牧野潤さんの器、家族のかたち〈mego〉

函館市内に工房を構える、牧野潤(めぐみ)さん。屋号はmego。牧野さんが手がける器は、ずっと手の中に持っておきたくなるような、マットで優しい風合いが特徴です。牧野さんが陶芸を始めたきっかけ、ものづくりに向ける思い。大切な、家族との絆のお話。

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mego(牧野潤)
電話番号 090-8709-8490 
URL https://mego-makino.com

「ママ、笑って」。娘の言葉に、気づかされた

函館市の陶芸家である牧野潤さんが初めて器の世界に触れたのは、小学校三年生のときだった。近所にお茶の先生が住んでいて、「お茶菓子目当てで」通っていたのだと、ちょっと照れくさそうにはにかむ。茶道には「拝見の儀」という作法がある。亭主が考え抜いて用意した茶器を、客が手に取って文字通り「見る」というもの。季節によっても使用する茶器が異なるそうで、小さな少女だった牧野さんには、作法よりも器そのもののほうが面白いものに思えたのだそうだ。

洞爺湖町の陶芸家、恵波ひでおさんの大ファンだという牧野さん。大人になってからはオーダーメイドで器を作ってもらうなどして楽しんでいた。しかし意外なことに、「陶芸をやるのは老後の楽しみに取っておこう」と考えていたという。

結婚して、娘を産んだのは25歳のときだった。それからすぐに職場に復帰。当時はドラッグストアに勤めており、丁度仕事が「ノッてきていた」時期でもあったのだそう。その後30歳を目前にして薬剤師の資格を取るために大学受験を決意し、2年間の約束で勉強に打ち込んだ。

結果から言えば、牧野さんは受験に失敗した。受験のタイミングで祖父が亡くなってしまったことが、少なからず影響していただろう。「小さい頃は祖父母に育ててもらっていたから」。最愛の祖父との別れを前に、呆然と立ち尽くすしかなかった牧野さん。「これからどうしよう」。道は失われ、前にも後ろにも進めない。心が雁字搦めに縛られて、目の前が真っ暗に閉ざされてしまったような心持ちだったことだろう。

そんな時だった。小学生に上がる年頃のひとり娘が、牧野さんに言ったのだ。
「ママ、笑って」。

一気に目の覚める思いがした。「今思えば、母親としての自覚がなかったんでしょうね。可愛い洋服を着せて、それで安心してるところもあって」。子どもはいつだって親を見ている。そのことに気づいたら、急に怖くなった。仕事に打ち込むあまり、甘えたい盛りのときに甘えさせてあげられなかった罪悪感が、ひしひしと胸に迫る。「本当に反省しました。それから、自分が今やるべきことは、何なんだろうって考えたんです」。

これからは、娘と一緒に過ごす時間をたくさん作ろう。そう思い定めた牧野さんは31歳の時にキッパリと仕事を辞めた。そして、娘がやりたいと言ったものは、何であれ一緒になって楽しんだ。ピアノ、お茶、お花。そうして得た時間の中で、牧野さんは惜しむことなく、娘と言葉を交わすことに心を注いだ。

そんな日々の中で、ふと思い出されてきたもの。ずっとずっと先の夢として、心の奥底に仕舞い込んでいた気持ち。牧野さんは娘に、こう訊ねてみたそうだ。「ママね、陶芸をやってみたいの。あなたも一緒にやってくれる?」。

こうして牧野さんは、娘と一緒に市内に住む陶芸家の元へ通うようになった。陶芸をやってみて、しみじみ思ったのは「やっぱり、これだよね!」ということ。たとえるなら、欠けていたパズルのピースがパチリと音を立てて嵌ったような感覚。あるいは、ちぐはぐだった歯車がぴったりと噛み合って、勢いよく回り出したような。牧野さんにとって、大きな転機となったことは間違いないだろう。

窯つきの家を建てたい。33歳のとき、牧野さんは夫に相談を持ちかけた。学校から帰ってくる娘を「お帰り」と迎えてあげられる環境で、大好きな陶芸を続けたい。そんな思いがあってのこと。

説得の末、「娘のためなら」と夫も渋々ながら折れてくれたそうだ。「この話をすると、夫の株が上がっちゃうんだけど」と、冗談めかして言う牧野さん。ご主人に会ったことはないが、きっと素敵な人なのだろうと想像を巡らせる。

工事はすべて、大工である友人の夫に依頼した。玄関から中へ入ると土間があり、そこに作業用のテーブルとろくろ、釉薬などの道具が並んでいる。ちょっと奥まったところには、電気窯もあった。小上がりから続く和室のローテーブルの上には納品待ちと思われる作品が置かれていて、それがまた、何とも言えない奥ゆかしい雰囲気を醸し出している。

触れて、使って、よりいっそう感じられる器の魅力

牧野さんの器は、不思議だ。手に取るたびにそう思う。釉薬をかけてなお感じられる、しっとりと吸い付くような土の質感。包み込むようにして持つと一瞬ひんやりとして、手の平の熱でじわじわと温もっていく。そうすると、まるで器が身体の一部となって溶け込んでいくかのような錯覚に陥る。

切ないような、もどかしいような、懐かしいような。曖昧な感情がふわふわと拡散して、思考の海を揺蕩っていく。けれどそれが、とても心地よくて。この器にずっと触れていたい。傍にいてほしい。そんな素直な気持ちが、自分の裡側から滲み出てくるのを感じるのだ。

