作業だという気がするんです」。

日本では雑貨屋などで販売されることも多い精油についても、「実は農産物、ワインと同じなんです。だから愛情をかければかけるほど、強いものになる」と熱く語る。「ルソーさんはクラシック音楽を聴きながら、波動を高めて蒸留していたんですから!」。

昨年4月にこの地に移り住み、臨月の体で1人きりで乾燥室の内装まで手がけた。5月に出産した3週間後には、現場に復帰している。「大変でしたけど、なんとか収穫までできました。今年はさらに拡大する予定です」と、本来のパワフルさに拍車がかかっている。ワークショップで熱心に教える姿には、使命感さえ感じるほどだ。


「あらゆるものの原料が、どこから来て、どうやって作られているのか? 生産現場やその背景はどうなっているのか? みんなが、食、農業、環境に興味を持って、きちんと作られたものを意識するようになってほしいんです」。

かつて「現場を見たい」と、フランスの生産者の扉を叩いてきた石田さんのセカンドステージが、今ここで始まっている。「一年間やってみて、旭川は、意外とハーブを育てやすいこともわかって。日照時間も長く、南仏の気候にも似ているんです」。そう言って、これからの日々に思いを馳せる。「ハーブは、見た目に美しいし、触っていても楽しいし、畑の中にいるだけで癒やされる。しかもこの場所は無農薬だから空気がきれいで、鳥だって鳴いている。ここにいることは、本当に幸せ。これ以外の仕事はできません」。

そう言ってパワフルウーマンは元気よく笑った。

この記事の掲載号

northernstyle スロウ vol.59
「生きて、活きる、花」

ドライフラワーやスワッグ、ハーブティー。花期が短い北海道で、1年中花を楽しむ達人たちの暮らしのアイデアがいっぱい。

この記事を書いた人

井出千種

井出千種

移住3年目。暮らして気づいたおいしいもの。長芋、紅芯大根、とかちマッシュ、釧路のパプリカ、白糠酪恵舎のモッツァレラ、ピカンティのスープカレー。現在の目標は家庭菜園。