一さじのスパイスと、おいしい香りがする未来〈クラフトキッチン〉

上士幌町にあるスパイスのお店です。オープンしたのは、2020年の春。店頭ではオリジナルブレンドのスパイスや「手作りウスターソースパック」などのセットが購入できます。店主の齋藤肇(けい)さんの目標は、「スパイスの事業をみんなで膨らませて、子どもたちのあそび場を創ること」。地域の母親たちと協力しながら奮闘中。スパイスごはんを楽しめるイベントなども開催しています。スパイスは、オンラインショップの他、十勝管内の観光施設などでも購入できます。

Shop Data

クラフトキッチン
住所 上士幌町上士幌138-4
電話番号 01564-7-7207
営業時間 10:00〜16:00
定休日 不定休
URL https://tabi-spice.com
オリジナルスパイス お米に合うスパイスも!

上士幌町にオープンしたスパイス屋さん

2020年の春の始まり、本誌編集部に「齊藤肇(けい)さんという一人の女性が、上士幌に小さなスパイス屋さんをオープンした」という知らせが届いた。おいしい予感に心が弾んで、よく晴れた日の昼下がり、その店を訪れてみることにした。

東京出身の齋藤肇さん。2014年に上士幌町へ移住。

店の名前は、クラフトキッチン。扉を開けると、そこはスパイスの小瓶とおいしそうな香りでいっぱい。思わず「いい匂い」と呟いたら、「本当ですか? 私はもうすっかり鼻が慣れてしまったみたい」と、明るい声が返ってきた。その人が、齊藤肇さん。小柄でチャーミングな、この店のオーナーだ。

陽だまりの中、肇さんが淹れてくれたアルゼンチン産のハーブティーを飲む。たちまち爽やかな風味が広がり、心がほどける。こうして誰かを訪ねるのは久しぶりのことで、ほんの少しドキドキしていた。肇さんだって、店をオープンしたばかり。しかも世の中の状況を汲みとり、判断しなくてはならないことばかりで、きっと頭を悩ませることも多かったと思う。けれどにこやかに、これまでと今、これからについて話してくれた。

子どもに関わること、スパイスの仕事

東京で幼稚園教諭として社会人生活をスタートさせた肇さん。その後も学童保育や児童館、ベビーシッターと、さまざまな形で子どもに関わる仕事を続けてきた。子どもの頃から絵を描くことが大好きで、就職後は仕事の傍ら、絵本編集者主宰の絵本ワークショップに通った。そしてそれが、スパイスの世界に惹き込まれるきっかけになる。

「その編集者が運営する絵本屋さんの地下に、料理で世界中を旅できるような『空想料理店』があったんです。元々根っからの食いしん坊だったから、こんな料理があるんだ!って、感動しちゃって。当時はあまりなかった、スパイスが売っているお店を探し回って、自分でも作るようになりました」。

さらに偶然は重なり、肇さんはあるスパイスメーカーの仕事に携わるようになる。レシピの開発や、料理撮影の現場でアシスタントをする「食いしん坊にはぴったり」の仕事だ。「スパイスそのものには、味がないんです。何か素材と一緒に使うことで、香りや爽やかさ、苦味や甘味がプラスされて、料理をぐんと風味豊かにできる」。素材を楽しむ方法は無限大。そんなところも、肇さんがスパイスに惹かれた理由なのだろう。

子どもたちとスパイス。肇さんの中で2つの線が描かれ始めた矢先、東日本大震災を経験。「おいしいものを、安心して食べられることの意味」を、改めて考えるようになった時、偶然十勝在住の人と知り合い、紹介されたのが上士幌町だった。縁もなければ、訪れたこともない町。ただ、「十勝なら、絶対においしいものがある」というシンプルで幸せな確信を胸に、肇さんは上士幌へ移住することを決める。2014年のことだ。

クラフトキッチンに保管されているスパイス。

十勝のお母さんたちの手づくりのすばらしさ

十勝に来てからの肇さんが過ごした日々は、おいしい思い出で満ちている。

「チーズとサラミは、本場のものを越えるくらいおいしかったし、ズッキーニをフリッターにしたら、断面から水が出てきて『何だろう!』ってびっくりした。豆はどれもツヤツヤしていて、色もとびきりきれいだし、ヨーグルトやアイスクリームなんてもう…」。

思い出話はさらに続く。「でも、一番驚いたのは、十勝のお母さんたちが作る料理のすばらしさかな」。

「移住前にやっていた子ども向けの造形ワークショップを上士幌で開いたことで、参加してくれた方から子育ての相談を受ける機会が増えて。うれしくて、一つひとつ精一杯、答えていきました」。こうして、肇さんと地域の親子の間につながりができていく。