この風合いは、牧野さんが長年かけて辿り着いたひとつの形だ。中高生のときから「古いものが好き」。しかも骨董品よりは、「ガラクタのほうが好き」だった。だから、いかにも新品といった佇まいのものよりも、「古さ」や「時間」が感じられるものを作りたいというところからのスタート。

師事した先生とは違う技法を使おうと最初は粉引で作っていたが、「脆さがネックで」。せっかく委託販売してもらっても、すぐに欠けてしまうのが心苦しく、より強度のあるものを追求していった。飲食店などで使ってもらう場合は、その店の雰囲気に合ったものを。ただし、あくまで自分が好きだと思える、作りたい、使いたいと思える器を作るという点は、一切ブレなかった。

札幌の業者に依頼して取り寄せているという土は、信楽の土に鉄分が混ざったもの。市販の釉薬ではオリジナリティを出せないからと、試行錯誤の末に独自のブレンドを作り出し、継ぎ足しながら使っている。「天然成分も含まれているので、その時々の環境によって出来上がりの表情も違ってくるんです」。

それはそれで「いい」のだと、牧野さんは言う。焼成にしても同じこと。ひとたび窯に入れたなら、焼き上がるまでどんな器になるのかは誰にもわからない。入れる場所がほんのちょっと違うだけで、器の表情もがらりと変わる。10年以上陶芸を続けてきた牧野さんでも、思い通りにいかないことのほうがずっと多いのだそうだ。「窯を開けるときが、一番ドキドキしますね」。

こうした、自分ではどうにもならない「自然の理に任せる部分」と、ろくろを使った成形など、全神経を集中させて行う「自分の力でできる部分」。そこに折り合いを付けながら、バランスを取っていくのが牧野さんのものづくりなのかもしれない。思ったものができなくても、それはそれとして受け入れながら、一つひとつと向き合っていく。そんな大らかな人となりが、伝わってきた。 

迷い、立ち止まった日々があったから、辿り着けた場所

「陶器の器は、美しい」。陶芸の魅力を、牧野さんはこんなシンプルな言葉で表現する。その美しさをもっとも実感できるのが、器に盛り付けた料理をいただくときだ。「器は、料理の洋服みたいなもの。器次第で料理の見え方や味わいが変わるし、逆に使い方次第で器の見え方も変わってくるんです」。

たとえインスタントのコーヒーであったとしても、お気に入りの器で飲むのと紙コップで飲むのとでは、心の持ちようも随分違ってくる。「奥さんに先立たれてしまったというおじいちゃんが、『買ってきたお惣菜をあんたが作った器で食べると、とてもおいしいんだ』と言ってくれたことがあって、とてもうれしかったんです」。心をそっと解してくれたり、安らぎをもたらしてくれたり。器には、使う人の気持ちをプラスに変えてくれる力が備わっているように思える。

客から器の使い方を教えてもらうことも、楽しみのひとつ。「以前、私が作った器を花器として使ってくださっている方がいました。こんな使い方もあるんだって、新鮮な気持ちになりました」。

誰かの手に渡り、使われることによって、器は「育って」いくものなのだと牧野さんは話す。うれしいとき、寂しいとき、ちょっと腹が立っているとき。さまざまな感情と時間を使い手と共有することで、「変化していく面白さがある」のだと。だからこそ、「器と向き合うことに対して、妥協はできません」。優しくて、穏やかで、可愛らしくもある牧野さんの言葉は、まるで初夏に吹く風のような清々しさをもって響いた。

牧野さんの器は「使ってもらってこその器」だ。さまざまな料理、いろいろなシーンに使える脇役的な存在。決して自己主張せず、「さり気なく」そこに在るもの。だから、おっかなビックリ、恐る恐る使うのではなく、何ということのない日常の中で「あたりまえに使ってほしい」と、牧野さん。多少の欠け程度なら、修理することも可能だという。

牧野さんの家庭でも娘が小さなうちから作家ものの器を使っていたそうだ。その際、ひとつだけ約束を交わした。「ママの大切なものだから、大事に使ってね」。禁止するのではなく、お互いの気持ちを尊重し合うことで得られるものの、何と大きいことだろう。それは、牧野さんが家族や器と、真摯に、真っ直ぐに向き合ってきた中で身に付いていった価値観。お互いに対する深い愛情や心からの敬意は、そんな価値観から生まれるのではないだろうか。

迷い、悩み、立ち止まった時間があった。けれど振り返ってみれば、「あの時間があったから、今がある」と思える牧野さんがいる。「立ち止まったからこそ、たくさんのことに気づくことができました。だから、いいこと尽くめですね」。

そう言って、花がほころぶようにニッコリと、牧野さんは笑った。

(取材時期 2016年2月25日)

この記事の掲載号

northernstyle スロウ vol.46
「森と薪と、ストーブと」

薪ストーブで暖を取ることは北国の自然と共に生きること。単なる暖房器具にとどまらないその魅力、それを取り巻く人々を訪ねる。

この記事を書いた人

家入明日美

家入明日美

火の国・熊本出身。野生動物の勉強がしたくて北海道へ移住し、自然のことを伝えたくてスロウ編集部に入る。馬とナキウサギ、やんちゃな飼い猫と怒髪天が心のオアシス。