山本牧さんに聞く 家具のふるさとの話

家具になる木は、どこかの森からやって来ます。旭川が位置する上川地方は、山や森林に囲まれた地域。旭川が家具の産地として発展した理由の一つにも、良質で多様な広葉樹の森があったことが挙げられます。言うならば、森は家具のふるさと。旭川の森のこと、一本の木が家具になるまでのことをもっと知りたくて、NPO法人もりねっとの山本牧さんを訪ねました。

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NPO法人もりねっと北海道
住所 旭川市神居町雨紛380-3 旧雨紛中
電話番号 0166-60-2420
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もりねっと情報 自然観察会や森薪塾を開催中

旭川家具と、旭川周辺の森の過去。

旭川エリアが家具の産地として発展した理由の一つに、「森の生産力」が挙げられる。昭和初期には、広葉樹が豊かに育つ大雪山麓森から良質な材が伐り出され、海外へも輸出されていた。

しかし1954年に起きた洞爺丸台風により、材として見れば3~5年分の樹木が倒れてしまう。人々は倒木による病虫害を防ぐため、木を伐り出すスピードを上げていった。チェーンソーやトラックの導入により効率化が進められ、山の木はこれまでよりずっと早く伐られていった。そして、欧米へ大量に輸出され、森における成長と消費のバランスが、一度大きく崩れてしまった。その後も「伐り過ぎ」の状態が続続き、広葉樹資源は枯渇した。さらに、1980年頃から輸入材に押されて道産材の価格が低迷。かつて植えられた人工林は手入れされない状態になってしまった。

牧さんが取り組むのは、森の回復力を高める手助け。

「『荒れた状態』と言ってもね、200~300年放っておけば森は本来持っている力で元に戻れるのですが」とは、山本牧さん。NPO法人もりねっとの代表として、森の保全管理や森づくりの指導などの活動を行っている。

山本牧さん。大学時代に演習林で森林に関するさまざまなことを学んだ。

森は本来、人の手を借りずに健康な状態を保つことができる。森がないと生きられないのは、私たち人間のほうだ。生活するために森の力を借り、結果的にバランスを崩してしまったのであれば、元に戻すための努力をする必要がある。だから今、牧さんが仲間と共に取り組むのは、「森の回復力を高める手助け」。言い方を換えれば、資源を守る森林管理、とりわけ広葉樹の森の再生に必要な技術を確立していくことだ。

たとえば、人工林にしようとしたけれど、元の環境に合わず上手く樹木が育たなかった場所を、「天然林に近い状態へ戻す」。森を傷付けずに伐った木を運び出せるように、小さな道をつくる。植えるのではなく、「どの木を残すか」をちゃんと考えて、木を伐っていく。そうすれば、生産力自体は少なくても、自然に世代交代が行われる森が育つ。「人手をかけず、時間をかける」ことで、負荷をかけずに森の回復力を高め、次世代へ渡せる森をつくる。それが、牧さんたちの森づくりだ。

家具材になれた木は、きっと幸せ。

「森づくりって、森を読むことだと思うんです。いろんな生態系が持つ可能性を読み取って、それを活かしていくこと。数年で答は出ないけど、森は反応を見せてくれる。100年後、僕たちの森づくりの答は、次の次の世代がきっと見てくれるから」。

家具職人や地域の子どもたちに森の管理について教えることも。

森と人が共に暮らしていくためには、「ちゃんと木を使う」ことが必要不可欠だ。「薪として使うのもいいけれど、家具材になれた木は、いちばん幸せだと思う。人の側で、長~く使ってもらえるわけですから」。森から生まれる家具を大切に使う。それは、森と人との、いちばん幸せな関わり方なのかもしれない。

(取材時期 2019年11月25日)

この記事の掲載号

スロウな旅北海道別冊⑨旭川・東川
「旭川家具の物語に触れる旅」

100以上のメーカーが家具づくりに携わる、旭川市を中心とするエリア。歴史ある老舗メーカーから旭川家具を使う飲食店、ギャラリーなど旭川家具の物語に触れる旅を提案します。

この記事を書いた人

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立田栞那

花のまち、東神楽町生まれ。スロウの編集とSlow Life HOKKAIDOのツアー担当。大切にしているのは、「できるだけそのまま書くこと」。パンを持って森へ行くのが休日の楽しみ。