畑の中の滞在型レストラン。三笠の食のその先を知る旅〈EKARA〉

市街地から車で10分ほど。三笠すずき農園の敷地に、野菜たっぷりのランチが食べられるレストランと、1 棟貸しの小さなコテージが2つ。作り手と買い手、両方の立場から食と農に長年携わってきた2人と、多くの仲間によってできた「エカラ」。料理やお酒の向こう側にある製造プロセスや生産者の人柄、畑での暮らし、地域文化まで伝えたい。エカラには、三笠の農業と食の可能性が詰まっていました。

Shop Data

畑の中のレストラン EKARA(エカラ)
住所 三笠市萱野158-1
電話番号 01267-2-5530
営業時間 ランチ11:00~15:00(L.O.14:00)※冬季11:30~15:00(L.O.14:00)/ディナー(予約制)18:00~20:30(L.O.19:30)※冬季17:00~20:00(L.O.19:00)
定休日 火曜(冬季は月・火曜)
URL http://www.ekara.jp

「飲み仲間」だった2人が手を組んで

「エカラ」とは、「~で~を作る(または~をする)」という意味のアイヌ語にちなんだ名前。市街地から車で10分ほどの、鈴木秀利さんが農業を営んできた敷地に、3棟の建物ができた。畑の中のレストランと、2つの宿泊棟。発起人は鈴木さんと、株式会社アグロ萱野の川口剛さん。2人はスローフード・フレンズ北海道の活動で出会って以来10年以上、「飲み仲間」でありながら、共に地域の食の魅力を伝える活動を行ってきた。2019年5月に滞在型レストランとしてオープンしたエカラは、その活動の一つの集大成でもある。

2人にとってのプロジェクトの始まりは、もう思い出せないくらい前のこと。「ずっと続けてきたことだから…」。鈴木さんは、米や玉ネギなどの生産で生計を立てる農家でありながら、札幌の有機野菜販売店「アンの店」の経営者でもある。都市と農村の距離を近づけたいと、三笠の農園を開放した「田んぼプロジェクト」や「畑でレストラン」など、さまざまな取り組みにも積極的に参加してきた。

一方川口さんは、10年ほど前からワインと道産食材を楽しむBAR「バルコ札幌」を経営しつつ、道産材を使ったチーズナイフの開発やワイナリーを巡るツアーなど、ワインを軸とした農業と食にまつわる取り組みを幅広く手がけてきた。

2人の経歴を見れば、今回のエカラのオープンが単なる店舗開業ではなく脈々と続けられてきた活動の一部に自然に位置付けられていることがわかる。

そんな2人が三笠に店を作った理由。すずき農園の敷地があったというのも要因の一つではあるだろうが、それ以上に、「三笠地域の歴史や文化に可能性を感じた」というところが大きい。

北スペインの村に見えた三笠との共通点

川口さんは20年以上、毎年ヨーロッパの小さな農村を訪ねる旅をしている。その道中、ワイナリーや地元のバル、畑や港、チーズ工房などを見て回る中で、「北フランスや北スペインの小さな村は、北海道の農村とよく似ている」と思い至った。たとえば北フランスのノルマンディー地方の特産品はカマンベールチーズ。隣のブルターニュ地方ではニシンや牡蠣がよく獲れる。北スペインに目を向けてみると、アストゥリアス地方の特産品はブルーチーズや貝類やエビなど。いずれも北海道でも馴染み深い食材ばかり。また、食べ物だけでなく、春や秋の風景もすごく似通っていた。

中でも特に川口さんの目に留まったのは、北スペインのラバンデーラという村。かつて炭鉱業で栄えたものの、時代の流れと共に閉山。元々地域で嗜好されていたシードルを、石炭搬出用トロッコのトンネル跡で醸造するなど生産を拡大し、現在も生産拠点となっている。「アストゥリアス地方は、スペインの中では雨量が多くて冷涼なので、ブドウ栽培には適していない。でも、ヨーロッパではお酒は食事の一部として必須。そこで、シードルが伝統的に飲まれてきたんです。地域にあるものを見直して、固有の魅力を出す例として、すごく参考になりました」。三笠地域も、かつて炭鉱業で栄えた場所。そして、周辺ではリンゴの栽培が行われている。単純に真似をすればいいということではないが、取り入れられる部分があるのではないだろうか。三笠には、きっともっとポテンシャルがある。

「2016年に、僕も川口さんと一緒に北フランスや北スペインに行ったんです。そこで、農家の人が農業以外のことでいきいきと生計を立てる姿を見て、すごく刺激を受けました。ものの言い方もすごく自信満々でびっくり(笑)」と、鈴木さん。小さな農家が営む、納屋を改装した宿泊施設やレストラン。これまでどことなく「田舎で生まれ育った引け目」のようなものを抱えていたという鈴木さんにとって、田舎の人が都会の人以上に自信に満ちあふれて、輝いている姿は強く印象に残った。「テーマパークみたいなすごいものじゃなくて、素朴な感じが逆に魅力的で。自分たちができる範囲の小さな規模ですごく堂々と、楽しそうにしている」。それから、鈴木さんと川口さんは、「リンゴの木を植えて、掘っ立て小屋を建てて拠点を作ろう」という夢を話し合うようになっていったという。

生産者や地域の歴史や産業など、料理の背景に迫ってほしい

2人にとっての仕事でもあり、趣味でもあり、遊びでもあるようなさまざまな「暮らし」の中で、徐々に形成されてきた価値観から生まれた、エカラの構想。

伝えたいことは、テーブルに上った一つの料理や酒からさかのぼって、製造プロセスや生産者、畑での暮らしや地域の歴史文化に迫っていく楽しさ。「たとえばワインなら、グラスに入った液体の味だけで見て良し悪しを語るのではなく、出来上がるまでの過程、生産者や、彼らが暮らす村の歴史や産業のことを知りたい。それを今までは自分の周囲の人だけでやってきたけれど、一般の皆さんにも広く伝えたいと思って」と、川口さん。

エカラが滞在型である理由は、料理の背景に迫ってほしいから。隣にあるすずき農園の畑で農業体験をしたり、近くのワイナリーで造り手と話をしたり。市街地に出て、町の人と交流する夜があってもいい。2人はいつも、地域全体を楽しもうとしているし、楽しんでもらいたいと考えている。語る主語は常に、「エカラは」ではなく「三笠は」だ。

(取材時期 2019年7月25日)

この記事の掲載号

northernstyle スロウ vol.60
「継ぎたいものは、何ですか?」

創刊15周年を迎えた60号。歴史的建造物やアイヌ民族の家庭料理など。彼らは何に価値を見出し、どんな思いで「継いで」きたのだろう。

この記事を書いた人

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片山静香

雑誌『northern style スロウ』編集長。帯広生まれの釧路育ち。陶磁器が好きで、全国の窯元も訪ねています。趣味は白樺樹皮細工と木彫りの熊を彫ること。3児の母。