白く染まる季節にまた来たい。丘の上の一棟貸しの宿〈Villa Skavla 〉

美瑛の丘の景色にひと目惚れし、宿の開業を心に決めたオーナーの櫻井剛さん。Villa Skavlaは付かず離れずの距離感が心地よい、一泊一組様限定の一棟貸しの宿です。食事は自炊か、近隣のレストランでいただくスタイル。ぜひ連泊して、丘で暮らす人たちの時間を感じてみてください。

Shop Data

Villa Skavla
住所 上川郡美瑛町字大村大久保第1
電話番号 0166-76-4120

宿泊料金 2名利用時、1名27,500円(税込み)~
URL https://villa-skavla.com/

耳より情報 朝には雪原にキツネが!
店主の出身地 三重県

宿の前に広がる景色。冬は一面、真っ白な雪原になるのだろう。

宿主のメッセージが、ひと目で伝わってくる立地

美瑛町の丘を少しだけ登ったところにある宿、Villa Skavla(ヴィラ シュカヴラ)。北から南へ坂を下って左折し、宿の入り口に辿り着いた途端、目の前に広がる景色に思わず歓声を上げた。畑が連なる丘陵と、遠くの街並み。さらにその向こうには景色を縁取るようにそびえる大雪山系の山々。季節は秋から冬に移ろう時で、大雪山系の冠雪と、カラマツの黄葉が晩秋の雰囲気を一層際立たせていた。この場に立った感動は、広角のレンズでもおよそ納めることができなさそうだ。言葉にすれば、“絶景”というのにふさわしい場所に、Villa Skavlaは静かに建っていた。

この景色を見るためにフィンランドから輸入したという、特別なサイズの窓が額縁のよう。

外から来た人にしか持てない視点を大切に

宿主の櫻井剛さんもまた、この景色を初めて見たとき、同じように感動したという。
大阪の大学を卒業後、三重県庁に就職。1997年、旅行で北海道釧路を訪れたのが、櫻井さんと北海道との出合いだった。釧路湿原で見た自然のスケールの大きさに、衝撃を受ける。そのとき、北海道で宿をやるイメージがほんのりと浮かんだ。帰っても、かつて目にした北の景色を忘れられず、移住しようと試みる。

望んでいた道東の役所に空きがなく、まずは旭川市職員として移住。そこで出会ったのが、妻である亜衣さんだ。ある日、旭川からほど近い美瑛へ2人でドライブに出かけた。車窓から見える景色に、言葉が出ないほど感動したそうだ。「テレビで観るヨーロッパの農業地帯だ! と思って」。

一つひとつの景色が、感動に満ちていた。月日が経っても、あの日の興奮が収まらない櫻井さん。一方で、地元民が北海道を思う気持ちとの温度差が気になり始めた。「こんなに豊かなものを持っているのに、もったいないな」。温度差の理由は、三重県に帰省したときにわかった。「妻が、本州の瓦屋根とか、見るものすべてに感動していたんです」。

地元出身者が地元の良さに気づきにくいのは、悪いことではない。地元以外の場所を知らないと、違いを感じられないから。それは、言い換えてみれば外から来た自分にしか持てない視点があるという、プラスのことだ。

美瑛の景色や自然の美しさ、足元にあるものの豊かさをもっと知ってほしい。道外から来た人に、美瑛の感動を余すところなく伝えることなら、自分にもできるんじゃないかな。それが、櫻井さんが宿開業を決心したきっかけだった。

宿主の櫻井剛さん。亜衣さんのアドバイスを取り入れながら、宿を形にしてきた。

闘病を経て。これでよかったと思えるように

時は流れて2017年。本格的に宿の準備を始めるため、美瑛に住まいを移して9ヵ月後のこと。思いもよらない不運が、櫻井さんを襲う。「血栓が脊髄の動脈に詰まる、脊髄梗塞という病気になったんです」。

最初は寝たきりの状態だった。医師からは「おそらくもう歩くことはできない」と言われたほど、回復の見込みは薄かったという。宿をやることなど考える余地もなく、社会復帰できるかどうかすら厳しい状況だ。暗闇の中で光を探すような入院生活は5ヵ月ほど続いた。

