函館から由仁へ、円を広げて。人生二度目の店づくり。〈Pazar Bazar〉

由仁町にあるPazar Bazarは、2021年に出来たトルコ料理の店です。國立大喜(くにたてひろき)さんと朋佳さんは、函館の古き良き建物から由仁の古民家へと場所を移し、リノベーションして店を続けてきました。人生二度目のリノベーション。生きる上で大切にしたいことや飾らない暮らしへの憧れと、これからの夢を胸に、新たな物語を紡ぐ2人のもとを訪ねました。(取材時期 2021年3月)

Shop Data

PazarBazar
住所 夕張郡由仁町光栄104-1
電話番号 0123-76-7658
営業時間 11:00~16:00
定休日 日曜、祝日他不定休
Instagram pazarbazar92

函館でも由仁でも築100年。人生二度目のリノベーション。

函館の二十間坂の麓に、一軒の小さなトルコ料理店があった。國立大喜さんと朋佳さんが営む店の名前は、Pazar Bazar(パザールバザール)。昭和初期の建物を改装したという小さな店は、蔦にすっぽりと覆われた外壁や木枠のドアや小さな窓がとても可愛らしく、素敵な佇まいをしていた。店の前を通り過ぎるだけで、ちょっといい気分になれる場所だった。

残念ながら、店内に入ったことはなかった。「いつか中に入ってみたいな」と呑気に構えているうちに、閉店すると決まったのは2020年のこと。その知らせを聞いた時、一瞬だけ寂しい気持ちになったけれど、どうやらその決断はとても前向きなもの。函館からは離れるが、由仁で新しい店をやると決まっていたのだ。さらに驚くことに、由仁でも築100年の古民家を改装して店舗兼住居をつくるらしい。

つまりそれは、國立さんにとって人生二度目の「古い建物を改装した店づくり」。文字にすると、たった13文字。でもきっと、決断に至った背景には、いくつもの理由があるはず。その理由を一つひとつ聞いてみたくて、改装途中だった由仁の家を訪ねることにした。

それは、朋佳さんと2人の子どもたちが由仁の家に引っ越してきた翌日の訪問となってしまった。それまでは子どもたちの生活もあり、大喜さんは単身赴任するような形で由仁の家で暮らしながら、ひとりで改装作業を続けていたそうだ。そんな家族水入らずの日に…と申し訳なく思っていたら、大喜さんと朋佳さんが「家族みんなで会えて良かったです!」と笑ってくれてほっとする。

大喜さんも朋佳さんも、とても心地良い柔らかさを持つ人だ。函館の店から感じていた雰囲気の良さは、建物だけではなく、中にいた2人からも生み出されていたのだろう。

中に入ると、まだ新しい木の匂いがした。「元々は、農家さんが暮らしていた家です。大事に住んでいたんでしょうね。古いけど、骨組みがちゃんとしていて立派。全体的にすごく広くて、子どもたちと暮らすのにぴったりです」。娘の紗礼(さら)ちゃんを膝に乗せて、大喜さんは言う。

夢が引き寄せた偶然の出会い。由仁町で結ばれていく、場所と人の縁に導かれて。

大喜さんが由仁の家と出合ったのは、2020年の冬のこと。そのきっかけとなったのが、長沼町でshandi nivascaféを営む坂本圭司さんの存在だ。

「函館の店は、とても思い入れのある場所でした。ただ、初めて自分たちで改装したこともあって、使っていくうちに『もっとこうしたいな』と思うところや不便さがどうしても出てきてしまって。目標にしていた10年の節目を前に、『次の10年を見据えて、今後の生き方をちゃんと考えよう』と。そんなときに、圭司さんが遊びに来てくれたんです」。

今までのこと、これからのこと。いろいろと話をする中で、圭司さんがこう言った。「一度、長沼に来てみたら? 本当にいいところだよ」。

その誘いを受けた大喜さんは、新鮮な気持ちになったという。「長沼や由仁周辺はよく遊びに行っていたし、好きな場所だったのに、そこで暮らすって考えたことがなくて。そもそも、函館近郊以外で暮らすという選択肢が自分の中になかったなって気づいたんです」。

