藤原世利子さんのパンづくり 懐深い酵母に助けられながら

清里町,パン,カンパーニュ,暮らし
メインで作るのは、砂漠で食べたパンにインスピレーションを受けた『月のカンパーニュ』

2007年、藤原さんは地元岡山でパン屋を開きます。北海道へ移住したのは、2015年。藤原さんが手がけるパンは、まん丸のカンパーニュが中心。オーガニックや自然栽培の素材を使い、長年を共にしてきた相棒の酵母たちの力を借りながらのパンづくり。酵母たちの不思議なちからも、興味深いポイントです。ネット販売のほか、週に一度、自宅店舗をオープンさせます。

Shop Data

地球のめぐみのパン工房Luna Llena(ルナ ジェナ)
住所 清里町緑町34-17
電話番号 080-3874-5185
営業時間 10:30~(なくなり次第終了)
営業日 土曜のみ営業
URL Facebook:@Luna Llena
愛猫のラッキー、不思議エピソード

・朝、子供達をバス停まで送って行く。
・お散歩の帰り道、通りがかりの知り合いの車に乗って帰ってくる。
・ご近所のおじいちゃん、おばあちゃんのおうちをぐるりと訪問して歩く。
・パスタ、そうめんが好き。
・ドライブで窓から外を眺めるのが好き。
・線香花火を眺めるのが好き。
・近所のワンチャンとラブラブ。
・夢はスクールバスに乗って学校まで一緒に行くこと。(4回乗ったけれど、見つかって降ろされた。)
・店主が寝坊しそうな時は、必ず髪の毛をむしゃむしゃして起こす。

自宅で「病院や薬にほとんど頼らず」自然出産をした藤原さん。その経験が、現在のパン作りやパンセラピー構想に通じているそうだ。長男の登太(とうた)君、長女の美来(みらい)ちゃんと一緒に。

サハラ砂漠の真ん中で食べた、パンの思い出

サハラ砂漠のど真ん中。砂の中に埋めてあったパン生地は、翌朝には平たくまん丸に焼き上がっていた。その形は、暗闇を優しく照らす満月のよう。麻袋に入れてラクダの背中にぶら下げて運び、食事の度に幸せなおいしさを噛みしめた。

物語の始まりを彷彿とさせるようなシーンの回想から、藤原世利子さんの取材はスタートした。

藤原さんは岡山県出身。海も山も好きで、体験できることはとにかくやってみる性分。「砂漠で寝転がってみたくて」、25歳のとき勤め先を辞めてモロッコへ一人旅に出た。周囲に赤い岩山が高く聳える砂漠で昼食を取っていたとき、その岩を登っているスペイン人たちに会った。いわゆるクライマーだ。「写真を撮らせてほしくて話しかけたら、一緒に登ろうと誘われて」。まさかのロッククライミング初挑戦。一日中岩を登って、夜は一緒に野宿した。電灯の一つさえない暗闇。左右から迫る真っ黒な岩陰に切り取られた空に、天の川が流れる。その光景にすっかり心奪われてしまった藤原さんは、アフリカに足を伸ばす予定を変更し、スペインに長期滞在することに。

一旦帰国するも、藤原さんの心はクライミングに魅せられていた。日本語教師の資格を取って27歳で再びスペインへ。マッサージ師の副業をこなしつつ、クライマーとしても活躍する日々。3年に及ぶ2度目の滞在中、藤原さんの感情を揺さぶったものの一つが食事だった。

滞在先は、美食の町とも称されるサンセバスティアン。スペイン風オムレツを巻いたトルティーヤ、海産物たっぷりのパエージャ、そして焼きたてのクロワッサンにバゲット。モロッコのトゥブカル山に登ったときに食べた、ベルベル人が焼く平たいパンと、羊やヤギの胃袋に搾った乳を入れて作るバター。1泊2日の現地ツアーで訪れたサハラ砂漠では、案内人のおじいさんが砂の余熱で作ってくれた、冒頭の「満月みたいにまん丸い、平たいパン」。いずれも素朴で、家族や仲間どうしの団らんの傍らにそっと寄り添うようなパンだった。これらの五感を刺激する体験が、その後、藤原さんをパン作りの道へ向かわせることとなる。

