育てた羊の毛で、服を生み出す〈粗清草堂〉

道北は美深町の山奥に、羊を育て、羊毛を刈り、羊毛フェルトの作品を作る「粗清草堂(そせいそうどう)」がいます。粗清草堂の逸見吏佳(へんみりか)さんの暮らしは、羊と共に。春から9月にかけて7頭の羊と共に過ごし、秋頃になると製作に。冬は札幌や本州に出向いて販売します。「ずっとこのまま家族と過ごしてもいいんだけど…」。夢は、もっと大きく。今の暮らしと、描いている粗清草堂のこれからを尋ねました。

Shop Data

アトリエ&ギャラリーショップ 粗清草堂
住所 美深町字辺渓285-5
電話番号 01656-9-1936

※ギャラリーを訪れる際は、事前に連絡してください。
URL https://www.facebook.com/soseisoudou/

羊と共にある、粗清草堂の暮らし

「6月10日に毛を刈ります。もこもこの姿を撮影するなら、それまでにお越しください」。そんな報せを受けて、毛刈りの前日に訪れた。6月に入ると、工房に併設されたギャラリーもオープン。日曜と月曜は客を迎え、それ以外の日は工房で制作に励む。7月になると、世界中からウーファーが集まってくる。有機的な暮らしの体験を求めて、宿泊場所と食事の代価としてさまざまな作業を手伝ってくれる人々。粗清草堂では彼らと一緒に、羊毛を洗ったり染めたり。薪割りや畑仕事までお願いする。

「最近はたくさんのウーファーが来てくれるので、とても賑やか。夏はあっという間に過ぎてしまいます」と語るのは、羊毛フェルト作家の逸見吏佳(へんみりか)さん。9月からは再び製作を始めるが、同時に展示会も行う。道北の厳しい冬の間には、札幌や東京に出向いて販売。そんな生活は4月まで続く。「年末は寒いので、うちの大掃除はいつも5月」。家も工房もピカピカになった頃、羊はまたもこもこになっている。

工房の奥の牧草地に案内してもらうと、7頭の羊がのんびりと草を食んでいた。「4年前に3頭、クラウドファンディングで支援していただいて購入しました。去年初めて種付けをして、赤ちゃんが4頭生まれたんです。今はもこもこだけど、明日にはつるつるですね」。そしてまた、一年が始まる。

ふわりと羽織れば、温かみがじんわり伝わって

ギャラリーに入ると、2本のラックに色とりどりの服がきれいに並んでいた。コート、ジャケット、ワンピース。マントやベストもある。「着てみてください」。そう言われて、真っ白なロングコートを羽織ってみる。軽くて、暖かくて、心地いい。「羊毛のミッションは、羊の体を守ること。刈り取られてフェルトになっても、一本一本のキューティクルが開いたり閉じたりして温度や湿度を調節する。健気ですよね、羊毛って」。

着ているうちに、体の形に合わせて包み込んでくれるような気さえしてくる。よく見ると、縫い目がない。「羊毛で服を作りたいと思ったとき、やわらかい生地をミシンでダダダッって縫うのはどうかなって、違和感があったんです。ボタンやファスナーのような硬い材質も似合わない」。そこで選んだのが、布フェルト。綿のガーゼ地で原型を作り、その上に羊毛をのせてフェルト化する。「内側に布が一枚入っているので、薄地でもしっかりした生地になるんです」。ブラウスやショールなどの風合いも、とてもやわらかだ。

そろそろ体の一部になりかけているコートを鏡の中で改めて見ると、裾が少しアシンメトリーになっている。「最初は左右均等にしているんですけどね…羊毛の質や量によって収縮率が変わるので、やってみなければわからない。だから面白いんです」とうれしそうに笑う。「同じ原型を使っても、まったく同じになることはなくて…羊の毛の個性が出てくるんです。だからデザインはシンプルでも、雰囲気のある服になる」。これが粗清草堂の服づくり。

一頭一頭異なる毛の特性を、作りながら感じて、それを生かした一枚にしたいと心を込める。「海外ではフェルト化した生地を縫製する人もいるんですけど、それだとすべて同じになってしまう。思い通りにならないところが個性だから、何とか折り合いをつけて、着た瞬間にベストだと感じるものにしてあげたい。どんなものにも持って生まれた使命があるし、それを最大限に生かせる方法だってあると思うから」。そしてそこから生まれる服の力を、逸見さんは信じている。