2020年2月、大喜さんはひとりで坂本さんのもとを訪ねた。圭司さんの家に泊まり、今後の夢について語り合った。そこで大喜さんが話した夢は、「料理の店と、いつかは宿もやりたい。その2つと暮らしは近いほうがいい。住居兼店舗ができたら理想的!」というものだ。

その翌日、大喜さんは圭司さんと妻の笑子さんに連れられて、由仁の三好焼菓子店を訪ねる。店主の三好塁さんもまた、圭司さんを通して現在店舗となっている古民家と出合った人だ。大喜さんが、昨日の夜話した夢を打ち明けたところ、思いがけない返事が返って来る。「近くに、良さそうな空き家がありますよ!」。

大喜さんたちはその足で、その空き家へ。「昨日話した夢、ここなら叶うんじゃない?」。

家族4人で暮らすのに十分すぎるほどの広さで、玄関が2つ。ここを住居兼店舗にできたら、家と店の入口を分けられて勝手がいいだろう。それから、家の隣にはしっかりとした小屋がある。上手く活かせば、宿もできそうだ。ここはまさに、昨日話した夢の場所。真っ白な雪が降り積もる中、偶然の出合いに心弾ませる大喜さんたちの姿があった。

後日、大喜さんと共に由仁の家を訪れた朋佳さんも、「ここだね」と大賛成。三好さんを通して、家の持ち主と話すこともできたし、その人が近所の家に大喜さんを紹介して回ってくれた。縁とはつくづく不思議なものだ。

2020年7月21日、函館の店は最後の営業日を迎える。オープンから10年。蘇ってくるのは、ここで過ごした日々の記憶。手探りで進めた友人たちとの店舗改装、必死で駆け抜けた始まりの時期、店で出会った人々、共に働いてくれた仲間たち。いい日もそうじゃない日も、たくさんあったこと。そんな愛しい日々の記憶を胸に、Pazar Bazarの物語は、第二章へ。

「田舎へ進出!」学んできたことと支えてくれる人たちと共に、これからの店を作っていく。

「田舎へ進出!だと思って」と、朋佳さんは言った。由仁周辺は札幌から車で1時間程度の位置にあり、センスの良い飲食店が多く、移住希望者も多いエリアだ。それでも、観光地である函館と比べれば、やはり「田舎」である。

「函館の人たちに由仁へ行くって言ったら、すごい田舎に行くと心配されたりして(笑)。確かに、函館と比べたら何もないけど、そんな風景の中で暮らせることがすごく贅沢だなって思うし、何もないからこそ、自分たちの力を試してみたいって思うんです」。

函館の店を営む中で、2人はたくさんの生産者と出会ってきた。「特に七飯町のあかり農場や山田農場、厚沢部町の清和の丘農園の人たちからは、いろいろと教わった。決して飾らない暮らしぶりが、すっごくかっこよかった。生きる上での価値観だったり、喜びや面白さをたくさん教えてもらいました」。

そこで学んだことを取り入れながら暮らしてみたい。何もないところで試してみたい。気取らず、強く、逞しく。自分たちらしさは、忘れずに。そんな一つの軸を持って、次の10年を生きてみよう。そんな前向きな思いを持って、2人は由仁へやって来た。

改装途中の様子。冬場の作業も多く、体力的にも大変だったそうだ。

2020年の秋から半年ほどかけて、大喜さんは由仁の家を改装した。プロの手を借りながら、基本的にはひとりで。新しい生活があるとはいえ、辛くはなかったのかと聞くと、大喜さんは少し間を置いて答えてくれた。

「ひとりじゃなかったから、大変だったけど、辛くはなかった」。

12年前、右も左もわからない大喜さんと朋佳さんに、材料の測り方から道具の扱い方までを教えてくれた友人がいた。もう二度と会うことができない人だ。

「自分たちで改装するようになったのは、彼が『自分でもやったらいいよ』って言ってくれたから。終わった後は、やって良かったなっていう気持ちがすごく大きかった。その経験があるから、今回も『自分でやってみよう』と思えたし、ここで作業している間も彼に教わったことをちゃんと身体が覚えていて。不思議な話かもしれないけど、ずっと一緒にいるような気持ちだったんです」。