けがの経験から、身体や食についての興味を深めていく

クライミング中の事故で大けがを負い、1998年に帰国。7回にも及ぶ大手術を乗り越え、クライミングのインストラクターとして復帰する。藤原さんが本格的にパン作りを始めたのは、その頃のこと。「けがを経験したことで、身体や食のことを深く考えるようになりました。パン作りは以前から興味があって、少しやっていたので」。自然と、天然酵母に辿り着き、玄米から始めてさまざまなフルーツで酵母を起こし、パンを焼くようになっていく。

子どもを授かると、さらに食への意識が高まった。特に影響を受けたのは、2008年に図書館で偶然手にした『秘伝 自然発酵種のパンづくり(晶文社)』という本。小麦と水のみで起こすシンプルな酵母があることを知り、作ってみることにした。ついには、自宅の畑で小麦の栽培まで始めてしまう。著者の故・林弘子さんは、今なお藤原さんにとって「心の師匠」と呼ぶべき存在だという。

懐深い小麦酵母で仕込む、すなおなパン

「一番すなお」。藤原さんは、小麦酵母で仕込むパン種の特徴をこう表現する。「香りもとっても魅力的なの」とも、付け加えた。使ううちに、その性格のようなものもわかってきたそうだ。

子育てに追われる日々、パン作りの時間を捻出することはなかなか難しい。小麦酵母で作るパン種の寿命は2週間と本に記載されていたが、「ついうっかり」、冷蔵庫で2ヵ月もの時間が経ってしまったことがある。「これはもう、ダメだろうな…」。そう思いつつ、相変わらず良い香りをさせているパン種に後ろ髪を引かれる。一度は捨てようとごみ袋に入れた。しかし、どうにももったいない。「モロッコでは、納屋とかで割と適当にパンを作っていたよな。捨てるのはいつでもできるし」と思い直してごみ袋から再び取り出し、種継ぎをしてパンを焼いてみた。「するとね、とてもおいしいパンになったんですよ!」。藤原さんは満面の笑みを浮かべ、身体を乗り出すようにして語った。「2ヵ月放っておいても許してくれる。それがとってもありがたくって。子育てや畑作業で疲れていたから、なおのこと」。

また、こんなこともあった。パン作りの重要な工程の一つ、一次発酵の工程でのこと。藤原さんの場合は、「午前中に仕込んでおいて半日くらい一次発酵させ、夜、子どもが寝た後に成形する」ことが多かった。発酵スピードが緩やかなのも、天然酵母で作るパン種の特徴だ。日中は家事や育児、畑作業の時間に充てていた。とはいえ、一次発酵を始めてから2日も経ってしまったときは、さすがに諦めるしかない。容器からあふれる発酵しすぎたパン種を前に、藤原さんも一度はそう思ったことだろう。しかし、迷いつつもとりあえずパンを焼いてみることにした。「これはすごく酸っぱいパンになるだろうな~と覚悟して焼いたの。でもね、なぜかしら、やっぱりとてもおいしいのよ」。その口ぶりは、まるで親しい友人を自慢するかのようだ。

酵母の詳細な働きについてはさて置き、こうした「不思議な」現象が藤原さんの周囲で幾度も生じたことは事実。他にも、パン種を冷蔵庫に保存しておくと、一緒に入れた野菜の持ちがびっくりするくらい良くなったそうだ。取材の際に見せてもらった、見るからに新鮮な青々としたブロッコリーは、数週間前にご近所さんからいただいたもの。「すぐ黄色くなるから、早く食べてねって言われたんですけど、全然ならないんですよ~」。

こんな具合にパン種の懐深さとも言うべき個性に助けられながら、パンを作り、暮らしを営んできた藤原さん。「いつも、楽をさせてもらっています」と茶目っけたっぷりに笑う。

ちなみにドライイーストでもパンを作ってみたそうだが、「忙しすぎた」らしい。ドライイーストは特に活性の強い菌で、一次発酵に要する時間は30分から1時間とかなり短い。それは利点に思えるけれど、藤原さんにとっては時間がかかる天然酵母のほうが合っていた。

