「だめリード」が生んだ物語 〈シングルリード工房〉

十勝地方、ワインで有名な池田町で「リード」の調整をしている人がいます。本業は燃料販売店。リードの調整のもうけは多くありません。始まりは娘のため。それまで音楽とほとんど関わりのなかったひとりの父親が、リードの調整屋さんになりました。訪ねることで見えてきた、「リード」にまつわる物語をお送りします。(取材時期 2015年)

Shop Data

(有)小杉商店 シングルリード事業部 シングルリード工房 十勝池田アトリエ
住所 池田町東1条3丁目8
電話番号 015-572-2075
営業時間 9:00~18:00
定休日 日曜(予約で対応可能)

Webサイト http://reed-workshop.com/

音楽は、豊かな心を育む。それを支える担い手でありたい。

なだらかな山に囲まれたワインのまち、池田町で「シングルリード工房」という店を構える川嶋敬一郎さん。店をオープンさせたのは4年前のことだ。この工房では、サックスやクラリネットといった木管楽器に使うリードのうち、音の出にくい、いわゆる「だめリード」と呼ばれるリードを調整し、蘇らせている。このようにリードを調整する店は全国でも珍しく、道内では川嶋さんしかいない。

「リードって、いい音が出ないと新品でも捨てちゃうこともあるんだよ。調整すれば使えるようになるのに」。リード楽器を演奏する人にとって、楽器の「音源」とも言われるリードは、演奏のクオリティに直結する大切なもの。10枚入りでひと箱数千円するリードは消耗品なので、2、3ヵ月で新しいものを買う必要がある。決して安いものではないが、天然の植物から作られているので一つひとつ違いがあり、新品で買ったものでも、すべてが「いい音」を奏でることはほとんどないのだそう。「楽器を始めたばかりの子は、音が出なくて辞めてしまうことも多い。『音が出る』という喜びを味わって、音楽を楽しんでほしい」。

川嶋さんがリードの調整を始めるきっかけになったのは、娘が中学生だった頃にあったこんなエピソード。当時、所属していた吹奏楽部からリードが数枚ずつ支給されていたのだが、そのすべてが音の鳴りにくいものだったという。その時は、たまたま音の出にくいリードが多く、それに当たってしまった。

川嶋さんは、娘に新しいものを買ってあげるため楽器店へと向かった。当時、音楽の知識をほとんど持ち合わせていなかったので、娘の持っているリードを店員に見せ、同じ物を買った。「これでサックスの練習ができるぞ」。家に帰ると娘はとても喜んだ。ところが、実際に箱を開けて試してみると娘は、その大半を「だめ!」と言ってゴミ箱に捨ててしまったという。「ダメなはずがないだろう! 今買ってきた新品なんだから!」。それもそうだ。新品なのだからすべて使えてあたりまえのはずなのだ。

しかし、リードメーカーの言い分としては、「規格は合っていても、リードは植物からできているので、それぞれに吹き味が違うのはあたりまえ。『いいリード』が入っているかどうかは、箱を開けてみないとわからない」。楽器に関する知識がほとんどなかった川嶋さんはまたしても驚いた。これではまるで「くじ引き」みたいだ。この体験から数年間、どうにかもっと無駄なくリードを使うことができないだろうかと考える日々が続いたという。

リードはサックスなどのマウスピースに装着して使う。竹のような「ケーン」という素材でできていて、薄くなった先端に息が通り、震えることで音が鳴る。1本1本手作業で調整している。

年月は流れ、娘が大学生となり東京で音楽を学ぶようになった頃、知り合いから「リードを調整する新しい技術ができた」という情報を得た。川嶋さんはわらにもすがる思いで、家にあった「だめリード」たちを手に、開発者の元へ。持ち込んだ「だめリード」は、あっという間に吹きやすいリードへと変わっていく。

「これだ!」と確信した川嶋さんは、開発者の下で技術を学び、北海道に持ち帰った。地元池田町でプロパンガスなどの燃料販売店を営む傍ら、「娘と同じように困っている人がいるのではないだろうか」という思いから店を構え、実践を通してさらに知識を身に付けた。「リードは面白い」と少年のような笑顔で話す川嶋さん。

リードの反発具合を測定する「リードマイスター」という機器。中央の円盤を少しずつ回し、硬くなっている箇所を探す。一枚切りのカッターを使って、硬さの原因となっているスジに薄く切り込みを入れていく。

