雑貨店SOMOKUYA 春恵さんの好きなもの

元飲食店を改装して、2018年にリニューアルオープン。

弟子屈町の雑貨店、SOMOKUYA。店主の土田春恵さんは、20代で埼玉県からこの場所へやってきました。きっかけとなったのは、心ゆさぶる美しい景色や人との出会い。以来、羊毛や蜜蝋などを使ったものづくりに夢中になっていきます。春恵さんのお話は、自分の気持ちに素直であることの尊さに気づかせてくれるものでした。

Shop Data

SOMOKUYA(そもくや)
住所 弟子屈町屈斜路198-4
電話番号 015-484-3765
営業時間 13:00~16:00
定休日 不定休、冬期休業
URL http://www.somokuya.com/
店名の由来 春恵さんの好きなものから。空(そ)、藻琴山(も)、屈斜路湖(く)、わが家(や)より。
店主の出身地 埼玉県

SOMOKUYAのほど近くにある、屈斜路湖。

美しい景色に、素敵な出会いの予感を重ねる

2018年12月、その日は特に冷え込みが厳しかった。帯広を出て、足寄町から国道241号線へ。霧氷の群れが朝日を浴びて淡い金色に染まっていた。思わず路肩に車を停め歩道に出る。夢中で写真を撮るフォトグラファー。早朝、車通りはほとんどなく、私たちを除いて人影も見当たらない。

吐いた息が凍り、襟元に霜のように貼りついていく。肺がピリッと痛い。それでも、もう少しだけこの場所に身を置いていたかった。北海道の冬は厳しい。けれどそこにある美しさに触れる度、「ああ、ここが好きだな」と再認識する。

かじかんだ手足を擦り合わせながら車に戻り、再び目的地を目指す。今日はきっと、素敵な出会いがある。そんな根拠のない確信に満たされながら訪れたのは弟子屈町。到着した頃にはすっかり日が昇り、真っ白な雪と真っ青な空が目に痛いくらい眩しかった。

SOMOKUYAの土田春恵さんが、弟子屈町に住むことになったワケ

「今日はお天気が良くて、よかったですね」と、朗らかに迎えてくれたのは土田春恵さん。春恵さんが屈斜路湖の近くで営む雑貨店SOMOKUYAを取材したことは、これまでに幾度かあった。けれど、春恵さん自身の話をじっくり聞かせてもらう機会はなかった。自らも作家としてものづくりに携わっており、冬の間は特に創作活動に力を入れると聞いて、改めて訪ねてみたいと思ったのだ。

土田春恵さん。やわらかい雰囲気と笑顔が素敵な人。店舗近くの自宅にて。

初めて弟子屈を訪れたとき、春恵さんは19歳だった。サイクリング好きの姉に誘われ、実家のある埼玉県から北海道へ。ゲストハウスで、オーナーや他の宿泊客たちと交流するうち、「この場所の自然の深さに、すっかりハマってしまった」と言う。「宿のオーナーが誘ってくれて、山にヤマブドウを採りに行ったんです。しかもそれでジャムを作るなんて、もう感激!一緒に採ってきた蔓ではリースを作ったりして」。

春恵さんにとって忘れられない景色との思いがけない再会もあった。隣町の清里町にある、神の子池だ。その碧く透き通った水面を目にした瞬間、「ここだ!」とわかった。「小学生の頃にテレビで見た水中の映像そのままでした。神の子池の名前も、それがどこにあるかもわからなかったのですが、こんなにきれいな場所があるんだってずっと心に残っていたんです」。以来、年に3、4回の頻度で道東エリアを訪れるようになる。

そして21歳の夏。カヌーツアーの臨時スタッフとなり、「そのまま居ついちゃいました(笑)。ひと夏を過ごすうちに、どんどん魅力があふれてくる。冬の景色も見たいな、春も素敵だろうな…と思っているうちに、そのまま…」。ちなみにそのツアーを企画したのが、現在の夫。