2015年、相棒の酵母と共に北海道へ移住を果たす

2007年、藤原さんは地元の岡山に戻りパン屋を開いた。その後、山の上の古民家を改装し、湧水を引いて、石窯も造った。そのうち、地域活性化を目的とした市民団体、「縁(えにし)」のメンバーと出会う。藤原さんは彼らといくつもの地域イベントに参加。地域を盛り上げる活動に積極的に携わった。「多くの人に助けられ、支えられて」生きていること。それを実感した時間でもあったようだ。

北海道へ移住したのは、「広いところに行きたかったから」。津別町の地域おこし協力隊員となって移住を果たしたのが2015年。その後、現在の住まいを借りられることになり、再び引っ越すことに。「海外でも岡山でも、そしてここ北海道でも、いつも周囲で支えてくれる仲間に助けられてきました。そのお蔭で、こうして家族みんなで生きていくことができる。心から感謝しています」。その間もちろん、相棒のパン種もずっと一緒だった。継ぎ続けて、10年以上になるという。

その家ごとの菌がいて、彼らに助けられて暮らしていることを忘れないでいたい

「その家ごとのパン種があったら素敵じゃない?」と藤原さん。酒蔵のようにその家庭ごとに異なる菌がいて、作る人の手にもそれぞれ異なる菌がいる。だから自然発酵のパン種で仕込むパンは、「その家の味」になっていく。たとえば、家庭ごとに仕込む味噌のように。

そして藤原さんは、こうも話してくれた。「目には見えないけれど、菌はあちこちに存在しています。彼らと助け合いながら、共に生きているんです。それを忘れないでいたいと思います」。

自然発酵の種でパンを作り続けることで菌の世界が活性化される。そしておいしいパンが出来上がる。そこに明確な言葉はなくとも、互いを生かすようなつながりや循環が生じている。「私たちは、その恩恵を受けている。だから、つながりを壊してしまうようなことは避けたい」。人間もまた、そのつながりの一員となることができるはずだと、藤原さんは信じているのだ。

猫のラッキー。何やら不思議なエピソードをたくさんもつ、大事な家族の一員

藤原さんの話を聞いていると、周囲の人やもの、動植物、そして菌たちがここにいてくれるということが、とてもありがたく、大切で愛おしいものに感じられてくる。切なくて温かいものがじわじわと湧き出て、胸の中をほっこり満たしてくれるようだ。目に見えない無数の命が、藤原さんと一緒になって作り上げるパン。それはまさに、“命のかたまり”とも呼べる存在だろう。

地球のめぐみのパン工房Luna Llena。「さまざまな命と共存する地球が、ずっと続いていきますように」。藤原さんの願いと共に、噛みしめるまん丸のカンパーニュ。その形は、過不足ない豊かな暮らしを象徴するかのようだ。

オンライン パンづくり教室を開催

2020年、藤原さんは少人数のオンラインパンづくり教室をスタートさせた。ルナ・ジェナのパン種を郵送し、一緒にパンを作る。「このパン種を広げたい。多くの人に、時間に縛られないパンづくりを楽しんでもらえたら」と、藤原さん。

パンの発酵を助けてくれる微生物たちの存在を身近に感じながらの暮らしから、人はきっと、多くのものを学べるはずだ。

(取材時期 2019年10月25日)

藤原さん

「スロウ日和をみた」で、パンをお買い上げの方にLuna Llena 手作りお楽しみグッズプレゼント。

この記事の掲載号

northernstyle スロウ vol.61
「パンは語る」

道産小麦もあたりまえになりつつある現在。BIO小麦や薪窯、酵母。それぞれのこだわりを追い求める、北海道のパン。

この記事を書いた人

家入明日美

家入明日美

火の国・熊本出身。野生動物の勉強がしたくて北海道へ移住し、自然のことを伝えたくてスロウ編集部に入る。馬とナキウサギ、やんちゃな飼い猫と怒髪天が心のオアシス。