かつての非日常を、日常に。〈星に手の届く丘キャンプ場〉

写真提供/星に手の届く丘キャンプ場

自治体が運営する、町営や市営のキャンプ場もよいですが、思いのこもった個人オーナーが設えた私設のキャンプ場に泊まるのも、違った楽しみが味わえるのでおすすめです。ありのままの自然を見せてくれているかのようで、実は細かいところまで気配りが施された私設のキャンプ場。オーナーの前川さんが伝えたい思いを、五感いっぱいに感じに行きましょう。

Shop Data

星に手のとどく丘キャンプ場
住所 中富良野町中富良野べべルイ
電話番号 090-1302-1422
営業期間 4月下旬〜10月下旬
URL http://www.hoshioka.com

私たちは、なぜキャンプに惹かれるのだろう

普段の一日をひとつの枠だと考えてみたら、その枠の中は、たくさんのモノやコトでいっぱいになっている。朝起きてから夜眠るまで、ぼーっと何もせずに過ごす時間はとても少ない。というより、仕事や家事などのやるべきことを終えても、調べごとをしたり、しなくてもいいはずのことをして、なんとなく時間が流れていく。

そんな毎日を過ごしていると、自然の中で過ごしたくて仕方がなくなってくる。外へ出て、緑に囲まれながらパンを食べたり、コーヒーを飲んだり、のんびりしたり。暮らしの一部を外に置き換えるだけで、心がゆったりと、ほどけていく気がする。どうしてだろう。ひとつは単純に、緑に囲まれて過ごす心地良さ。広々とした景色の中にいると、肩の力が抜けてくる。


あとひとつはきっと、時間の使い方の違いだ。いつもと同じことでも、違う場所でやってみると、どこかで「不便」が生じるものだ。それが小さなことだったとしても、どうやって解決するのか考えて行動するとき、自分で自分の時間を使うことができる。そして自然の中で過ごすときは大抵、しなくてもいいはずのことをしない。目の前の景色や人、していることに向き合える。なんとなくではなく、きちんと時間が流れていく。自然の中で過ごす解放感、ちょっとした不便さ、ゆっくりとした時間。外で過ごす一日には、余白がある。そしてその余白をじっくり楽しめるのがキャンプだと思う。

衣食住の全てを小さなリュックに詰め込んで、自然の中へ旅に出る。キャンプ場に着いてテントを立てれば、そこがその日の宿になる。次第に辺りが暗くなり始めて、非日常を心ゆくまで楽しめる夜がやってくる。

灯がなければ夜は真っ暗で、火がなければ暖はとれない。キャンプの夜は、明るい部屋で過ごしていると忘れがちな、あたりまえのことに気づかせてくれる。星空の美しさも、そのひとつだ。

写真提供/星に手の届く丘キャンプ場

理想の暮らしが、キャンプ場と重なったから

中富良野町に、満点の星空を楽しむために造られたキャンプ場がある。その名も「星に手のとどく丘キャンプ場」。オーナーの前川泰揮さんが、「ここにこんなにすごい星空があるのに、気づいていない人がたくさんいたから。この星空を見てもらうキャンプ場を造ろうと思ったんだよね」と話してくれた。

前川さんが家族と手づくりしたキャンプ場は、富良野岳のふもと、富良野の丘が眺められる場所にある。「ここから眺める夕日もとってもきれいでね。都会で暮らしていたら見たことないくらいの夕日と星空を、お客さんに見てもらいたいんだ」。前川さんはここが大好きでたまらないというように、顔をほころばせる。

前川さんがキャンプの魅力と出合ったのは、自転車やバイクで各地を旅した学生時代のことだった。中学2年生の頃、「どうしてか旅が好きになっちゃった」前川さんは、自転車に乗って旅を始める。大学に入ってからは「エンジンを覚えちゃって」、バイクで。やがて「もっと遠くに行きたくなって」、汽車とヒッチハイクで。大学を卒業するまでに、日本一周を旅してしまう。

「その旅の途中、いろんな所でキャンプをして、いろんな人に出会って。キャンプが大好きになって。いつか自分でキャンプ場が造れたらいいなあと思うようになった」。それが夢の始まりだった。 大学を卒業した前川さんは、転勤のある会社に就職する。東京をはじめ大都市で働くことが多く、都会中心の暮らしだった。キャンプ好きは変わらず、28歳で結婚してからは夫婦でたくさんのキャンプをした。
 