羊毛の奥深さに夢中になっていく

次に夢中になったのは、羊毛だった。これも姉に誘われてアイルランド旅を経験していた春恵さん。「アイルランドと北海道の風景って似てる。それがどこかでリンクしていった感じです。弟子屈にも自宅で羊を飼っている人がいて、見ているうちに羊が大好きになっちゃって。羊毛を使えるし、食べられるし。気づけば毎日羊のことを考えてましたね」。羊毛を糸に紡ぐ方法を学んでからは、「ますます深みにハマっていきました」。

春恵さんは小型の糸紡ぎ(スピンドル)を使う。手の動きに合わせて、くるくる、くるくる。紡がれた羊毛が、少しずつスピンドルに巻きついていく。「フサフサの柔らかい羊毛が、まったく違う質感になっていくのが面白くて」。糸の太さは調整できるが、もっぱら「自分が楽な気持ちでできる」太さに紡ぐそう。「そうやって紡いだ糸のほうが、私にとって愛着のある糸になるから」。

手紡ぎの糸で編むのは、頭頂部がアクセントのどんぐり帽子。ころんと丸いもの、長さがたっぷりとしているものなど、バリエーションはさまざま。仕上がりのイメージは最初から固めない。というより、「できない」そう。「作り進めながら、あ、なるほどこんなカンジになるのか?って。出来上がってからわかるというか」。1日に作れるのは2?3個。「一つ作ったら、もう一つ、あと一つって作りたくなっちゃう。とにかく作りたくて仕方がないんです」。それから、「手に取ってくれる人に、より多くの選択肢を提供したい」とも。店頭販売の他、イベント販売などを行っており、毎年のように購入するファンもいるのだとうれしそうに話してくれた。

「どんぐり帽子」は、ぴょこんとこんがった、どんぐりのような帽子。実は春恵さんの編み物歴は小学生の頃から始まっている。「当時は自分の手で糸を作れるなんて知らなかった。知っちゃったら…やらずにはいられなくなって」。イベントを開くたびに購入する人もいるそう。

薪ストーブで作るのは、蜜蝋のキャンドル

さて、北海道の冬といえば薪ストーブ。春恵さんは冬の間、自宅の薪ストーブの上に置いた鍋で蜜ろうを融かし、キャンドル制作も行っている。「家の中を暖めるだけじゃ、薪ストーブがもったいなくて」始めたこと。今では土田家の、冬の風物詩となった。

春恵さんが昔から好きだった、「いろいろなもの」。キャンドルもその一つ。蜜ろうという素材があると知り、入手方法を探すと、中標津町に養蜂家がいることがわかった。春恵さんは直接電話を入れ、蜜ろうを分けてもらったそうだ。「とても親切に蜜ろうのことを教えてくれて」。生産者の話を直に聞けたことは、「すごく大きかった」と振り返る。

手作業で不純物を取り除くことは難しく、完成したキャンドルは「ゴミ混じり」。しかし、火を灯すとふわっと広がるほんのり甘い香りは格別だった。「蜜ろうって素敵!」。蜜ろうキャンドルが、いっそう好きになったことは言うまでもない。

キャンドルの型を持っていなかった当時、代わりに使っていたのはなんと卵の殻。中身を食べた殻をシンクの上に並べて乾かし、融かしたろうを流し込んで固め、殻を剥がす。「時々、卵の薄皮が付いちゃったりして」。ふふふ、と思い出し笑い。「話してたら、また作りたくなってきちゃいました」。アイデアひとつで無限に広がっていく春恵さんのものづくりワールドは、とても自由だ。

その養蜂家が閉業した現在は、精製済みの蜜ろうを仕入れている。蜜ろうの塊を片手鍋に入れて薪ストーブの上にスタンバイ。少しずつ融けて、濃い黄色だった塊が乳白色の液体へ変わっていく。比例するように、香りが立ってきた。

