鍋を壊してしまうほどおいしい。蛇の目のカジカ鍋

プルプルとしたコラーゲン質と、歯応えのある淡白な白身が混在。だし汁は濃厚だがくどくないので、気がつけば2人前くらいぺろりと食べてしまいそう。これは北海道で水揚げされる、いかつい風貌のカジカを使ったカジカ鍋。独特の味わいに心を奪われる人が多く、あまりのおいしさに鍋をつつき過ぎて鍋底を壊してしまうというたとえ話から、「鍋壊し」という異名がつくほど。冬の漁師町ならではのおいしい鍋を、是非一度味わってみてほしいものです。 (取材時期 2018年2月)

Shop Data

寿司居酒屋 蛇の目
住所 留萌市錦町3丁目
電話番号 0164-42-0848
URL http://www.rumoi-jyanome.com

※新型コロナウイルスの影響により、営業時間や定休日はWebサイトにてご確認ください。

漁師たちに熱烈に愛されてきた、冬のカジカ鍋。

世の中には「これを最初に食べた人は勇気があるな…」と思ってしまうような、変わった風貌の食材がある。現代の私たちは先人の恩恵にあずり、数々の食材を「おいしい」と知った後で何のためらいもなく食べているわけだ。こうした類は海の中にも多く、中でも北海道で水揚げされるカジカは、その風貌のいかつさに似合わず、漁師にもその家族にも熱烈に愛され続けてきた魚だ。

大きな口にギョロッとした目、そして、ぬるぬるとした丸い体躯。深海魚然とした見た目は、とてもではないが食欲をそそるとは言い難い。しかしこのカジカを使った鍋は、北海道の冬を代表する家庭料理のひとつとして、漁師町を中心に今なお日常的に食されている。

「冬は毎日カジカでもいい! もしかしたら魚の中でカジカが一番好きかも!」と、興奮気味に話してくれたのは、留萌市内、田中青果の田中美智子さん。実は今回のカジカ鍋の取材にも、「是非に」ということで同行してくれた。

「冬は毎日カジカでもいい! もしかしたら魚の中でカジカが一番好きかも!」と、興奮気味に話してくれたのは、留萌市内、田中青果の田中美智子さん。実は今回のカジカ鍋の取材に「是非に」ということで同行してくれた。

お邪魔したのは、留萌市民の馴染みの店「蛇の目(じゃのめ)」。美智子さんも行きつけだそうで、新鮮なネタが自慢の寿司のほか、北海道の漁師町の「家庭料理(つまりは郷土料理)」を数多く揃えている。カジカがおいしい時季は、11月から3月。本州では淡水魚のイメージが強いそうだが、北海道でカジカというと、海で釣ったものを指すことがほとんどだ。

大将の森将由生さん(写真左)。人柄も素敵なので、寿司をいただくなら是非カウンター席で。

また、カジカは捨てるところがないという点でも人気で、あらや肝から濃厚なだし汁が出る上、卵をしょうゆ漬けにしてもおいしいのだという。さばくのに手間がかかることから、スーパーなどで手に入る多くは、すでにぶつ切りの状態でパック詰めされたもの。あらや肝まで入った「昔ながらのカジカ鍋」を味わいたい場合には、新鮮な魚を扱う飲食店を訪ねるのが良さそうだ。

カジカ鍋は蛇の目の人気メニューのひとつ。1人前用の鍋で提供するため、寿司を楽しむ客も汁物のひとつとして気軽に注文する。冬場に脂が乗ったカジカはプルプルとコラーゲン質なのに、歯応えはしっかりとした鶏肉のような食感。他の魚にはない独特の味わいに心奪われる人が多く、付いた異名は「鍋壊し」。あまりのおいしさに箸で鍋をつつき過ぎて鍋底を壊してしまう、という例え話から生まれた呼び名だそうだ。