リードは、ケーンという葦の仲間の植物からできている。竹の質感によく似ていて、その茎を4つに割り、薄く削ることでリードになる。薄い先端部分に空気が通り振動することで音が鳴るのだ。その振動の具合が「吹き味」に直結する。ケーンの育った環境や部位によっても、その吹き味が違うという。「第2関節の南側が一番いいんだ」。こんな言葉からもリードへの思いが伝わってくる。

川嶋さんの行う調整では、「リードマイスター」という専用の機器を使う。リードの先端に微量の圧力をかけ、その反発を計測する。「専用」と聞いて大がかりな機械を想像していたが、実際は弁当箱ほどの小さなものだった。計測された反発具合の数値が、PCの画面上でグラフ化される。川嶋さんはプロの演奏者に頼み、「いい音」の出るリードを貸りてグラフ曲線を調べてみると、きれいな山なりの放物線になっていることがわかった。「だめリード」の描く曲線がその理想のグラフに近づくように、一枚切りのカッターを使い、リードの筋に薄く切り込みを入れていく。画面を見ながらの細かな作業。そうして、柔らかさを調整されたリードは、ほとんどすべて「使える」ようになる。今までは「使えない」と諦められていた「だめリード」が、使えるようになるのだ。これはリード楽器の世界にとって画期的なこと。店を構えた当初は「本当に音が鳴るようになるのか」と半信半疑だった周囲の人たちも、丁寧に説明し試してもらううち、その魅力に気づき始めたという。現在では口コミを中心に、道内のみならず全国から注文があるのだそうだ。

「昔から、水や油に浸けるなど、リードそのものを柔らかくするさまざまな習慣はあったんです。僕はその伝統的なやり方を否定したいわけではないんです。こういう調整方法もあることを知ってもらって、『いい!』と思う人に使ってもらえたら、それだけで十分うれしいんです」。川嶋さんの話し口調はとてもやわらかい。

音楽をする子どものいる親にとって、楽器やそれに付随する消耗品の経済的な負担は少なくないだろう。川嶋さんのリードの調整は一枚150円ほどと、新しいものを買うよりとても経済的だ。川嶋さん自身、音楽をする子どもを持つ親の立場がわかる。リードを捨てずに調整する技術を、音楽をする子どもたちや親に知ってもらいたいと、地域の学校や子どもたちに向けてのリード調整も積極的に行っている。依頼があれば学校など、外部への出張調整も鞄ひとつ持って出向いていく。「特別な技術は必要ないんですよ。機器の使い方と、ちょっとしたコツを掴めば、中学生ぐらいの子は自分で調整できる」。学校へ出張した時には、リードマイスターを使ったリードの調整を子どもたちに体験させている。また、機械を使った調整だけではなく簡単な道具でできる手入れ方法も教えている。「自分のリードを自分でメンテナンスすることで、モノを大切にする心を養いたい」。使えなくなったら捨てる、新しい物を買うといったことではなく、手入れしてできるだけ長く使う。楽器を通して、生きていく上で大切なことを川嶋さんは伝えようとしている。

出張時には、元々サックスのケースだというバッグに道具一式を入れて。

ある日、クラリネットを持った中学生の男の子が、リードの調整に店を訪れた。音の出ないリードで、顔をしかめながら力いっぱい吹いていた男の子。調整されたリードでもう一度吹いてみると、スムーズに息が抜けるようになり、とても大きな音が出た。あまりの吹き味の変化に男の子は驚いて後ろにひっくり返ってしまった。そして大声で笑い、とても喜んだという。

「その時の顔が忘れられないのさ。あんな顔を見たら、細かい作業の苦労なんてどうでもよくなるよ。吹いた人の喜ぶ顔を見るためにやってるんだ」。そう話す川嶋さんは本当に幸せそうな顔をしていた。

この記事の掲載号

northernstyle スロウ vol.45
「ブドウ畑から届く北国のワイン」

ワイン自体のおいしさもさることながら、ワイン造りに秘められた物語こそが、北海道のワインの面白みなのではないでしょうか。ブドウ畑の風景の美しさや、それを育てる農業者の情熱に思いを馳せてください。

この記事を書いた人

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スロウ日和編集部

好みも、趣味もそれぞれの編集部メンバー。共通しているのは、北海道が大好きだという思いです。北海道中を走り回って見つけた、とっておきの寄り道情報をおすそ分けしていきます。