長めにカットしたキャンドルの芯の真ん中を持って、両端を融けたろうに浸す。何度か持ち上げたり浸したりしているうちに、芯の両端にろうが固まってきた。ディッピングと呼ばれる手法だ。その他には専用の型に流し入れて成形する。

春恵さんの「大好き!」が詰まった雑貨店、SOMOKUYA

「そういえば」と春恵さん。「幼稚園の頃からお店をやりたかったんですよ」。その可愛らしい夢は、およそ10年前に店舗を構えたことで叶えられた。続けてきたものづくりを、誰かに届けたいという気持ちが高まってきた頃、「夫が『やればいいじゃん』って軽く言うものだから、私も『やっちゃおうか』って」。

自宅の敷地内に建てたこぢんまりとした小屋は、春恵さんの「大好き!」を集めた場所。大好きな風景、大好きな我が家、大好きなものづくり、大好きな雑貨。自分で作ったものに限らず、気に入ったものがあれば作り手を探し出して交渉し、全国各地から商品を仕入れた。そんな情熱が自分にあろうとは、春恵さん自身にとっても意外な発見だったらしい。「自分から話すのは苦手なんですけど、そういうこと(好きなこと、雑貨の仕入れに関すること)になると、社交的になれちゃう。新しい自分が見えてくる」。

2018年春には、道道沿いの建物に移転。「人生の中でも大きな動きでしたね」と、春恵さん。元はカフェだった建物で、管理者から手放したいという相談を受けたことがきっかけだった。「店を大きくするつもりはなかったから」、興味を持つ人がいないか方々を当たった。しかし、なかなか買い手は見つからない。かといって、「誰でもいいから買ってくれ」とは思えなかった。その場所が町の人たちに親しまれるカフェだった頃を知っていたから、なおのこと。

思いがけず手にした新しい店舗。カウンターや奥の空間にはこれまで通り、春恵さんの大好きなものたちが並ぶ。入口側に設置されたテーブルと椅子は、夫の祐也さんが運営するカヌーツアーの受付スペースだ。

飲食店としての機能も残してあり、いずれは「ここでお菓子の販売とかをできるようにしたい」と話す。もちろん、お菓子作りも春恵さんの好きなことだ。

自分が好きなものに正直でいることを、諦めない

店舗を移転する。その決断を後押ししてくれたものの一つは、小さい頃から繰り返し聞いていた母の言葉だった。「何でもやらせてくれる人なんですよ。『やってみないと、わからないでしょ』って。だから私も小さい頃から、何でもやってみればいいんだ! の精神で育ったんです」。リスクを考えることは必要なこと。ただし、不安を並べてさらなる不安に陥り、身動きが取れなくなってしまっては本末転倒だ。それを忘れてはならない。

「思いひとつ、だと思うんです。そこで踏み出せるかどうか」。ここに至るまでの日々を振り返って、そう締めくくった春恵さん。この場で語られたことが一人の人間の人生である限り、それは平坦なばかりの道ではなかっただろう。あくまで想像だが、迷ったり悩んだり、時には涙を流すこともあったかもしれない。ただ一つ言えるのは、春恵さんは「自分が好きなものに正直であること」を諦めなかったということではないだろうか。

何かを心から好きだと思う感情の動きは、誰に制限できるものでも、されるものでもない。ある意味最も素直で純粋なもののひとつ。そして、人が人らしく生きていくために欠かせないエッセンスでもあると思うのだ。春恵さんの軽やかな言葉の数々には、さまざまなヒントが散りばめられていた。

この記事の掲載号

northernstyle スロウ vol.62
「森に教わる未来の暮らし」

北海道の木で家を造れるか?森とのつながりと循環という観点から、北海道各地にいる「住環境」の作り手たちに会いに行く。

この記事を書いた人

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スロウ日和編集部

好みも、趣味もそれぞれの編集部メンバー。共通しているのは、北海道が大好きだという思いです。北海道中を走り回って見つけた、とっておきの寄り道情報をおすそ分けしていきます。