温泉ソムリエが愛してやまない、十勝の温泉3選

十勝生まれ、十勝育ちの温泉好き、編集部スタッフ「カマさん」がオススメする十勝の温泉。自由が丘温泉、アサヒ湯、丸美ヶ丘温泉の3つを、個人的な思い出と共にご紹介します。愛ある語り口に、思わず今晩は温泉に行きたくなってくるかも? 効能うんぬんはとりあえず置いといて、身も心も癒やされる、憩いの場所へ。

十勝の魅力は温泉と言っても過言ではない?

温泉の「味」を覚えたのは、おそらく一人暮らしを始めてからのような気がする。家族の間では、昔から山登りなどのアウトドア→温泉という流れが定番だったから、十勝育ちの私にとって温泉は家の風呂に入るのとたいして変わらないものだった。でも、家族や友人、恋人などと温泉に行くと、男湯と女湯に分かれるところで、必ず「何時まで?」のような会話をしなければならず、時間を考えながら湯に浸かるというのは、少し落ち着かない。誰にも何にも(例えば携帯電話も温泉には持ち込めないので)邪魔されずにひとりの時間を満喫できるのが温泉であり、のんびりと湯に浸かるのは、私にとって何ものにも代え難い贅沢な時間なのだ。

道内あちこちの温泉に浸かってきたが、生まれたところというひいき目を抜きにしても、十勝の温泉はすばらしい。大学時代に一時期北海道を離れ東京に住んでいた時も、温泉に入りたくて入りたくて仕方がなかった。しかし、東京で「温泉に入る」となると、もはやそれは旅行レベル。箱根とか伊豆とか、そんな大それた話になってしまうのだ。夜の9時、10時になってからでも「お風呂に行こう」と、まるでコンビニにでも行くかのような気軽さで温泉へ出かけて行くのは、十勝人の特徴といってもいいと思う。それはつまり、気軽に行ける範囲に温泉がいくつもあるという大前提があってのことだけれど、お気に入りの湯があれば、少々遠くても日々せっせと通ってしまうほどの魅力があるのだ。

そんな数ある温泉の中でも、特に私が好きな温泉がある。好みは人それぞれだし、肌質にもよるのかもしれない。私は少々肌が弱いから、アルカリ度の高い十勝特有のモール泉は、しっとりと包まれるような感覚がして好きなのだ。だから温泉成分表に必ず明記してある、アルカリ度を示すpH(ペーハー)値には、いつも注目する。ざっくりというと、pH値が低いほど酸性、高いほどアルカリ性。道内では川湯温泉などの硫黄泉がpH1クラスの強い酸性となる。少しピリリとした感触で塩味が強く、傷の治癒などに効果があるそうだ。もちろんそちらが好きという人もいるだろう。私は触り心地がぬるりと感じるくらいのpH8以上が好みだ。10以上となれば、飛び上がって喜んでしまうだろう。そしてpH8以上クラスの温泉が、十勝にはたくさんあるのだ。

自由が丘温泉で、心も身体も自由に

まずは、我が家の日常湯「自由ヶ丘温泉」から。自由ヶ丘という地域にあるから自由ヶ丘温泉なのだけれど、回数券に堂々と書かれた「freedom hill」という日本語そのままの英訳と、なぜかビーバーが湯に浸かっているロゴイラストがまずはインパクト抜群。なぜビーバーなのか? 長年の疑問を社長の鳥谷繁樹さんに聞いてみたところ、「わからないんだよな~」と拍子抜けの答え。設立当時のデザイナーが作ってくれたとのことで、「でもひょっとしたら先代(父親)に似てたからかな~」。よく見ると、先代に似ているという鳥谷さんも、どことなくネズミ系のお顔立ち。う~ん、やはりその説が濃厚か。

約30年前に自由ヶ丘温泉がオープンする以前は、先代が小さなホテルを経営していたらしい。今では住宅街となっている自由ヶ丘だが、当時はヤチボウズがそこら中にあり、エゾサンショウウオやホタルがいるような湿地だったそうだ。「今も10度前後の冷たい湧き水が湧いていてね。それは外の池に注いでいます。水風呂の水を持って帰る人が多くて制限してるほどなんです」。そう、自由ヶ丘温泉は湯だけにあらず。水も希少な資源なのだ。地下水は14度前後。温かくも冷たくもない程度。夏の暑い最中には、飛び込んで潜りたいほどだが、それでいて肌ざわりや飲み口はまろやか。だから、常連客はみな大きな焼酎のペットボトルを持って来て水を汲んでいく。

