札幌市豊滝地区で、やんちゃ盛りの2人の子どもたちと相棒のタカ、はり介と共に暮らしながら、鷹匠、ワイルドソウルフード研究家として活動する大友玲子さん。シカやアライグマ、山菜など、自然のものをたちまちご馳走に変えてしまう腕の持ち主です。「自然に生かされている」という実感を積み重ねながら、どこまでものびのびと晴れやかに生きる玲子さんは、まさに“ヘルシー”という言葉がぴったりな人。そんな彼女の生き方について話を聞かせてもらいました。(取材時期 2022年5月)
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Instagram:@hinna.reiko
母、鷹匠、ワイルドソウルフード研究家。たくさんの肩書きを手に。
大友玲子さんについて、その肩書きをひと言で言い表すことは難しい。まずはじめに言えるのは、9歳の琳太郎(りんたろう)くんと4歳の琥二朗(こじろう)くんのママだということ。やんちゃ盛りの子どもたちは、放っておけばすぐに取っ組み合いの喧嘩を始める。その姿はまるで小さな怪獣。元気いっぱいで、子どもらしい豊かな感性を持っていて。ふたりは玲子さんにとって「食べちゃいたいくらい」愛おしい存在だ。
そして、鷹狩りを行う鷹匠(たかじょう)でもある。札幌市南区、豊滝の家で一緒に暮らすハリスホークのはり介とは、東京に住んでいた頃からの大切な相棒だ。
もうひとつ。「ワイルドソウルフード研究家」としての活動も欠かせない。「身体は食べたものでできているから」と、なるべく自然のものを取り入れ、それらをいかにおいしく食べるかを追求している。いただいたシカやアライグマを丁寧に捌き、山菜を採ってはたちまちごちそうに変えてしまうのだ。
いつもにこにこして、愛であふれていて、その愛を惜しみなく目の前の人に渡してくれる。この世の悪いことなんか「何のことやら」といったような、おおらかさ。一緒にいると元気になれる、そんなパワーの持ち主。喋りだせば、自分のことよりも周囲の人がいかに面白くて良い人たちなのかについての話が止まらないし、「これ作ってみたのだけど…」と出してくれる料理はどれも素材の活きた味がして、食べれば身体の底からじんわりと力が湧いてきた。
ヘルシーな人。玲子さんにはその言葉がぴったりだと思った。
タカが教えてくれた、自然に生かされているという実感。
パワフルにいろいろな活動を行っている玲子さん。それらは一見まとまりのないようにも見えるけど、根本には、鷹匠として歩んできたこれまでの経験がある。
鷹匠とは、タカを飛ばし、野山でキジやカモ、ウサギなどを狩る人のこと。玲子さんが鷹匠を名乗ることを許されたのは、訓練を始めて7年後のことだった。「狩りをするということは、何かの命をもらわなくてはいけない。私ははじめ、それが中々できなかったんです」。そのために少し時間がかかってしまったらしい。
訓練を始めたばかりの頃は、自分の腕から飛び立ったタカがまた戻ってくればいい。そう思っていた。「でも、そうではなかったんですよね」。鷹匠の使う用語の中に「人鷹一体(じんよういったい)」という言葉がある。鷹匠なら誰もが目指す、タカと自分の呼吸が合わさった時に感じる境地。まるで自分の腕とタカの動きが溶け込んでひとつになったかのような感覚。「そうして初めて『匠』と言える」。その域へ達するには、タカが心から狩りに満足して、こちらに信頼を寄せてくれていないといけない。タカを満足させるには、何よりも狩りの成功体験を積ませることが重要だ。
ところが、狩りでタカが行うのは獲物を捕らえて押さえつけるまで。つまり、獲物を最後に締めるのはタカではなく鷹匠である自分の役目ということになる。ついさっきまで野山で自由に駆けていたであろう命を、自らの手で終わらせる。その行為が嫌で、どうしてもできなかった。
もどかしくて、悩んで。乗り越えるまでに2年間もの歳月を費やした。乗り越えるきっかけとなったのは、狩りを成功させたタカの心からの喜びを感じた時だった。その瞬間、「この子たちが命を全うするためには必要な行為なんだ」。玲子さんはそう悟ったのだった。
こうして自分なりの折り合いをつけて、命と向き合うことができて初めて気づいたこと。それは、いただいた命のおいしさだった。「とんでもなくおいしかったんです。『何?』と思って」。これまでに食べたことのない味の濃さ。「今まで食べていたのは肉ではないんじゃないかというくらい。これはまた食べたいなと思ってしまったんですね」。自然の中で逞しく生きてきた命。それをいただくということ。自らが自然に生かされているという実感。タカと一緒に獲った命を通して、そんな瞬間を積み重ねてきた。
あれから10年以上の月日が流れ、ご縁が重なり地元の農家や猟師からアライグマやシカを譲ってもらうようになった今。変わらず考えるのは、いただくからにはいかにおいしく食べるか、ということ。「それが、私なりの供養の仕方」。おいしく食べるところまでが狩り。鷹匠の師匠に言われたという言葉を「この言葉に納得できたからこそ、続けてこられたのかな」と大切に持ちながら、日々命と向き合う玲子さんがいる。
お昼も近くなった頃、玲子さんが話を続けながら台所に立って料理を温め始めた。「酸っぱいのは好き?」「辛いのはどう?」。そう尋ねながら、スパイスをたくさん使った特製料理をお皿に盛り付けていく。この日のメインは、初めて作ったというアライグマのパキスタンカレー。
