soup to BREADの幸せをつくる仕事

2020年6月、石狩市にオープンしたsoup to BREADは「ドイツパンとカフェの店」です。並河康二さんと植田真理子さんは、とても気の合う仕事仲間。元々茨城県で別の店を営んでいた2人ですが、どうして北海道に辿り着いたのでしょうか。美しいパンと焼菓子に出合える店を訪ねて、2人の仕事に対する思いを聞きました。(取材時期/2021年3月)

Shop Data

soup to BREAD
住所 石狩市横町30-2
電話番号0133-77-7965
営業時間 11:00~17:00(カフェL.O.16:00)
定休日 水・木曜 ※カフェは火~木曜定休
URL
https://souptobread.tumblr.com/

yomogiya生まれの建物と美しいパン

「春のオープンを目指して、石狩で新しいお店を造っています」。長沼町の大工yomogiyaの中村さんからメッセージが届いたのは、2020年2月。yomogiya生まれの建物には、いつだって素敵な物語がある。その店を訪ねる日をずっと心待ちにしていた。

その日が来たのは、2021年3月のこと。春の雨が降る中、石狩川沿いの道をひたすら海のほうへ。河口のすぐ側に、soup to BREADはあった。

朝10時、開店前の店に入れてもらう。入ってすぐに息を呑んだ。店の中心に並べられたパンがあまりに美しかったからだ。ひと呼吸置いて、店内を見渡す。壁の色、木製の棚、食器の一つひとつがここに置かれている意味を知っているような佇まいで、そこにある。なんとなく置かれているものは何もなくて、すべてのものに意味や思いが込められているような気がした。

2人がそれぞれ考えていた「これから」

ここは、「ドイツパンとカフェの店」。パンを焼くのは並河康二さん。パンを並べ、料理を作るのは植田真理子さん。2人は「気の合うビジネスパートナー」。この場所で店をやるために、茨城県から北海道へとやってきた。

茨城にいた頃、真理子さんは自家製パンと料理を出すカフェを、康二さんはまた別のベーカリーカフェを営んでいた。地域のイベントを通して仲良くなった2人は「なんだかとても気が合って」、1年間限定で一緒に店をやることに。その後は、別々の道を歩く予定だった。

真理子さんは北海道へ行こうと決めていた。カフェを営む傍ら、羊毛を使って作品を作り続けていた真理子さんにとって、野菜や小麦などの食材や羊毛の産地である北海道は、すべての素材が揃う土地。幼少期を過ごした土地でもあり、「来る度にエネルギーが湧く」感覚は確かにあった。そして北海道でなら、素材にこだわった料理とものづくりの両方が実現できる。

一方、康二さんにはドイツへ渡る計画があった。「高校生の時に出会った人が、ドイツパンを焼いていて。その人に惹かれてパンの道へ進みました。その人が別の仕事をしていたら、僕も別のことをやっていたと思います」。高校を卒業後、日本をはじめフランスやドイツなど、さまざまな土地でパンの腕を磨いた康二さん。2010年からは国内で自分の店を開き、地元の素材から酵母を起こしてパンを焼いていた。その腕は、仲間たちから見ても確かなものなのだろう。「ドイツにいる職人から『来てほしい』と声がかかっていて、ほぼ行くことが決まっている状態でした」。

茨城県から北海道へ。soup to BREADの始まり

結果的に言えば、その渡航計画は日本の北へ向かって大きく舵を切った。転機となったのは真理子さんがカフェを開く準備を進めていた石狩を訪れた時のことだ。「石狩の店に設置するために、1トン近いオーブンを船に乗せて運びました。自分がしばらく使っていたものだし、最初は調整が必要だと思って店に行ったんです。そうしたら、頭の中にここでパンを焼くイメージが広がってしまって。北海道でパンを焼くチャンスが来たって思えたんですよね」。

茨城県から運んだオーブン。今も現役で使われている。

康二さんにとっても、北海道は「すべての素材が揃う土地」。小麦も、バターも、酵母となる素材も、パンを焼くためのすべてがある。こうして、1年間限定だったはずの2人の店は、北海道で再スタートを切った。