33歳の頃には長男が誕生し、前川さんの心の中で、ひとつの思いが大きくなった。「自然の中で家族と一緒に暮らしたい」。そしてその思いと、自分で造るキャンプ場への夢が重なり、「キャンプ場のある暮らし」をしようという結論に鞣り着く。

決意を固めた前川さんは、転勤しながらキャンプ場を造るための土地探しを始めた。それから4年ほど経った頃、札幌勤務が決定し、前川さんは家族と共に北海道へ移り住む。

暮らしたいと思える場所で、夢を叶える

前川さんは、北海道に移り住んでからも土地探しを続けた。北海道には探し求めていた広さの土地がたくさんあり、そのほとんどが本州より低い価格で売られていたという。札幌で暮らした3年半ほどの間、5件の土地を紹介してもらい、実際に足を運んだ。そして6番目に紹介してもらったのが、中富良野町にある、もともとラベンダー畑だったといわれる土地だった。

「キャンプ場が造れるなら、どこでも良かったわけじゃなくて。ここで暮らしたいと思える場所が良かったんだけど、富良野の風景も人も気に入って。こんな町で暮らせたら素敵だなと思ってね」。40歳を迎え、ひとつの節目を感じていた川さんは、会社を退職し、キャンプ場づくりに向けて動き出した。

「まずは自分でキャンプしてみなきゃ始まらないから。テントを張って、20泊してみたんだ」。その頃はまだ荒地だったけれど、夜の星空があまりにきれいだった。「夜空に隙間がないくらいに星で埋め尽くされて、落ちてきそうだった。ここに暮らす人にはあたりまえの光景かも知れないけど、これはすごいと思って。ここだよなって、決めたんだ」。

2003年の春、キャンプ場オープンに向けて家族で準備を始めた。その年の7月14日には、前川さん一家手づくりのキャンプ場がついにオープン。当時の設備は、テントサイトが2つと、炊事場とトイレがあるだけ。それからサイト数は着々と増え、現在は17サイトに加えて、バンガローやレストランまである。キャンプ場の名前には、あえて地名を入れていない。ここは星空を楽しむための場所だから。

曇りでも、もう一度訪れたくなる場所

星に手のとどく丘キャンプ場を訪れた日、空は雲で覆われ、肝心の星空を眺めることはできなかった。今度は晴れの日を目がけて行ってみようと心に誓う。夕日が沈む丘の風景と、とびきりの星空を眺めたい。星空を眺めるためにキャンプするなんて、なんだか素敵で、わくわくしてしまう。

静かな夜が明けて、朝の冷たい空気に包まれて目を覚ましたら、羊たちがテントサイトで朝ごはんを楽しんでいた。場内の草を黙々と食む姿に、ふと、心が和む。今でこそ宿泊者の楽しみになっているこの光景だが、もともとは前川さん家族の暮らしの一部だった。

「動物のいる田舎暮らしに憧れてね。ニワトリが30羽くらいいて、毎朝お客さんに卵を配ってたこともあるし。羊も一番多い時で24頭いた。羊たちが運動不足になるから、場内に放すことにしたんだ」。テントサイトで、羊たちが朝食のパンやサラダをつまみ食いするなんてことも、今では日常茶飯事だ。

家族と自然の中で暮らし、羊を飼い、星を眺めて「きれいだなあ」と呟く。今ではすっかり「日常」になった、前川さんの「かつての非日常」をおすそ分けしてもらえるのが、このキャンプ場なのだ。

キャンプ場内の食堂では、ジンギスカンを楽しめる。2種類の自家製ダレに浸け込んだ本格的な味。

(取材時期 2018年7月25日)

前川泰揮さん

「スロウ日和をみた」で、キャンプ場の値段を教えちゃいます♪

この記事の掲載号

northernstyle スロウ vol.56
「深呼吸する旅へ」

スロウ編集部が、「心から行きたいと思える旅のかたち」を模索。旅先で出合える「自己の変化」にも目を向けた。

この記事を書いた人

立田栞那

立田栞那

花のまち、東神楽町生まれ。スロウの編集とSlow Life HOKKAIDOのツアー担当。大切にしているのは、「できるだけそのまま書くこと」。パンを持って森へ行くのが休日の楽しみ。