「病気になって、よかったのかもしれない」。目に涙を浮かべながら、櫻井さんは振り返った。「人間、いつ死ぬのかわからない」。よく聞く話を実際に体感して、限りある人生をどう生きたいか、わかったから。それがわかったら、立ち止まる時間はないということに気づいたから。「なんとかなるから、やってみたら?」。妻の優しい言葉が、一度は消えかけた夢に火を灯し続けてくれた。入院生活の中、櫻井さんは必死のリハビリを決意。再起に向けて一歩ずつ歩みを始めた。

そしてもう一つ、宿開業に向けて再び動き出した理由があった。自分が諦めず夢を追うことが、病気で苦しんでいる人や身体障碍者の人への希望になれるかもしれない。自分の背中で、「やれるだけやろう!」というメッセージを送りたい。そんな思いがあった。

備え付けのハーブティーは、旭川市のLien(リアン)。コーヒー豆は美瑛町のGosh(ゴーシュ)。いずれも、近隣でこだわりを持って生産されている手づくりのものを。

自分にできる、やりたい宿のかたちを探して

旅行客と直接コミュニケーションがとれる、ペンションなどに憧れていた櫻井さん。病気を経て、下半身に神経障害があり段差などの上り下りが厳しくなったことから、一棟貸しというやり方を選ぶことにした。「顔を合わせない民泊も流行っていますけど、やりたいのはそれじゃないなと思って」。

宿から少し離れた隣地には、櫻井さん一家が暮らす自宅がある。この、付かず離れずの距離感がむしろ心地よいのかもしれない。隣人に声をかけるように話しかければ、喜んで話を聞かせてくれるだろう。

宿の設計は、旭川市の桜岡設計事務所の高橋克己氏に依頼。デッキや看板、薪小屋など、造れるところはリハビリを兼ねて少しずつ自分の手でつくり上げた。そして2020年秋、Villa Skavlaは静かにオープンした。

丘に暮らす人たちの普段の暮らしも知ってほしいという思いから、薪割りやトラクターの運転などの体験も可能だ(一部有料)。櫻井さんの誘いで、トラクター体験をやらせてもらった。最初は慣れない操作にとまどいながらも、少しずつ慣れて速度を上げたくなる。歩くほどの速さで走りながら、乗り物の上から景色を見渡すことができたときの感動は格別だった。スノーシューで敷地内を散歩したり、満点の夜空を鑑賞したり。なにもない時間が、ここでは無限の楽しみを生むことを教えてくれる。

希望する方には、朝食セットとして美瑛など地元食材を中心にパン、ソーセージ、卵、ジュースなどを無料で提供。(写真提供/櫻井剛さん)

きっと今頃、美瑛に雪が降り始める頃。櫻井さんが一番好きな季節がやってくる。よく晴れた冬の日、雪原に目を凝らせば、風の流れによって生じた雪の模様「風雪紋(ふうせつもん)」を見ることができるかもしれない。風雪紋は、ノルウェー語でskavla(シュカブラ)。宿の名前の由来になった、冬だけに見られる雪の現象だ。

風雪紋。(写真提供/櫻井剛さん)

よそから来た自分だから。病気を経た今だから。そうやって、櫻井さんだけにできるやり方で、少しずつ宿をつくっていく。さりげないもてなしから伝わる優しさは、風が描いたなだらかで優しい風雪紋のようだった。

丘の景色を一望できるお風呂。電気を消して湯船に浸かれるよう、浴槽の近くにスイッチがある心遣いがうれしい。
櫻井さん

「スロウ日和をみた」で、宿泊者におすすめの撮影時間や場所などをご案内します!

この記事を書いた人

石田まき

石田まき

スロウ日和編集長。ライター兼カメラマン。初めて訪れた北海道で、空の広さに一目ぼれ。言葉と写真の両方でこの地の豊かさを伝えるため、九州から移住。ホタテが大好物。