「今日のアライグマは立派な子でした」。野生の肉だから歯ごたえがあると思っていたけれど、じっくり煮込まれたそれはホロホロと軟らかかった。「『何か』の味がするでしょう?」。確かに、鶏や豚、そして鹿とも違う、濃くて逞しい味がする。「アライグマ、じゃなくて、この子の味なんです」。添えられたアスパラのアチャール(インドの漬物)も、オオイタドリの炒め物も、シャキシャキとした食感と酸味が程よくカレーと合って、ひと口、またひと口とあっという間に平らげる。「おいしいです」と伝えると、玲子さんは「それは良かった」とうれしそうな笑顔を見せた。
子どもたちから始まった、思わぬ繋がりと広がり。
取材中、無邪気な笑顔を見せてくれた琳太郎くんと琥二朗くん。2人はどこまでも自由奔放で、今この時を全身で味わっているように見えた。
この子たちの母親になって、玲子さんには気づいたことがある。今は元気いっぱいだけれど、一時期は謎の湿疹に悩まされていたという子どもたち。病院に通い、やむを得ず強い薬を飲ませたり、洗剤を石鹸に変えてみたり。あらゆる方法を試してみたけれど完治せず、少しずつ勉強してようやく辿り着いたのが、「食生活を変える」というシンプルな方法だった。「炭水化物を少なくしてタンパク質と脂質中心の食事に変えたら、本当に良くなったんです」。身体は食べたものでできている。母になり守るべき命を持ったとき、心の底から食べ物の大切さを感じたのだった。
それは奇しくも玲子さんがこれまで行ってきた、鷹匠として狩りを行い、自然から命をいただいてきたことと繋がった。良質なタンパク質など身体に必要な栄養素の詰まった、ジビエをはじめとする自然の恵み。食べればおいしく、それが身体にも良いなんて。「結局は人間も自然の一部。自然に逆らわずに、できるだけ自然のものを摂るようにすれば健康でいられるんだなって気づきました」。
子どもたちをきっかけに健康を意識した「食」に目を向けたとき、元々行ってきた自然の命をいただくという行為が、ぐんと外へ向かって広がりをみせた。
ここ数年の間、玲子さんはワイルドソウルフード研究家として親子向けの料理教室を開いている。たとえば、エゾシカの脚1本を捌きおいしい食べ方を参加者と一緒に考えたり、春先に山菜の収穫ツアーを率いたり。教室を通して、自然から命をいただくという行為がどういうことなのかを伝えている。「身体に良くておいしいものって幸せになれるし、感謝する気持ちを持てたら、無駄にもしないと思うんです」。ありがとうの気持ちが芽生えたら、気持ちを込めていただこうと思うはず。動物であれ植物であれ、いただく命に感謝して丁寧に処理をする。そうやって自分自身が感じている幸せを多くの人に感じてもらえたら。
果たして、反応は想像以上だった。「シカってあんなに早く走れるのに、こんなに重たいんだね」。「この葉っぱはみんなのもの。虫さんのために全部は採らずに残しておこう」。物事を素直に受け止め、子どもらしい柔らかな頭で考える。そのスポンジのようなとてつもない吸収力には、いつも大人のほうが驚かされる。「きっと何かを持ち帰ってくれているんだと思います」と手応えは十分だ。
それに、子どもから改めて教わることもある。「本能のままに生きる彼らを見ていたら、感情を味わい尽くすことを大人はもう一度やり直しても良いんじゃないかなって。そう思うようになったんです。たとえば大人はそう簡単にわがままになれないけど、『嫌だったな』っていう感情を押し込めなくてもいいんじゃないかな」。
楽しい。うれしい。悲しい。寂しい。子どもと一緒に感情豊かに、今この時を全身で感じて、楽しまなくちゃ。玲子さんの話を聞きながら、自分の中で凝り固まっていた「こうあるべき」という固定観念がゆるゆるとほぐれていくようだった。玲子さんに感じた朗らかさは、こういうところから来ているのかもしれない。
はり介にひと目会いたくて、お願いして会わせてもらう。見慣れない我々の姿に、身体を細くして警戒していたけれど、玲子さんの腕に乗ったら少し落ち着いたようだった。
「タカと子どもたちが人生で大切なことを教えてくれました」。彼らが教えてくれた、自然の命をいただいて、生かされているという実感。
「それに、子育てをしていて、自分の命は繋がってきた命なんだなって気づいたんです」。先代から繋がって両親から生まれ、自然の命をいただくことで生かされてきた命。きっとこれから先も繋がっていくであろうこの命。その繋がりの一部に自分も確かになっているのだということ。「そう感じるとね、自分の存在も認められたようで、このままでいいんだなって思えるんです」。
日々目まぐるしいこの世の中。常に未来を見て、より良い状態を目指すのに必死だった心の中に、スッと爽やかな風が吹き込んだ気がした。
今この瞬間も、私たちは生かされている。それならば。ひと時も無駄にせず、「今」を全身で感じて、精一杯楽しんでいこう。そうすれば、目の前で笑う玲子さんのように「ヘルシー」に生きることが出来るかもしれない。そんな風に思うから。
最近は友人の飲食店や菓子製造のお手伝いをしながら、札幌近郊のマルシェで、グルテンフリーの焼き菓子などを販売しています。詳しい活動の様子はInstagramで発信中!