変わりゆく町の変わらない店。〈喫茶アポロ〉でいただく、一杯のコーヒー

移住者だけでなく、ここに住み続けてきた町の人や、下川町のみんながもれなく愛する、〈喫茶アポロ〉。創業から44年。変わらず守り続けているのは、「少ないこだわりをしっかり守り抜く」というシンプルなものでした。看板商品と呼ぶでもなく、ここで過ごすひと時を彩るいつもの「コーヒー」へのこだわりを聞きました。下川町に着いたら、まずはここのカウンターで一杯。(取材時期 2018年11月)

Shop Data

喫茶アポロ
住所 上川郡下川町錦町76
電話番号 01655-4-3802
営業時間 11:00~15:00、18:00~22:00
定休日 水・木曜
町民とっておきのメニュー 鹿肉ロースト(要予約)

訪れる人の、「自由な時間」を守る

「森林の町」として、近年再び活気づく下川町。人々が町の魅力に気づくより前から、40年間この町で珈琲を提供し続けてきたのが、喫茶アポロだ。店主の金森章(かなもりあきら)さんと、妻で喫茶担当の知子さんは、少しずつ変わっていく町を温かな目で見つめる。

「ちょっと大人びた高校生だった」という章さんは、少し背伸びをして1人で喫茶店の扉を開いた。訪れたのは、旭川のとある名店。メニューを見て、選び、注文し、珈琲を飲む。それだけのことなのに、章さんは静かに衝撃を受けていた。「普通に、“きちんと”ほっといてもらえたんです」。周囲の大人にとってそれはあたりまえのこと。章さんにとっては、高校生ながら1人の人としての自由を尊重してもらえたことが、何よりうれしかったのだろう。「喫茶店の仕事っていいな、と思いました」。この原体験は、2人の今のスタイルにも影響を与えている。「あまりお客さんの会話に入り込みすぎないよう気をつけています」と、教えてくれた。

控えめで、ゆっくりと丁寧に言葉を語る章さん。お母さんのような温かみある笑顔の知子さん。なんだか不思議なくらい惹き込まれ、むしろこちらから話しかけたくなる雰囲気を醸し出している2人。もちろん、そんな人柄に惹かれ、会話を楽しみにわざわざやって来る客もいる。ワインを嗜む人もいれば、珈琲は頼まず食事だけ食べて帰る人も。「過ごし方は、お客さんの自由に任せています」。2人はあくまでそれに応えているだけ、というスタンスだ。アポロが長年人々に愛されてきた理由が、少しずつわかってくる。

「手編焙煎」が生む、上質な味

店のこだわりは、焙煎する前の生豆から不良な豆を取り除くハンドピックにある。海外で採取された豆には、どうしても不良な豆が混ざってしまう。それらを取り除くのは、人間の手作業でなければ難しい。とても骨の折れる作業なのだが、「案外楽しんでます」と知子さんは笑顔で教えてくれた。ハンドピックを経て淹れられた豆は、そうでないものと比べると、「挽いたときの香りが全然違う」のだそう。

「豆の風味は焙煎した瞬間から刻々と変わっていくため、飲み頃を自分で把握したい」。そんな思いもあって自家焙煎を始めた。「しっかり味が出た」珈琲が好きな章さんは、豆の焼き方も深め。章さんにとって珈琲とは、重みとコク、苦味があってこそ。焙煎機は使わず、手網で少量ずつ焙煎し、爆ぜる音やその煙の色にも注意を向ける。「自分のイメージと焼きが合うことが、単純に楽しい」。手作業へのこだわりを、「楽しいから」と言ってのける章さんがかっこいい。

章さんおすすめの『マンデリン』をいただく。口に含んだ当初は「ああ、好きな苦みだな」と、柔らかい口あたりにホッとした。10分経つと深みの中にどこかフルーティーさを感じられるように。15分後、熱さを感じずに飲めるようになると、その甘さやフルーティーな味わいが表に出てきた。「マンデリンは時間が経つほど味が変わっていくんです」と、章さんがニコリ。

両手で守れるほどのこだわりを、守り抜くこと

たくさんあるように感じられるこだわりも、他の店と比べたら少ないほうだと2人は言う。他にもこだわりがあるとしたら、「自分たちのできる範囲のこだわり」を守ること。あれもこれもと、やりたいことは尽きないし、やろうとしたらキリがない。ずっと守っていけないこだわりなら、手を出さないほうがいいというのが2人の考え方だ。訪れる人々がゆったりと時を過ごすためにも、2人がある程度の余裕を持つことは大切なことかもしれない。

「ここに来ると、面白い話が聞ける」と、新しい移住者の行きつけの場としてもよく利用されている喫茶アポロ。ここで生まれた出会いが新しいアイデアに発展する瞬間を、2人は何度も見てきた。盛り上がるカウンターの人々を前に、静かに珈琲を淹れるにこやかな2人の姿が想像できる。変わりゆく町と、変わらない店。今日もアポロの珈琲は、人々のいつもの一日をそっと彩る。

この記事の掲載号

北の焙煎人

北海道における珈琲の歴史、焙煎と気候の意外な関係、そして珈琲に魅せられた人々の熱い思い。自家焙煎珈琲の店も多数掲載。

この記事を書いた人

石田まき

石田まき

スロウ日和編集長。ライター兼カメラマン。初めて訪れた北海道で、空の広さに一目ぼれ。言葉と写真の両方でこの地の豊かさを伝えるため、九州から移住。ホタテが大好物。