北海道の主食に、パンという選択肢を〈ソーケシュ製パン〉

札幌方面から、ニセコ町へ向かう途中にある喜茂別町の国道沿い。かつて、ドライブインとして使われていた建物をリノベーションし、パン屋を営む〈ソーケシュ製パン〉があります。店内では、妻のともえさんが淹れる〈トモエコーヒー〉も楽しめます。テイクアウトもできるので、ドライブの寄り道にもぴったりです。

Shop Data

ソーケシュ製パン×トモエコーヒー
住所 喜茂別町字中里185-1
電話番号 0136-33-6688
営業時間 10:00~17:00(売切れ次第終了)
定休日 月~金曜
URL http://sokeshu.com
スロウ日和の
耳寄り情報 toiの中西さんとは薪窯仲間!

この地域の昔の呼び名「ソーケシュ」

千歳方面から支笏湖を通りニセコへ続く、国道276号線。まっすぐの道を進めば、そろそろ道の先に羊蹄山が見えてくる頃。「あれかな」と思った山は、どうやら手前の小さな尻別岳。緩やかなカーブを曲がると、比べようもない威厳を放つ蝦夷富士、羊蹄山が奥のほうから現れる。進行方向の左側には幸せそうに草を食むタカラ牧場の牛たちの姿。そのやや手前の右側にあるのが、羊蹄山を遠くに望める「ソーケシュ製パン×トモエコーヒー」だ。

ソーケシュとはこの辺りのアイヌ語の地名で、「滝のあるところ」という意味。言葉の響きから、「ヨーロッパの特別な製法や、ドイツ語ですか?」と訪れた人に聞かれるけれど、それはあながち偶然ではなかった。なぜなら、今野さんの物語は、ドイツから始まるのだから。

飼い犬の小筆。愛称は「こふちゃん」

付け合わせることで、パンのおいしさを知る

伊達市に生まれ、札幌の調理師専門学校に通っていた今野さん。「日本じゃない場所に行きたい。中学生の頃からドイツに憧れていた」と、卒業後にドイツの料理店で働き始める。知り合いが誰もいない環境の中で、誰の目線も気にせず自分の意思で動ける。シェンゲン協定圏内なら、国境を跨ぐのに審査もない。すべて自分次第だ。海外での生活が見せてくれた“自由”は、20代前半の今野さんを虜にした。「まだ日本に帰るには早いし、違う国も見てみたい」との思いが湧き、オーストラリアへ。そこでついに、運命のパンと出合う。

運命のパンといっても、それは現在ソーケシュ製パンで出しているハードパンとは違う、白いふわふわのソフトパンだった。それまで、「どちらかと言うとパンが嫌いだった」と言う今野さん。その考えを覆したのは、「食べたパンの味というよりも、付け合わせで食べた料理がとにかくおいしく感じられた」こと。オーストラリアの風土から生まれる、おいしいドライトマトやチーズ、オリーブ。それらと一緒に食べたとき、食べ物のおいしさを引き立てる、パンという存在に衝撃を受ける。両者ががっちり手を組むと、それは1+1以上のおいしさに感じられた。この体験が、今野さんが目指すパン作りの大きな支柱になっている。

帰国後も今野さんの旅は続いた。「一度は大都会に出てみたい」と、東京近郊のパン屋で研修を始める。勤めていたのは、「町に一軒はあるような普通のパン屋」。卵や生クリームや安定剤、大量の砂糖を使って作る菓子パンは、それでも地域住民に人気だった。

パン屋を食べ歩く中で、東京の名店「ルヴァン」に出合う。天然酵母を使った、粉と水と塩だけで作るシンプルなパン。今野さんはそのパンを食べ、二度目の衝撃を受ける。いろいろな材料を混ぜるパンがダメなわけではない。ただそのシンプルな製法で作られたパンのおいしさが、パンの世界のより深い場所へと今野さんを誘ったのは確かなことだ。

ルヴァンのパンは、シンプルなおいしさだけでなく、その製法も今まで作ってきたものとはまるで違った。イーストではなく天然酵母を使うことで、発酵の進み具合も均一ではない。薪窯を使えば、電気オーブンと違って火力や焼き具合も不安定になる。

天然酵母も薪窯も、外気温や湿度によって状況が変わり、同じパンは二度と焼けない。それほど難しく、すぐに思い通りにいくものではなかった。今野さんが今でもパン作りに向かう理由は、「そこに難しさがあるから」。もし心惹かれたのが、時間通りに発酵してくれるイーストだったなら。いずれ楽しみを見出せなくなり、「パン屋は廃業していたでしょうね」と語る。

北海道に戻ってから、兄の今野満寿喜さんに誘われて、洞爺湖町でパン屋「ラムヤート」を開くことになった。当時のことを思い出して「すごく安易でしたよ」と笑う。今のように薪窯を使ったパン屋はほとんどなかった当時。海外の動画を参考に見よう見まねでレンガを積み重ねて造った。まだ慣れないハードパンを、ルヴァンのレシピ本を食い入るように見ながら作り始めた。

見切り発車で始まった今野さんのシンプルなハードパンは、それでも瞬く間に話題となった。5年勤めた後、妻のともえさんとの結婚のタイミングで、前々からの夢だった自分だけの店を構えることに決めた。