カセットコンロ一つで生活する大喜さんに、圭司さんがカレーを差し入れしてくれたり、三好さんが自宅で鍋を振舞ってくれたり。大喜さんと由仁の家をつないでくれた人たちが、いつも支えになってくれた。函館で暮らす家族はもちろん、仲間たちも、遠くから気にかけてくれた。どんな時も、ひとりじゃなかった。

「それに、2回目だからわかるんです。途中で行き詰まったり、つまずいたりしても、手を動かしていたらちゃんと形になる日が来るって。そう思うと、行き詰まっているはずの今すら愛しくて」。

手前が『炭焼きチキン&マトン(1,550円)』、奥が『スパイスカレー(1,350円)』。季節のサラダと副菜4種がつく。

2021年6月10日、コロナ禍を受け、当初の予定から少し遅らせて、PazarBazarは二度目のオープンを迎える。メインメニューは、シシケバブとカレー。基本的なレシピは函館時代と変わらないが、シシケバブを焼く木炭は厚真から、料理に使う野菜の一部は由仁近郊から仕入れるなど、小さな変化が加わっている。

店内のテーブルは、森町の知人が譲ってくれた一枚板に、函館の鍛冶職人・杉本さんが足を付けてくれたもの。同じく函館で建築事務所を営む富樫さんからもらったドア、仲間たちと作った看板。店内のあちこちに、大切な人たちの顔が浮かぶものがある。建物こそ変わったけれど、函館の店を知る人が訪ねれば、「これこれ!」と懐かしく思えるような照明やランプは健在だ。

「函館の店をつくったとき、古いものと新しいものを組み合わせる面白さを知って。今回も、わりと大胆な組み合わせを実践してみました」。床には新しい材、壁には由仁の家の古材を使うのも、大喜さんなりの工夫のひとつ。全体的に深みが増して、「やってよかった」と大喜さんはうれしそう。これからますます、たくさんの時間や出会いを重ねて、より味わい深い場所になっていくだろう。

函館も由仁も大切な場所。離れるのではなく、円を広げて。

新しい店を前に、ふと函館の街が頭に浮かんだ。由仁に店ができて喜ぶ人がいる一方で、函館の店が閉じて寂しく思う人も少なくないはず。そしてそれは、2人にとっても同じなのではないだろうか。

「函館から由仁へ来たことで、円が広くなった感じがします。函館の街も人も大好きだし、つながりはなくならない。きっとたくさん行き来もする。自分の中では、大切な場所が広がったっていう感覚です」。頭に浮かんだ“寂しさ”は、大喜さんの言葉で柔らかく包まれる。

円が広くなったことで、「宿をやりたい」という気持ちも強くなった。「宿ができたら、遠くで暮らす人たちに、『遊びに来てね』ってもっと気軽に言えるなぁって。夕方や夜の景色もすばらしいから、食事だけじゃなくて、泊まってゆっくり楽しんでもらいたいです」。そう話す朋佳さんの表情は、とても明るい。

遠く離れるのではなく、円を広げる。寂しさではなく、愛しさを。いつでも心に、小さな光を。そういう心持ちで、変化にあふれる今を歩いて行くことができたなら。

國立大喜さんと朋佳さん

年間通して由仁町にて営業しています。それぞれの季節ごとに景色も変化するので、冬も含めてそれぞれの季節を堪能しにいらしてくださいね!

この記事の掲載号

northernstyle スロウ vol.69
「北国のサイロは今」

北海道の代表的な風景の一部として親しまれてきたサイロ。近年少しずつ数を減らしていくサイロの今を、あらゆる角度から記録した一冊。

この記事を書いた人

アバター画像

立田栞那

花のまち、東神楽町生まれ。スロウの編集とSlow Life HOKKAIDOのツアー担当。大切にしているのは、「できるだけそのまま書くこと」。パンを持って森へ行くのが休日の楽しみ。