温泉に入るまでの通路に不定期で飾られている絵や木工品、陶芸などのプチギャラリーを見るのも楽しい。思わずおっ!と驚くような秀作もある。知り合いや人づてに紹介されるなどして、鳥谷さんの感性に引っかかった作品たちが客をもてなす。決して特別ではない、ここで暮らしている人たちの作品だからこそ、この空間によく馴染んでいる。地元民のための温泉。それが何より心地良い。「少しでもお客さんがうちのことを身近に感じてくれればね」と、鳥谷さん。「風呂に入るのが俺の仕事」と言ってくれる客もいるらしい。温泉も良ければ客も良い。そんなフレンドリーさが最大の魅力だ。

肝心の温泉の話だが、自由ヶ丘温泉の主浴槽は、立って入っても浸かれるくらい、やや深め。そしてバイブラと電気風呂。少し熱めの湯と、ぬるくて浅いうたせ湯の計5ヵ所。それに水風呂とサウナがある。私は電気風呂は得意ではないのだけれど、ここのは、押す・揉む・叩くの三拍子で刺激してくれるらしく、ファンが多い。私は熱いところにザブンと浸かって、充分身体が温まってから、ぬるい湯に浸かる。ちなみに妹も同じ入り方をするから、小さな半円形の丸いうたせ湯は、私たち姉妹がしばし独占することになる。

ここは実家から近いため、家族で夜に来るということが多い。深夜1時まで営業していることもあって、昔は深夜に仕事を終えた後に、「まだ自由ヶ丘なら入れる!」と通っていたこともある。家族で来ると、たいてい風呂上がりには、父が血圧測定器で血圧を測り、妹がメガネ洗浄器でメガネを洗っていたり、母はプチギャラリーの作品をのんびり見ていたりと、思い思いの時間を過ごしている。私はたいてい畳の上でゴロゴロしている。

こんな風に、自由ヶ丘温泉は我が家の日常の温泉のひとつなのだ。もちろん回数券だって常備してある。父親は「露天風呂があればもっといい」なんて言うけれど、私はガラス張りの室内から外の庭園を見ているだけでいい。先代がつくったという庭は、すっかり大木が生い茂り、その中にある赤い架け橋が良いアクセントになっている。丘の上の癒しの温泉。湯上りに爽やかな気持ちになれるのは、湯はもちろん、そこを営み、そこに集う人たちが生み出す心地の良い空気に、心が浄化されるからなのかもしれない。

Shop Data

自由が丘温泉
住所 帯広市自由が丘4-4-19
電話番号 0155-35-1126
営業時間 10:30~1:00
定休日 なし

入浴料金 大人450円、小学生140円、1歳~小学生未満70円、0歳児無料
耳より情報 1人4L まで、地下水の持ち帰り無料

「おやすみなさい」が聞こえる、泉質最高の銭湯

実家から離れて一人暮らしを始めて、2軒目に住む家を探していた時、決め手になったのは「アサヒ湯」に近い、ということだった。もちろん、中心街からタクシーでワンメーター以内とか、南向きとか、いろいろと条件はあったのだけれど、心惹かれたのは、歩いて数分、距離にして何百メートルのところに、アサヒ湯があったことだった。「アサヒ湯に近いので、ここにします!」。物件はすぐに決まった。正直、アサヒ湯へはいつ初めて入ったのか覚えていない。現在のようにリニューアルされたのは、今から約8年前のこと。それまでは、もっと古めかしく、おじいさんひとりで番台業務から風呂掃除まで手がけているような、本当に小さな温泉だった(ちなみにリニューアルしても、お風呂の大きさはほとんど変わっていない)。おそらく高齢のためだと思うが、跡継ぎもおらず旧アサヒ湯は惜しまれながらも閉店。そのまま売りに出されていたそうだ。それを買い取ったのが、現代表、町田由美子さんの父、好生(よしたか)さん。「こんなにいい温泉がなくなってしまうのはもったいない。これまで地域の人たちの憩いの場だった温泉を残そう」と、地域貢献的な側面もあって、アサヒ湯は壊されることなく町田家の手に渡った。