店の外ではガーデニング担当のスタッフが親子で作業中。

「お母さんと子どもたちと、お昼を持って外へ遊びに行った時、びっくりしたんです。みんな、あたりまえにぜんぶ手作りなの。おかずやパンはもちろん、食べもの以外のちょっとした雑貨まで。どれもこれもほんっとにすばらしいな、みんな一生懸命暮らしてるなって、心から思いました」。肇さんの表情が、キラキラ輝く。「絶対売りものになるよって言ったけど、決まって『売るところがないじゃない』って返ってくるの。それがずっと、心に引っ掛かっていました」。

きっかけは、子ども向けの辛くないカレー粉づくり

肇さんが地域の母親たちにスパイス料理を振舞った時のことだ。一人の母親が肇さんに尋ねた。「辛くないカレー風味のポテトサラダって、作れないかな?」。子どもたちの大好きなカレー味。けれど市販のカレー粉を混ぜるだけでは、子どもにとっては辛すぎたのだ。

「そう聞かれて探してみたら、辛くないカレー粉ってなかったんです。それで、オリジナルの辛くないカレーパウダーを作ってみることにしました」。その挑戦は、見事成功。「今までキュウリを食べなかった子が、肇さんのカレーパウダーを混ぜたマヨネーズで、パクパク2本も食べちゃった!」とうれしい声があった。

2017年の秋、肇さんは町の制度を活用して、チャレンジショップを開いた。地域の母親やハンドメイド作家と協力しながら、オリジナルブレンドのスパイスや、手作りしたパンや雑貨を販売する。その店が、クラフトキッチンの前身だ。

店頭で販売されているスパイスのセット。

「一生懸命暮らしている人の気持ちって、芽になると思うんです」。何かをすごく好きだと思う気持ちや、挑戦してみたいと思う気持ちの種。ポトンと土に落ちた後、芽を出すためには、ちょっとしたきっかけが必要なのだ。たくさんの子どもたちと関わる中で、たくさんの芽を見てきた肇さん。「私がするべきことは、見守ること。一人ひとりが力を発揮できる場所を整えること」。きっと肇さんにとってそれは、相手が子どもであっても、大人であっても、同じなのだと思う。

十勝の素材でスパイスごはん

なんとなくハードルが高く感じられてしまうスパイスだけど、実はいつも通りの食材と合わせるだけで、世界各地の味を楽しめる。十勝産素材を使ったレシピを肇さんに教えてもらった。

左から、スパイシーグリルバーベキューミックス、ディルピクルススパイスミックス、デュカ アラビアンナッツスパイスミックス

中長うずら豆とデュカの、フムス風ディップ
材料:中長うずら豆100g、レモン汁大さじ1、ニンニク1かけ、オリーブオイル大さじ2~3、ショウガ 1かけ、デュカ アラビアンナッツスパイスミックス最低大さじ3(お好みで増減)、塩、唐辛子粉 各適量

  • うずら豆をさっと洗って、たっぷりの水に浸してひと晩おく。
  • 浸した水ごと鍋に入れ、中火にかけて軟らかめに煮る。
  • フードプロセッサーに、2 の豆、塩と唐辛子粉以外の材料をすべて入れてペーストに。滑らかさが足りない場合は、豆のゆで汁を少しずつ加えて調節する。
  • 味をみながら塩を入れ、味を調えて出来上がり。

カラフル根菜のピクルス(320ml瓶で作る量)
材料:ミニにんじん、ミニ大根などの根菜 瓶に入る量、ディルピクルススパイスミックス 大さじ1(好みのスパイスやハーブをあわせても)、塩 小さじ2、酢 50~100ml、白ワイン(または水)200ml、砂糖 大さじ1

  • 野菜以外の材料を全部小鍋に入れて火にかけ、沸騰したら弱火で1分煮て火を止める。
  • 野菜はよく洗って、必要なら瓶に入る大きさに切る。
  • 瓶などの容器に野菜を入れて 1 を注ぐ。粗熱が取れたら冷蔵庫で漬け込む。※容器は清潔なものを使うこと。

かぶの北欧風マリネ
材料:かぶ 3個、塩 適量、北欧風ディルウィドミック 大さじ1、リンゴ酢 大さじ1~2

  • かぶの葉を落として、皮付きのままたわしでよく洗う。
  • 1~2mmくらいの薄切りにして、塩を揉み込み、しばらく置く。
  • 食べる直前にリンゴ酢を全体にまぶす。

