函館市電の終点で、〈classic〉が照らすもの

函館の谷地頭(やちがしら)駅から徒歩1分ほどの商店街に佇むclassicは、2015年に近藤伸さんと裕紀さんが開いた喫茶店です。ふたりの思いが込められた空間では、道南近郊の素材を使ったプリンや卵サンド、コーヒーやお酒が楽しめます。読書をしたり、手紙を書いたり、ひとり考えごとをするために。雨の日や夜の時間に訪れたくなる場所です。入口に看板やメニューはありませんが、ほんの少し勇気を出して扉を開けてみてください。きっと、心に残るひと時が待っています。

Shop Data

classic〈クラシック〉
住所 函館市谷地頭町25-20
営業時間 11:30~22:00
定休日 火曜日
URL https://www.instagram.com/classic_hakodate/

本棚 店主の出版した本も置いてある

谷地頭の街に佇む、静かな喫茶店へ

函館市電の終点、谷地頭。そこは海と山に挟まれた、とても静かな場所だ。赤レンガ倉庫や西部地区と比べて人通りはぐっと少なく、楽しげなスズメたちの声がして、ここで暮らす人々の生活の匂いがするような、やわらかな静かさにほっとする。

ある店を探して、通りを歩いてみる。ガラス窓を拭いているエプロン姿の店主の姿を見つけて、「ここだ」とわかった。壁を伝う蔦、ところどころに小さな鳥の巣箱、店の前にセンス良く並ぶ植物と椅子たち。ずっと密かに憧れていたclassicは、谷地頭の空気に溶け込みながらも、確かな存在感を放ちながら佇んでいた。

扉を開けるとそこには、うっすらと、淡くてきれいな灰色がかかったような空気があった。アーコールチェアとランプシェード、灯りを絞った照明と控えめな音楽。入って右手の窓の向こうに、緑の葉が透けて見える。下駄を履き、まっすぐな目で迎えてくれる近藤伸さんと、カウンターで俯きがちに笑う裕紀さん。席に座り、コーヒーを待つうちに、この空間に心が惹き込まれているのがわかる。その後で、「いま、ここに来られてよかった」と思う。何年か前の自分なら、ここにいることに少し緊張してしまったような気がするから。

しみじみおいしい、固めのプリン

注文したのは、コーヒーとプリン。固めのプリンにスプーンを入れて、口に運ぶ。甘くて、苦くて、滑らかで、どこか芯のある味がする。材料は、せたな町のモリガキ農園の卵と、函館の牛乳と、道産のてんさい糖。一つひとつの素材の味がぴったり調和していて、しみじみおいしい。

「店を始めた頃は形も作り方も違ったし、味も違った。ある時、カラメルが生地に混ざってしまって。失敗したと思ったのですが、食べてみたらおいしくて、『これ、いいね』って。そんな風に少しずつ試行錯誤しながら、今の作り方に落ち着きました」。世代を問わず、愛されるシンプルなスイーツは、classicにとっても大切なメニューのひとつ。たくさんの注文が入っても、プリンだけは切らさないようにと、伸さんが毎朝せっせと焼いているそうだ。

コーヒー豆は、同じ函館市内の十字屋珈琲という店のもの。そこで自家焙煎された豆を、ステンレスフィルターを使って淹れる。「こうすると、底のほうに少し粉が残ってしまうんですが、『ペーパーフィルターを捨てなくていい』ほうが心地が良かったから」と、伸さんが教えてくれる。裕紀さんがコーヒーを淹れ始めると、カウンターの奥にふわっと湯気がのぼり、その後でふわふわといい香りがやって来る。スプーンを置いて、温かいカップに手を伸ばせば、ほど良い深みとコクが広がって、たちまち幸せな気持ちに包まれた。ただそのまま、「おいしいです」と伝えた言葉を、ふたりは控えめに笑って受け取ってくれた。