「一刻も早く再開したいと、約5ヵ月で改装工事を終えました。水風呂のタイルは昔のまま。主浴槽は入り口の足を掛ける部分のみ少し広げた程度です」と、町田さん。温泉が滞らないようにと、改装中でも、たまに湯を出すなどして、なるべく元の雰囲気を残して新装開店。アサヒ湯好き、温泉好きたちからは、多くの喜びの声をもらったそうだ。

父親の方針は、温泉にテレビを置かないこと、禁煙にすること。「銭湯は情報交換の場であり、しつけや教育の場である」という名言も残している。浴槽や休憩所で席を隣にすれば知らない人でも挨拶したり、話をしたり…。この場所だからこその交流を大切にしていた。アサヒ湯は、本当に小さな湯だから、洗い場は6ヵ所しかない。浴槽もひとつ。使う桶や洗面器も必要最小限の8個のみ。ここで人と交わらずに湯に浸かるのは、不可能といってもいい。

湯はモール温泉の代表格。温泉は水道からではなく浴槽内の穴から注ぎ入れることで、空気に触れずに濃厚で新鮮な温泉がいつでも味わえるのだ。まず注目したいのが、浴槽からぶくぶくと湧いている泡。ジェットバスではなく天然の炭酸で、これが湯に浸かっていると、身体にまとわりついてくる。肉眼で確認できるくらいの細かい気泡。それがプチンとはじける瞬間に起こるミクロな振動が、肌の汚れを落としてくれるというのだ。唯一無二の湯。それがリニューアル後にもきちんと引き継がれ守られていることに感動すら覚える。

ひとつしかない浴槽の湯が、アサヒ湯の一番のウリなのだが、次の魅力はアサヒ湯LOVEの常連たち。挨拶、掃除、情報共有、そして思いやり。ある時アサヒ湯で髪を洗っていたら、急に背中をゴシゴシこすられて驚いた経験がある。「洗ってな、背中こすってあげるから~」。一見強引なようにも思えるけれど、それも常連たちの思いやり。誰かが誰かの背中をこするという、遠く忘れ去られてしまったような、銭湯の風景がここにはまだ残っている。幼い子を連れたお母さんがいれば、「子ども見ててあげるから洗いなさい」と声をかけたり、桶を片づけたり浴室を掃除したり…。洗い場が少ないこともあって、人があふれる時にはテキパキと洗って次の人にゆずるなど、チームワークは抜群だ。客がスタッフの一員であるかのように、いい働きっぷりを見せてくれる。だから、挨拶はいつも「おはようございます」、「お先です、おやすみなさい」などなど。例え知らない人であったとしても、ここに集えばみな運命共同体。町田さん曰く、「そういうのがOKな人が来る」。本当に、アサヒ湯ひと筋! ここにしか来ません、という雰囲気の人たちが多い気がする。

「お風呂が一番のごちそうだって言ってくださった方がいてね。お風呂上がりに、『ごちそうさまでした』って声をかけてくれたの。温泉って本当に自然からのいただき物だから、その恵みをいただくのって本当に贅沢ですよね。ありがたいです」。町田さんの父が残してくれたアサヒ湯。源泉名は「ピリカイコロ湯」という。アイヌ語で、美しいものが集まるところ。この場所が変わらずあることに、ただただ感謝したい。

Shop Data

アサヒ湯
住所 帯広市東3条南14丁目19
電話番号 0155-24-1933
営業時間 13:00~23:00(日曜のみ6:00~10:00も開店)
定休日 なし

入浴料金 大人450円、子供140円、幼児70円

時間がある時しか行かない、自分へのご褒美

さて、最後に紹介するのは、帯広の隣町、音更町にある「丸美ヶ丘温泉」。何から書き始めようか迷ってしまうくらい、ここのお湯にもオーナーの後藤家にもお世話になっている。ただ、温泉に浸かるのは「ゆっくり(2時間以上)時間が取れる時」と決めている。なぜなら、ここの2つの浴槽は成分と温度が異なっていて、温度48度のアルカリ性単純温泉と、37度の単純温泉がある。つまり、熱いかぬるいか。その2択しかない。ぬるいほうの浴槽がとろっとろで大好きなのだけど、さっと入るだけではダメである。ここで1時間でも2時間でも浸かっているのが、丸美ヶ丘を楽しむ秘訣。温度が低いから、それだけ長い時間入っていても、のぼせたりしない。浴槽の淵に腕をかけて頭を乗せて、身体は湯に任せて昼寝。横にある窓から、時折風が吹き込むのも心地よい。とにかくよく眠れる。寝ているのは私ばかりではないから、間違いないと思う。

