日々の暮らしを、デザインするということ〈チームヤムヤム〉

人生を楽しめる人とそうでない人。その差はどこにあるのでしょう。チームヤムヤムの山本学さん、えり奈さん夫妻は、日々の暮らしを楽しむ天才です。それは、2人が過ごしている毎日が、決して当たり前ではないことを知っているから。世界を旅しながら、自らが見て、聞いて、味わってすべてを表現して仕事にする。そこには人生を楽しむヒントが隠されていました。(取材時期/2013年6月)

Shop Data

チームヤムヤム
URL http://www.tyy.co.jp

にこやかな表情、穏やかな空気感

まだ夏の日差しの名残が感じられる、よく晴れた秋の日。チームヤムヤムの自宅兼仕事場がある、中札内村を訪ねた。チームヤムヤムは2人組。デザイン全般は山本学さん、イラストは妻のえり奈さんが担当し、編集は2人で行うひとつのチーム、それが、チームヤムヤムの全貌だ。とは言え、この山本夫妻、名刺にはきちんと書いてあるのだが、デザイナーやエディターといった横文字の職業名や「仕事」という言葉に、どうにもしっくり馴染まない。時間に追われているような慌ただしさや、ピリッとした緊張感のようなものが、2人からは少しも感じられないからだ。2人の子どもの良き父、良き母といった緩やかな雰囲気を、どんなときにも感じさせてくれる。にこやかな表情、穏やかな空気感。いつも春の日差しのように温かな印象だ。聞けば、それは2人の人生観、仕事観によるものが大きいようだ。

旅と食べ物。これは2人共通の人生のコンパスのようなもの。生きることと仕事はそのテーマの上に成り立っている。2011年の9月から住み始めた中札内村にしても、道外出身の2人がこの地に住み着いた理由は、旅の途中で「出会ってしまった」から、というシンプルなもの。

「北海道内をキャンプしながら回ってたんです。小樽からニセコ、旭川などを経て、帯広、中札内へ。一週間ほどの滞在の間に、空き家を見つけて住むことに決めました」というのだから、驚くより他ない。急展開である。普通であれば、まず考えなければいけないのは仕事をどうするかということだろう。しかし、それまでもフリーランスで働いていた2人にとっては、パソコンとインターネット環境、そしてお互いがいれば、それだけで仕事が成り立つ。仕事相手がどこにいようとも、メールなどを使えば何のストレスもなく仕事ができてしまうのだ。住まいの選択がすぐにできてしまうほどの身軽さで。 あえて言うならば、それまで日本や海外を旅してきた2人にとって、家を構えるほどの魅力がこの中札内にはあったということ。「風景を見て感動したんですよね。毎日旅してるみたいな感覚で過ごせそうだなって」と学さん。えり奈さんも「どこかに住むことになる時は、水がキレイなところがいいねって話してたんです。ここの周りの人と話すのも楽しくって」と。そんな2人の後押しをするかのように、たまたま家族4人が暮らすのにちょうどいい空き家があったことも手伝って、移住はトントン拍子に進むことになった。

アイデアはいつも雑談から生まれる

後に「チームヤムヤム」として仕事を始めることになる2人の出会いは、今から20年以上前のこと。群馬県出身の学さんと福島県出身のえり奈さんは、同じ新潟県の大学に通っていた。その後学さんは大学院へ、えり奈さんは出版社に勤め旅行雑誌の取材編集の仕事に就く。旅をしながら得意のイラストで旅の様子を絵日記風に書くのが、当時のえり奈さんの日課だった。東北を中心に、語学研修で訪れたイギリスをはじめとするヨーロッパ、ニュージーランドなど、旅をすることで出会った食べ物や人とのエピソードを記録したい。そんな思いから、2005年にWEBマガジン「YumYum」が誕生する。この時に学さんと一緒にチームを組んでの仕事スタイルのベースが出来上がることとなる。ちなみにこの時初めて名づけられたYumYumとは、「おいちい、おいちい」という子ども向けの話し言葉。旅、食べ物、子どものこと…。普段自分たちが感じることや周りで起こった出来事を文とイラストを使いデザインして発信する。アイデアはいつも2人の何気ない会話の中から次々と生み出されていった。

「WEBサイトだけでなく手渡せる紙物も」と、2009年からスタートしたのが「旅新聞」。A4サイズの紙にその時々の旅の思い出を自らが感じたままに表現して載せる。配布方法は、会った人に手渡しをするのが原則だ。自分で見聞きしたこと、人に出会って話を聞くこと。その部分に関しては、徹底的にアナログ。そのことを2人は何より大切にしている。

「今の時代は、ネットで検索すれば大抵の情報は出てきますよね。でも、事前にいろいろ調べて予想して行っちゃうと、イメージができちゃうから。なるべく固定観念は持ちたくないなって思ってます。だから、旅に出るときも、事前にあまり決めてないんですよ(笑)。その土地に行って出会った人に、地元のおすすめを聞くようにしています」。そこで名前が挙げられる店の多くは、ガイドブックなどのメディアで取り上げられるような華々しい店ではない。どちらかと言えば、町の商店街の片隅にひっそりとある、地元の人だからこそ知っているような店。それでいて、とびきりおいしい料理や、ユニークな人々に出会える場所であったりする。それこそが旅の醍醐味なのだ、と2人は口を揃えて言う。仕事では文明の利器を大いに活用しつつも、日々の暮らしの中では人間らしいコミュニケーションを大切に。アナログな情報をハイテクで発信する。それらを無理なくつなぎ合わせていくことは、これからの情報社会において見習うべき新しい仕事スタイルのように思えた。

暮らしの中に旅がある

2人にとっては、暮らしの中に旅があり、旅の中に暮らしがあるのである。中札内の柏の林の中を歩くこと。家庭菜園で畑づくりを楽しむこと。野に咲く草花で家の中を彩ること。身近な素材を使って料理を作ること。山本家の中には、そんなアイデアのかたまりが至るところにある。ただ目の前にあるものを見るだけでなく、視点を変えてみるということ。それだけで、普段当たり前にあると思っている自然や人の営みも、違った輝きを帯びてくることだろう。「まだまだ十勝には謎めいた場所がたくさんあります。旅が続いている感じ。人とのつながりもできてきていますね」と学さん。思いついたことがすぐ実現できそう、というのは、えり奈さんとの共通の意見だ。

どこかに出かけるだけが旅ではないし、高級な料理ばかりがおいしいものだとは限らない。私たちは段々とそのことに気づき始めている。物事に飽きてしまってはいけない。感性の源は何気ない毎日の中にこそあり、創意工夫することで新しい価値は生まれ続ける。チームヤムヤムのこの村での暮らしは、さらに彩り豊かになっていくことだろう。

娘の野乃ちゃんが3歳の時に、文字を覚えるために作った「あいうえおつまみ表」。それぞれの頭文字のところには、酒の肴の名前とイラストが並ぶユニークなもの。

購入できます!

この記事の掲載号

northern style スロウ十勝 vol.2

北海道、十勝にエリアを絞った「スロウ十勝」シリーズの第2弾。この場所で暮らす私たちだからこそ出会えるものがあります。日常のさりげないすき間に隠れている豊かさに光を当てて。

この記事を書いた人

アバター画像

スロウ日和編集部

好みも、趣味もそれぞれの編集部メンバー。共通しているのは、北海道が大好きだという思いです。北海道中を走り回って見つけた、とっておきの寄り道情報をおすそ分けしていきます。