田舎暮らしは思ったよりも、忙しい。うどん屋の賑やかな毎日 〈麦笑〉

ポツンと一軒のうどん屋があります。よくよく観察していると、車の出入りが多いこと。週末になると駐車場が満杯になるほどです。人気店のこのうどん屋には、地元十勝はもちろん、札幌などの遠方から来る客も多数。妥協しない、まっすぐなおいしいうどんの秘密を探りました。(取材時期 2018年)

Shop Data

さぬきうどん工房 麦笑
住所 池田町字豊田255-6
電話番号 015-572-1133
営業時間 11:00~14:00
日曜、祝日11:00~15:00(品切れ次第終了)
定休日 火・水曜

徳島県出身の三木さんが、北海道でうどん屋を始めるまでのストーリー。

池田町の開けた畑作農業地帯に、ポツンと佇む店がある。外から見ている分には人っ子ひとりいない、シーンと静まり返った田舎の風景といった印象だが、扉を開けると、予想以上に賑やか。四国出身の店長とその家族が威勢良く「いらっしゃいませー!」と迎えてくれる。それにこの店、実は名の知れた人気店。土日は開店前から駐車場がいっぱいになるほどで、周辺にサラリーマンが少ない立地にも関わらず、平日も人の出入りが絶えないのだ。

店主の三木大介さんは讃岐うどんの本場、香川県の隣の徳島県出身。と言っても、うどん屋の息子でもなく、とびきりのうどん好きだった訳でもないという。

ここへやって来る前、4人の子を持つシングルファーザーとしての人生を歩み始めたばかりだった三木さん。以前から建設資材の運搬業務を担っていた流れで、子どもたちの教育資金を蓄えようと運送会社の立ち上げを考えていた。しかし当時は景気の低迷もあり、今後どうしようかと思い悩む。そんなときにパソコンを開いたら、うどん学校の生徒募集の広告が目に飛び込んできた。「うどんの学校なんてあるんかってびっくりしてね。あのときの行動には自分が一番驚くけど、なーんか気になって…」。三木さんは広告を見るや否や、入学申し込みの電話をかけていた。当時、34歳だった。

登校初日、教室にいたのは30 人ほどの生徒たち。中にはちらほらと外国人の姿まで。運送会社の経営者講習に参加した際は3人程しかいなかったことを思い出し、業界の未来が示唆されているようで、三木さんはこの時の光景を鮮明に覚えているのだという。 学校に通い卒業し、卒業後も知り合いのうどん屋で勉強しながら、自分のうどんの味を極め続けた。初めて両親に味見をしてもらったときの反応はサッパリ。だが、ある日うどんを食べたとき、父親の顔色が変わった。子どもの頃から褒めてもらったことなんて数えるほどしかなかったが(「褒められるようなこともしてこなかったけど」と三木さんは付け加える)、自作のうどんを繰り返し食べてもらうようになってから数十回で、「これならイケるかも」と。父親に「食ってみろ」と促された母親も、その横で一緒になって太鼓判を押したのだ。

こうして三木さんはうどん作りを着実に自分のものにしていく。学生時代、勉強の「べ」の字にも興味がなかった三木さんは、「うどん学校に入学してから開業に至るまでの出来事は、自分が自分でなかったかのよう」と、まるで他人の話をするように面白そうに語ってくれる。

北海道との縁ができたのは、2009年春のひとり旅で。趣味がツーリングということもあり、北海道にほのかな憧れがあった。「まさか本当に住むとは夢にも思っていなかったけど、北海道で店をやりながら、休みの日にツーリングに出かけられたらいいなぁとは、ね」。ひとり旅の目的地は、十勝。滞在していたホテルで何げなく手にした地方新聞に、三木さんと同じバイクを愛用する人物が掲載されていた。大阪出身の移住者、福島さんは池田町に住み、とほ宿「道Do Luck楽」を営んでいるとのこと。思い立ったが吉日。三木さんはその日、真っ先に宿を訪れた。福島さんと対面し、まだぼんやりしていた自身の思いを打ち明けてみる。どこかでうどん屋を開きたいだなんて、福島さんも初めは驚いていたが、町内のイベントや空き物件の情報など、以来何かと声をかけてくれる関係に。池田町へ来る機会が増えていく中で、共に店を切り盛りすることとなる、パートナーの裕紀恵さんとの出会いもあった。

福島さんに紹介してもらった物件の中から元農家の住宅と倉庫を運良く購入でき、改装も福島さんつながりの若い大工に依頼した。その彼もまた、鳥取県出身の移住者だった。約1年間の改装工事を経て、2011年8月、遂に「さぬきうどん工房 麦笑」がオープン。オープンしてからも、近隣農家の人たちが野菜を分けてくれたり、冬には大きなトラクターで除雪をしてくれたりと、人との縁が続いていく。「とにかく人に恵まれているんです。助けられて、生かされている」と、三木さんはしみじみと振り返る。

今の暮らしを問うと、「のんびりできると思っていたのに、毎日忙しい」。毎朝生地からうどんを打って、昆布やいりこでダシを取り、透き通った黄金色のつゆを仕込む。少しでも気を抜くと、色が濁り味にえぐみが出てしまうことがあるので、火にかけた鍋の前で毎日真剣勝負が繰り広げられる。麺は茹でるとモチモチの噛み応えになる。そのうどんを待ちわびて、地元十勝はもちろん、札幌などの遠方から来る客も。オープンから7年目を迎えた2018年は特に雑誌や新聞の取材が多く、掲載をきっかけに新しい顔ぶれが増えたという。

いつも通り営業していると、ある日常連客がこんな言葉を口にした。「うどんが一週間の外食のレパートリーに入るとは思わなかった」。今でこそ全国チェーンのうどん屋が十勝管内にも進出してきたが、数年前はラーメン屋や蕎麦屋と比較にならないほどうどん屋の存在感は薄かった。「うどんは乾麺や玉うどんを自宅で食べるもの」と習慣化していた地元民の意識を、麦笑が変えたのだ。三木さんはその客の声を聞いたときの喜びを、今でも忘れられない。

忙しい日々を送りながらも、「ストレスはない」と迷いなく言いきる三木さん。自然豊かな場所に住み、店の定休日には仲間とツーリングに出かける。思い描いていた田舎暮らしを今まさに満喫しているところだ。

この記事の掲載号

北海道十勝・移住の本 りくらす vol.4

自分らしい生き方、より良い子育て環境を求めて、あるいは家族や仕事の都合で。北海道への移住を選択した人を訪ねる「りくらす」。4冊目となった今号では、十勝に移住を果たした人たちの物語を紹介します。

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スロウ日和編集部

好みも、趣味もそれぞれの編集部メンバー。共通しているのは、北海道が大好きだという思いです。北海道中を走り回って見つけた、とっておきの寄り道情報をおすそ分けしていきます。