エゾ鹿のグリル バルサミコソース
材料:エゾ鹿の肉 500gの塊肉、スパイシーグリルバーベキューミックス 大さじ1、塩とオリーブオイル 各適量

  • 鹿肉に塩とスパイスをまぶしてよく揉み込み、タコ糸を巻いて成形する。
  • フライパンにオリーブオイルを熱し、強火で肉の表面に焼き目を付ける。
  • 180℃のオーブンで、30~40分焼く。
  • 焼いた肉に切り込みを入れ、好みの焼け具合だったらアルミホイルに包む(血が滴っていたらさらに焼く)。
  • 粗熱がとれたら、冷蔵庫で冷やす。(1時間~ひと晩)
  • ソースの材料(赤ワイン、バルサミコ酢など)をすべて 3 のフライパンに入れ、煮詰めて出来上がり。

もう一度、「ぽんぽろ」を創りたくて

肇さんにはもうひとつ、大切にしていた場所があった。2016年から3年間、上士幌で開かれていた「子どもたちのあそび場 ぽんぽろ」だ。「アイヌ語で小さいを指す『ポン』と、大きいを指す『ポロ』を連ねてぽんぽろ。小さい人と大きい人が共存できる場所にという思いを込めて、みんなで決めた名前です」。

産まれて間もない子から小学6年生くらいまでの子どもと、その母親たちが一緒に過ごす場所。子どもたちが放課後に来て遊んだり、宿題をしたり、本を読んだり、時にはみんなで行事を楽しんだり。困った時は一緒に考え、乗り越えた時には一緒に喜ぶ。決まったルールはなく、自由であるからこそ一人ひとりの主体性が育まれる。そんな、みんなにとって意味のあるあそび場だった。

当時、ぽんぽろを運営していたのは肇さんと数名の母親たち。すべてボランティアだったけれど、みんながいつも真剣で、活動の方針や行事について、一日中話し合う日もあったそうだ。けれど、それぞれに仕事や家庭を抱えながら使える時間やできることには、限りがある。そのバランスは、あっという間に崩れてしまった。2019年の春、ぽんぽろの扉には、静かに鍵がかけられた。

「もう一度、小さくていいから意味のある場所を創りたいんです」。

肇さんが描いているクラフトキッチンの理想図。(イラスト/齊藤肇さん)

このイラストは、肇さんがぽんぽろで過ごした日々と子どもたちのことを思い浮かべて描いたもの。クラフトキッチンを正式に開業したのは、未来を叶えるために必要だったから。「一度なくしてしまったのは、体制的なことや経済的なことに関する知識が足りなかったから」。決してお金がすべてではない。けれどきちんとした収益は、確かな基盤になるはずだ。肇さんは再び歩き出した。

切り拓く力と、スパイスの共通点

「子どもたちには、あそび場でたくさん考えて、乗り越えて、『切り拓く力』を練習してほしい。ここで練習したことは、記憶には残らないかもしれない。でも必ず、子どもたちの心をつくる材料になるって信じています」。

気がついた時には、肇さんとすっかり話し込んでいた。窓の外を見たら日は傾いて、木々の葉の隙間からオレンジ色の光が差し込む。「ここからの眺めが大好きなんです」と、肇さんは微笑む。

その表情を見て、考えていた質問を引っ込めた。「こんなにも一生懸命になれるのは、どうして?」。わかった気がしたからだ。あそび場が子どもたちに教えてくれるもの。周りの人たちへ向けられた肇さんの思い。そして描いた未来への決意が、どれほど大きなものなのか。

それから、テーブルの上の料理を食べた。身体がポカポカと温まるような、元気が出る味がする。ふと、「似ているな」と思った。スパイスそのものには、「味がない」ように。「切り拓く力」にも、形はない。けれど、存在するのとないのとでは大違いだ。たった一さじのスパイスが食卓に外国の風を吹かせるように、ひとつの力がしなやかに子どもたちを支えてくれる。きっと背中を押してくれる。

肇さんが今描く未来の、その先で。大人になった子どもたちは、笑っている。心の端っこに、おいしい香りの思い出を携えて。

齋藤肇さん

「スロウ日和をみた」で、シナモンの香りを試しながら、シナモンについての物知り話をお聞かせします♪

この記事の掲載号

northernstyle スロウ vol.64
「手紙に添えて」

コロナ禍を受けて。届けたい足元の豊かさ、今、変わらない思い、気づいたこと、考えたこと。変えていこうとしていることを綴った手紙。

この記事を書いた人

立田栞那

立田栞那

花のまち、東神楽町生まれ。スロウの編集とSlow Life HOKKAIDOのツアー担当。大切にしているのは、「できるだけそのまま書くこと」。パンを持って森へ行くのが休日の楽しみ。