店の始まりと、名前の由来

谷地頭のこの場所に、classicがオープンしたのは2015年のこと。元々、東京で別の飲食店を営んでいた伸さんと、その店の常連だった裕紀さん。「いつか、自然に近いところで暮らしたい」と思っていた伸さんが、裕紀さんの地元である函館で暮らすことを提案し、ふたりは函館へと移り住む。そして、谷地頭にあった空き店舗と巡り合い、裕紀さんの家族の力を借りながら、classicを創りあげていった。

「名前は、店をやる前にいろいろと考えていたんです。お洒落な感じの横文字とか、もう少し長い言葉とか」。懐かしそうに、2人は話す。「最終的には、谷地頭の町に違和感なくなじんで、地元のお年寄りにもすぐ覚えてもらえる名前にしようと思って、決めました」。古いものを大切に思う気持ちに、「暮らしにちょっぴり上質なものを」という願いを重ねて、classic。

アーコールチェアも、プリンも、クラシカルなもの。店に入った時に“空気の変化”を感じるのは、ひとつの軸を持って大切に創られた場所だということが感覚的にわかるから。すべてに統一感があるけれど、無機質でも、冷たくもない。研ぎ澄まされたセンスがそっと光って、辺りを照らしているような温かさがあった。

classicが表現するもの

伸さんにとって店を営むことは、「生活の糧であり、表現するための手段のひとつ」。最初は、「手段」という言葉の意味がピンと来なかった。けれどそれは多分、店を訪れる側、客としての立場しか知らないからだ。どんな店にだって、店主の思いが込められている。始めることがゴールではなくて、続けていく中で、店を通して伝えたいことや、叶えたいことがあるだろう。

たとえば、誰かの拠りどころのような場所になること、誰かの心を緩めること、何か不思議なつながりを生み出すこと。そういうことを、コーヒーや食べもの、ワイン、置いてある本、音楽、照明、伸さんや裕紀さんの言葉、この空間にあるものすべてで叶えること。それが、classicが「表現するもの」という意味かもしれない。

「僕たちふたりとも飲食業をやっているのに、“閉じている”ところがあるんです」と、伸さんは言う。明るく、気さくな雰囲気からは、少し離れているのだと。

ふたりの言う「閉じている」は、外に向かって遮ることではなく、「手の届く範囲のものを、小さく大切にする」ということだと思う。たくさんのものに、ありったけの気持ちをかけられる人もいれば、そうじゃない人もいる。伸さんの言葉を借りるなら、「表現したいもの」が違うのだから。訪れる側の私たちが、自分が求めるものを知って、行く場所を選べばいい。

暗さと静かさを照らしてくれる場所

classicを訪ねてしばらく経ったある日、なんとなく気分が沈んでいた。散歩でもしようかと外を見れば、空はどんよりと暗くて、冷たい雨まで降ってきた。ぽつぽつと、窓に当たる雨の音を聞きながら、ふと、「しとしと雨が降る日のここ(classic)の感じ、静かでいいですよ」と裕紀さんが教えてくれたことを思い出した。

すぐに向かえる距離ではないけれど。「こんな日に行きたいな」と、思った。できれば日が落ちて暗くなってから、ひとりで、本を持って。市電に揺られて、ちょっとお酒を飲みに行くのもいいかもしれない。扉の向こうには、伸さんと裕紀さんがいて、雨の夜の暗さを、あの丸いランプの光が照らすだろう。誰かの小さな話し声と、雨の音と。そんな静かな音を、ただただ聞いていたい。そんないつかの夜を思ったら、心の中にぽっと小さな灯りが点った。

(取材時期 2020年9月25日)

近藤伸さん

「スロウ日和をみた」で、贈りたくなる手書きポストカードをプレゼントします。

この記事を書いた人

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立田栞那

花のまち、東神楽町生まれ。スロウの編集とSlow Life HOKKAIDOのツアー担当。大切にしているのは、「できるだけそのまま書くこと」。パンを持って森へ行くのが休日の楽しみ。