求める立地条件は、羊蹄山が見える場所。羊蹄山麓の水はおいしいし、周辺には面白い移住者もたくさんいる。ただ、土地の値段が高いことだけがネックだった。そこに候補として挙がったのが、山は見えるがふもとからは少し離れた場所にある、喜茂別町にある物件だった。かつてドライブインとして使われていたそこには、十分な広さの土地と、D型倉庫とキッチン。おまけに前の所有者が使っていた焙煎機が備え付けられている。前から大好きだったタカラ牧場も近かった。今野さんの長い旅は、喜茂別町で終わりを告げることになった。

生後半年の息子を背中に背負って、引越しと並行して進めた改装作業。新しい什器はほとんど何も買わず、木とガラス製品に絞って、貰い物や拾い物ばかりで揃えた。そして、ともえさんは前の店主に教わりながら、コーヒーの焙煎も始めることに決めた。「昔っぽい名前が、いいんじゃない?」との今野さんの提案から、店名は「ソーケシュ製パン×トモエコーヒー」に決めた。店内では、焼きたてのパンと共に、ともえさんの自家焙煎コーヒーをいただける。

くらしがしごと、しごとがくらし

ソーケシュ製パンのパン作りの柱は、ずっと前から変わっていない。目指すのは、食事のためのシンプルなパン。日本人が米を主食にいろいろなおかずを食べるのと同じような感覚で、食卓の傍らにあるパンを作ること。味は、なるべく主張しないほうがいい。作りたいのは、寄りかかられても倒れないような、骨格がしっかりしたパン。たとえばチーズと食べ合わせたとき、そのチーズにも負けないような。そして、チーズの味がより活きるような。

北海道の食材と食べることでおいしさが増す

そんなパンは、やはり北海道の食材と食べ合わせたときに真価を発揮する。チーズにワイン、それに肉。北海道の食卓にこそ、ハードパンは似合うだろう。「ハードパンの文化がもっと根づいてほしい」。けれども紀元前からパンの歴史を持つヨーロッパと、同じようにはなかなかいかない。「本当に少しずつ、少しずつだと思います」と、遠くの羊蹄山を見ながら今野さんは穏やかに言った。

何よりここに来てからは、心の変化のほうが大きかった。今の今野さんは、パン作りと同じくらい、暮らしを整えることを大切にしている。パンを作る以外にも、庭づくりにも取り組んでいることを教えてくれた。

店の窓の外に広がる芝生の庭に出てみる。ここは、ドライブインとして使われていた当時、砂利が敷き詰められていた場所だった。地面の土を起こして土地を平(なら)し、芝生を植え、裏山から取ってきたり、購入した苗木を移植。庭に手を入れ始めてかれこれ5、6年が経ち、小さかった苗木は今やしっかり根を張っている。取材の日は日差しが強かったが、今野さんが植えた苗木の木陰には涼しい風が吹いていた。13歳になる飼い犬の「小筆」が、今野さんの腕の中ですっかり寛いでいる。

トウモロコシの収穫を終えて国道を走るトラックから、2人に手を振る逞しい腕が見えた。大きく手を振り返しながら、「移住者もそう多くない、この土地でやっていくのは、最初はそれなりの不安があった」と、ともえさんが打ち明けてくれた。

積雪量も多く冬が厳しい、山麓から離れたこの地域では、農家をやっていくにも、ただ生き抜くにも、周囲の人たちとの協力が欠かせない。協力関係の強い地域のためか、ここの人たちは共同体の一員として「新入りの私たちを見守ってくれる雰囲気があった」とともえさんは言う。農作業の合間に、ふらっとコーヒーを飲みに寄ってくれることもある。地域の人たちとの飾らない関係が、今の2人の支えになっている。年配の方の中には、今でもこの地域を昔の地名である「上ソーケシュ」のまま呼ぶ人もいるそうだ。地域の人たちとの関わりが強くなることで、今野さんが「ソーケシュ製パン」と名づけた意味も、少しずつ深みを増しているようだ。

喜茂別で自分の店を構え、自分のペースで営むことができるようになって変わった思い。それは、「パン屋も大事だけど、暮らしも大切。暮らしの部分を大事にしてたら、自分自身にストレスが溜まらず、いい仕事ができるんじゃないかなって。暮らしが仕事、みたいな」。今では、「売り切れたらそれでお終い。暮らせる分だけ稼いでいければ充分」との考えに行き着いた。パンの種類や作る数も、徐々に最少限に減らしてきた。

メインテーブルに乗るだけのパンと、発送用のストックがバックヤードに少し。それがソーケシュ製パンが1日に売るパンの量だ。テーブルに並ぶパンを、愛でるように見つめる今野さん。無理のない暮らしの上に出来上がる、無理のないパン。そんなパンは、羊蹄山に見守られたこの景色の中に、違和感なく存在しているように見えた。

この記事の掲載号

northernstyle スロウ vol.61
「パンは語る」

道産小麦もあたりまえになりつつある現在。BIO小麦や薪窯、酵母。それぞれのこだわりを追い求める、北海道のパン。

この記事を書いた人

石田まき

石田まき

スロウ日和編集長。ライター兼カメラマン。初めて訪れた北海道で、空の広さに一目ぼれ。言葉と写真の両方でこの地の豊かさを伝えるため、九州から移住。ホタテが大好物。