風呂場前面がすべてガラス張りで、夏は鬱蒼と茂る森が広がり、冬はすっかり葉のなくなった木の隙間から眼下に音更町のまち並みが見える。夜は真っ暗になってしまうから、ここは休日の昼間に行くことが多い。大抵の人が、熱めの浴槽の約5分の1程度の大きさのぬるい浴槽のほうで話をしながらのんびり浸かっているけど、そんなことはお構いなしだ。ひたすら寝る、寝る、寝る。起きたら手はふやふやになり、時間があっという間に進んでいることがあるのだけど、あのぬるま湯寝はやめられない。浴室には、珍しいトロンサウナというサウナもあり、こちらは下に敷くバスタオルとサウナマットがなければ利用できない。その説明は、番台でいつでもしてくれるけれど、入りたいなら事前の準備を怠らずに。

いつでもあのぬるま湯で寝たい私だけれど、入浴ではなく仕事で訪ねる機会も多いのだ。そうすると、入り口を入ってすぐ左にあるカウンターに座ることになる。ここだけ喫茶店のような雰囲気。もちろんその空気を存分に出しているのは、丸美ヶ丘温泉の主、後藤公恵さん。ここに嫁いでから、約50年以上。夫の國雄さんが亡くなってからも、ずっとこの場所を守り続けている。娘や息子夫婦も交代で番台に立つから、カウンターにもいつも数人の客がいて、賑わっている。後藤さんの不思議なオーラからか、ここではみんな色んなことを相談したり、愚痴ってみたり…。時には人生相談のようになっている人もいる。温泉に入りに来たのか、コーヒーを飲んで主と話をしに来たのかわからなくなりそうだ。カウンターにはいつでも花が飾られていて、後藤家の面々が代わる代わるここにいる。こんな造りの温泉も珍しいのではないだろうか。決して新しい建物ではないけれど、いつも数人の女性たちによって心がこもった掃除がされていて、ゆっくりとくつろげる。温泉の隅々にまで、後藤さんの気概が満ちているのを感じる。「嫁いだばかりの頃は大変でね。でもずっと頑張ってこれたのは家族やお客さんのおかげ。ありがとうっていう感謝の気持ちなのよ」。幾度後藤さんの言葉に心温まり、励まされたかわからない。大好きだったという國雄さんとのエピソードもいろいろと聞かせてくれた。きっとあのカウンターに座る人たちは、人生の節目節目で、後藤さんの言葉を何らかの糧にしているのではないか。そんな後藤さんの言葉と文字が、温泉のいたるところに散りばめられている。
 
他のどこでもないこの場所。温泉が他の業種と一番違うのは、「動く」ことができないというところだ。湯の恵みを守り、与えてくれる人がいるからこそ、私たちはそれを味わうことができる。その土地のことを知るのは食べ物も然り。温泉もまた然りだ。この場所で生きていくと決めた人たちの心は強い。私はその心に、恵みに触れたくて、いつも温泉に向かう。小さな温泉バッグを手に、嬉々とした顔をして。

Shop Data

丸美ヶ丘温泉
住所 音更町宝来本通6丁目2
電話番号 0155-31-6161
営業時間 14:00~23:30
定休日 なし

入浴料金 大浴場大人450円、小学生100円、乳幼児50円、家族風呂2名1200円

(取材日/2015年9月)

この記事の掲載号

northernstyle スロウ十勝 vol.4
「今日もとろりと、十勝の湯」

十勝には日常的に温泉を楽しむ人たちがとても多いのです。良質な温泉を生み出す希少な自然環境泉質を研究している人や温泉を掘る人…。温泉大国、十勝の魅力を掘り下げます。

この記事を書いた人

鎌田暁子

十勝出身で、現在は農家のヨメ。週末はトラクターを運転しています。pH8以上の温泉(ソムリエ資格あり)、挽き肉(究極の餃子とハンバーグを探求中)、ポストカード好き。