「新しいお店はのんびりやろうと思っていましたが、彼のパンが入ることになってコンセプトを大きく変えました」。真理子さんが1人でやるつもりで考えていた店の名前は、「スープとパン」。それを、「soup to BREAD」に変えた。「こうすると、スープからパンへって意味になるかなと思って」。1人でも2人でも、素材に正直な料理を作ろうとする気持ちは変わらない。けれど2人なら、もっと楽しく、もっと広がりのある店ができるはず。

「僕はどうしてもパンを作ることに意識が集中してしまうから、店づくりもそうですし、料理でパンをより活かしてもらえてうれしいです」。

「彼の焼くパンは、とにかくかっこいい。バゲットを見ると一目瞭然ですが、クープは未だにほれぼれするほどきれい。焼き上がったパンを並べる時は、色自体は単調でもそれぞれがテーブルを彩っているような気持ちになります」。

誰かと働くって、こういうことだ。相手の仕事を深く理解し、尊敬を持って向き合うこと。相手の得意なことは相手に託し、それぞれの仕事を精一杯磨くこと。そうやって磨き上げられた力を掛け合わせて生まれたものは、きっとこの上なく美しい。

「正直」だから生み出せるもの

どちらかと言えば職人気質で実直な人柄の康二さんと、空間を飾ったり、もてなしたりするのが好きで、自由な行動力にあふれる真理子さん。タイプの違う2人だけれど、「素材を大切にする」という芯は、共通しているように思う。

康二さんが酵母を起こすのは、その土地のものを使ってパンを焼きたいから。「小麦でも、花でも、たとえば土からでも、酵母は起こせます。ドイツには、ベルリーナラントブロート(ベルリン地方のパンの訳)のように街単位で、『自分の街のパン』がありました。僕も近い将来、何か面白い素材から酵母を起こして、石狩のパンを作れたらと考えています」。

桜から起こした酵母。淡いピンク色が華やかできれいだった。

料理はもちろん、真理子さんの羊毛との向き合い方にも近いものがある。今から5年ほど前、真理子さんは染め物とテキスタイルを学びにチェンマイの山岳地方にあるカレン族の村を訪ねた。そこで羊毛を染色した時に知ったのが、市販品では作り出せない色とその奥深さ。素材の大切さに触れた真理子さんは、帰国後すぐに羊農場を探し、美唄市の西川農場へ足を運んだ。西川農場の羊たちの羊毛を持ち帰った時は、「うれしくて仕方がなかった」。

康二さんがドイツではなく北海道を選んだことも、真理子さんがチェンマイから戻り、羊毛のために美唄を訪ねたことも、大きな決断力や行動力がなければできないことのように感じる。けれど2人は、あくまでもさらりと話してくれる。

自分の気持ちに対する正直さ。それが2人のもうひとつの共通点。大切だと思うものは、大切に。知りたいことがあるなら、なるべく自分の目で見て、ちゃんと自分の手で迎えなくちゃ。そうやって何かを得た手は、素敵なものを生み出せる。正直であることが、自分や周りの人の幸せにつながるはずだから、きちんと自分の正直な気持ちと向き合ってみたい。2人を前に、心が上向きになっていく。

見た目も味も上品な焼菓子。真理子さんが手がけている。

午前11時、店の扉が開く。開店を待っていた人々が藤のカゴを手に、康二さんが焼くパンを、真理子さんが作る焼菓子を選んでいく。康二さんは厨房からパンを運び、真理子さんは笑顔で丁寧に、テキパキと接客中。2人の旅の話をもう少し聞きたかったけれど、いつかの楽しみにとっておこう。おいしいパンの香りと幸せを袋いっぱいに詰め込んで、2人の店を後にした。

この記事の掲載号

northernstyle スロウ vol.67
「小さな菜園を持ったなら」

規模も楽しみ方も、人それぞれ。北海道で家庭菜園を楽しむ人たちが見つけた幸せの形を訪ねて。

この記事を書いた人

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立田栞那

花のまち、東神楽町生まれ。スロウの編集とSlow Life HOKKAIDOのツアー担当。大切にしているのは、「できるだけそのまま書くこと」。パンを持って森へ行くのが休日の楽しみ。