真っ白なコートの次は、ピンクとカーキのジャケット、黄色のベストも羽織ってみた。鮮やかだけど、自然と馴染んでくる優しい色合い。すべて樹木の草木染め。「この辺りにはクルミの木がたくさんあるので、葉っぱや果皮を使います。より鮮やかなピンクは、シラカバの樹皮。黄色はシラカバの葉っぱや、夏の終わりに咲セイタカアワダチソウ。鉄で焙煎するとカーキになるんです」。鉄焙煎かアルミ焙煎か、1回目なのか3回目なのか、その違いから濃淡が生まれる。

毛刈りから、染めて店頭に並べるまで、すべての工程に向き合う

粗清草堂の建物は、工房、ギャラリー、母屋(住居)から成る。周りには羊の放牧地の他に、建設途中の羊小屋や、不思議な形の畑もある。「自給自足にしたいと思って、今年から本格的に畑を始めたんです」。長沼町で循環農業を営んでいるメノビレッジのレイモンドさんの指導のもと、人が耕す必要がない畑が作られた。「木のチップが撒いてあって、微生物などの小さな生物や植物の根が育ちやすい環境ができるので、土がやわらかくなるんです」と吏佳さん。

夫の暁史(さとし)さんはさらに、「羊毛を置いておくと、雑草が侵入してこないんですよ」と教えてくれる。その隣には、椎茸の原木がずらり。「今年は驚くほど採れました!」。段ボール箱4個分もの椎茸が一気にできて、食べきれずにほとんど干したとか。そしてもうひとつ、今年から始めるのが養蜂。去年まで暁史さんが近所の養蜂家に習いに行って、やっと免許が取れたそう。「羊以外にできることを探したとき思い描いていた構想が、一つひとつ実現しています」と暁史さんはうれしそうだ。

同じ価値観を持った人に、届くように

この場所でできることに目を向けながら、着実にステップアップしている2人。「やっと最近、粗清草堂の服づくりが事業として認められるようになってきたので、今後は経済的にも成功したいと思って」。去年は、冒険した1年になった。「町の支援を受けて、初めて合同展示会に参加したんです」。東京で開催されるそれは、世界中からバイヤーが訪れ、多くの人と直接話しながら服の魅力を伝えることができる場所。「その時の縁で、今年はニューヨークや上海のショールームにも、粗清草堂の服が置かれるようになったんです」とその反響に驚いている。

お金では得られない豊かさを求めて、仕事と暮らしが一体化した生き方を探して、そこにつながる暮らしを実践してきた吏佳さん。「山の奥で、自分たち家族だけで暮らしていくこともできるけど、5年後、10年後を思い描いたときに、展開していかないと面白くないなと感じたんです」。ウーファーとのつながりから、同じ価値観を持った人たちが世界のあちこちにいることも実感している。「工房は原料のそばにあったほうがいいので羊と共に暮らせる場所が理想的だけど、粗清草堂の服は、都会を窓口にして広がっていくと思うんです。海外にも小さな拠点が作れたらいいですね。国や言葉が違っても、思いはつながりますから」と、これからの抱負を語った。

夏であれば朝5時には起きて、「さぁ、今日は何をする?」と2人はお互いの計画を確認し合うという。たとえば今朝は、散歩をしながら草取りの段取りを相談。そして日が暮れるまで外仕事に専念して、お風呂に入って眠る日々。羊と自然に寄り添った暮らしと、そこから生まれる服の心地良さは、これからもっと多くの人の共感を得るに違いない。

(取材時期 2020年7月25日)

逸見吏佳さん

「スロウ日和をみた」で、羊とのもふもふタイムをおすそ分けします♪

この記事の掲載号

northernstyle スロウvol.64
「手紙に添えて」

コロナ禍を受けて。届けたい足元の豊かさ、今、変わらない思い、気づいたこと、考えたこと。変えていこうとしていることを綴った手紙。

この記事を書いた人

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スロウ日和編集部

好みも、趣味もそれぞれの編集部メンバー。共通しているのは、北海道が大好きだという思いです。北海道中を走り回って見つけた、とっておきの寄り道情報をおすそ分けしていきます。