元魚屋が代々営む寿司屋、「蛇の目」でいただく郷土料理。

「うちは特に、旬の時期の良い物しか出さないから、季節ごとにメニューが大きく変わるんですよ」とは、蛇の目を営む、石黒真喜子さん。先々代が60年ほど前に魚屋として創業、寿司屋に転向したのは30年ほど前のことだ。先代の頃に魚屋として営業していた店舗が火事に遭い、それをきっかけに、以前から運営に携わっていた寿司屋を引き継いで新たな業態として店を経営していくことを決めたという。現在は真喜子さんの弟である森将由生(まさゆき)さんが大将として寿司を握る。

店内に飾ってあるのは、かつて鮮魚店だった頃の店舗の写真。魚屋として創業した当時の思いを受け継ぎ、地元民に「いつもの店」として愛されてきた。

「昔からの繋がりを大切にしたいです。市場の方も漁師の皆さんも、代が変わってもすごく良くしてくれていて、とても感謝しています」。祖父の代から魚屋として市場に通ってきた歴史があるため、今なお漁師や関連業者との繋がりは深く、新鮮な旬の魚を仕入れては、店の料理として提供している。「観光でいらっしゃる方は夏場がメインですが、留萌には冬こそおいしい魚が多いんですよ。だから、冬にも来てほしいですね」。

鰊漁の聖地留萌に連綿と伝わる、糠鰊の三平汁。

もうひとつ、真喜子さんが作ってくれた留萌の郷土料理がある。糠鰊の三平汁だ。糠鰊とは、鰊を米糠と塩で漬け込んだ保存食。「基本の味つけがしてあって、さらに長期間劣化しないから、常備食のような感じで常に置いてあります」。塩分を濃くすることで保存性を高め、さらには米糠の効果で味に深みを出す。魚が手に入らない日が続いても、糠鰊があれば良質なタンパク質を欠かすことなく摂取することができるというわけだ。

シンプルに焼いていただく際には、まず米糠を水で洗い流してから、お好みで塩抜きをする。あとはグリルなどで焼くだけで完成。塩けが強いので1尾を5~6等分にし、白飯や日本酒と一緒に少しずつ食べる。多めに焼いて保存容器に入れ、冷蔵庫にしまいながら数日間にわたって味わうのが地元流らしい。

写真手前が焼き鰊、奥が糠鰊焼き。新鮮な生鰊が手に入ったときだけは、鰊の刺身やルイベが味わえることもある。

三平汁にする際には、ベースに昆布だしを使って、糠鰊の強い塩けを味つけに生かすのだという。「元々三平汁は魚の塩けで味を付ける料理。糠鰊のだしと塩味がそのまま汁に出て、良い味になるんですよ」と、真喜子さん。糠漬けにすることで凝縮された鰊のうま味と味わいが汁に浸み出すので、その他の味つけはほとんど必要ない。七味や山椒などをアクセントにすれば、あっという間に食卓のメインを飾る料理になる。

糠鰊の三平汁。三平汁の味つけは塩引きされた魚のだしと塩けのみ。留萌での定番は糠鰊だが、全道的には鮭も多く使われる。かつては冬に食べられることが多かったため、具材は大根、人参など保存がきく根菜類やジャガイモなどがメイン。

豪雪の留萌の冬を温かく乗り切る、先人たちの知恵。

冬の間、深い雪に閉ざされる留萌地方。寒い中、外で作業を続ける漁師たちにとって、家に帰って口にする温かい汁物がどんなに幸福感をもたらしてくれるものであったかは想像に難くない。カジカ鍋や糠鰊の三平汁がここまで愛されてきたのは、単に食材の産地だからというだけではない。毎日の食卓の中でしっかりと身体を温め、必要な栄養もきちんと摂れるようにと知恵を絞ってきた先人たちの暮らしぶりが、今に伝わる郷土料理の中に、脈々と息づいているのだ。

この記事の掲載号

northernstyle スロウ vol.55
「おいしい魚の向こう側」

海の中で起こり始めているさまざまな変化に目を向けながらも、郷土料理や漁師の取り組みなど、純粋な「魚っておいしい」を探して。

この記事を書いた人

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片山静香

雑誌『northern style スロウ』編集長。帯広生まれの釧路育ち。陶磁器が好きで、全国の窯元も訪ねています。趣味は白樺樹皮細工と木彫りの熊を彫ること。3児の母。